第五章 決戦
44 わたしたちは迎え撃つ
「はあ、はあ……クロード様……クロード様ッ!」
急いで王城にたどり着くと、庭園内には大量のロボットたちが待機していた。
みな銃を構えて武装している。
あまりの物々しさに息を飲んだが、すぐにその間をすり抜けて空中戦艦型の城の中に入る。
「お、遅くなり申し訳ありません!」
集合場所の制御室に駆け込むと、王族のお三方に、レイナさん、ウルティコさん、オリバーさんらがいた。部屋には何台ものコンソールが設置されており、正面には大きな窓のような画面がある。それらをステファン様とオリバーさんが巧みに操っていた。
クロード様はわたしの側に来ると、緊張感のある面持ちでこうおっしゃられた。
「アンジェラか。よく来たな。さっそくだが、あれを見ろ」
「えっ?」
画面には、
そこにはおびただしい数の敵国の艦隊が浮かんでいる。地上からはよくわからなかったが、どうもこの布陣はこの街を取り囲む形になっているようだ。
「ああっ……これじゃ……」
「解毒薬の成功を聞きつけ、やってきたようだ。本当の製作者は誰かなどと問いただす気だろうな。おそらく……ウルティコ氏のことは隠しきれない。となれば、返答次第ではこれが再戦の契機となる」
さっと血の気が引いていく。
いつかこの日が来ると、そう覚悟していたつもりだった。けれど、いざその時が来るとガクガクと膝が震えてくる。
目の前のクロード様は、冷静そのものだった。
ついこの間新調されたわたし特製の黒い義腕を、もう我が物のように扱われている。そしてそれはみじんも揺らいでいない。わたしは恥ずかしくなり、両手をぎゅっと握った。しかし、その手がさらに上から覆われる。
「え……? クロード様?」
クロード様の右の義手と、左の生身の手がわたしの手を包み込んでいた。
ドキリとして顔を上げる。
そこには、いつもの泉の底のような深い青の瞳があった。
「君の貢献を、決して無駄にしない。その恐怖・絶望を、俺は必ずや希望に変えてみせよう。だから信じていろ」
「クロード様……。はい」
わたしは力強くそう答えた。そして、しっかりとその手を握り返した。
クロード様は大きくうなづかれ、そしてまた画面へと向き直る。
「オリバー!
「はい。すでに各避難所に……ええと、手配済みです。運び込んだロボットにアナウンスさせていますが、この有事を前に協力してくれる国民は……映像を見る限り徐々に増えてますね」
「そうか、わかった。ステファンの方はどうだ」
「はーい。空港に降り立った敵機は――この一機だけですね。ん? こいつは……」
オリバーさんの前の画面には各避難所の映像が流れていた。
わたしとオリバーさんが共同で開発した「義肢型の兵器」が人々の手に渡っている様子が映っている。
一方、ステファン様の前の画面には、空港の映像が流れていた。
隣国
それは以前、ウルティコさんを捜しに来た外交官だった。
「……外交官のハロルド・ハーマンだな」
「ええ。当然こちらにやってくるでしょう。どうしますか兄上、会いますか」
「もちろんだ。ただし、やつ一人だけでという条件付きでな。そして、捕虜とする」
「捕虜!?」
「捕虜ですって?」
声をあげたのは、レイナさんとウルティコさんだった。
二人ともほぼ同時に反応していたが、クロード様は何も気にしていないご様子だ。
「ああ、そうするのが最善の手だ。あやつに捕虜の価値があるとは思えんが……これでようやく宣戦布告ができる」
「宣戦布告……」
そうなるといよいよ再戦の火蓋が切って落とされることになる。
わたしは胸の動悸が収まらず、クロード様に触れていただいた両手をまたぎゅっと握りしめていた。
「捕虜ね……まあ、アイツにはずっと煮え湯を飲まされつづけてきたから、その処置にはボクも賛成だけれど」
「ウルティコ先生……」
「ボクをそそのかして拉致した罰だ――。なあ、クロード殿下。ちょっと奴が拘束されている間、試したい薬とか盛ってもいいかな?」
「先生!」
どうやらウルティコさんはあの男に相当な恨みがあるようだ。
ならこうなるのも仕方ないと思うが……レイナさんは露骨に難色を示していた。どうもこれ以上ウルティコさんに非人道的なことをやってほしくないらしい。
「わかったわかったよ、レイナ。殺すまではしないからさ。ほら、手足が腐る薬、それを抑える解毒薬、さらに元に戻す薬を順に投与するくらいならいいだろう?」
「先生、しかし……」
「……好きにしろ」
「ええっ……!?」
「やった!」
クロード様から許可をもらって大喜びのウルティコさん。
しかし、レイナさんはそれを見て大いに落胆されたご様子だった。わたしはそんな彼女たちの気持ちが少しわかる。
たしかに、ひどいことをされたらひどいことをやり返したくなる。
でも、自分がするならまだしも、大切な人がそれをやろうとしていたら……勝手だけど止めたくなるんだ。
特に親しい人ならなおさらである。大好きな人の嫌な面は極力見たくない。どうにかマイナス方面へ行かせないようにして引き止めるけど、でも、やっぱり叶わなくて。
そういう絶望を、わたしはよく知っている。
わたしも、それを両親に対してしていたから――。
しばらくして、城門に敵国の一団が到着した。
制御室の監視モニターには、軍服を着た人たちが数十人映りこんでいる。その先頭に、以前見た灰色の髪の外交官がいた。彼が大声で叫ぶ。
『我々は、
クロード様はコンソールにあるマイクに近づいて言った。
「
オリバーさんに目で合図をして開門させるクロード様。
警戒しながらも中に入ってくる敵の兵たち。
しかし、すべての兵が中庭の方へ移動すると、城門は自動で閉まってしまった。そして、その先で待ち受けていたのは大量のロボットの兵――。
『謀りましたね……クロード殿下』
ハロルド外交官はそう言って鋭い眼光のまま、苦笑いを浮かべる。
クロード様はそんな彼にさらにマイクで通達した。
「ハロルド外交官。申し訳ないが、ここから先は一人で城内に来てもらいたい。逆らえば――そこにいる者たちと仲良くハチの巣だ」
『……なるほど。よくわかりました』
ハロルド外交官は部下たちに降伏するように指示すると、ひとり案内用ロボットに誘導されて城内にやってきたのだった。
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