43 敵国襲来

 解毒薬の接種開始から約二週間。

 そして、鉱山の国マイニングエリアとの同盟締結から約一週間が経った。


 我が国、蒸気の国スチームキングダムでは、ほとんどの男性が接種を終え、人々はついに呪いから解放された。

 さらに同盟の効果により、「ファインセラミックス」を使った新たな産業も生まれようとしていた。


「アンジェラよ、この『ドール』の顔はどうじゃ?」

「うわあっ、とっても可愛いですね!」


 わたしたちも工房で、その「あるもの」と向き合っていた。

 「ドール」という、高性能の自動蒸気機関ロボットである。


 以前のロボットと比べると、格段に肌の色などが人間の見た目に近くなっている。

 肌だけではなく、唇の色をあらかじめ付けておいたり、まつげ等の装飾を変えたりといろいろと外見も凝れるようになった。


 真鍮製のロボットは、当然だがいつまでも金属感、ロボ感が抜け切らない。けれど、このファインセラミックスは陶器の一種。よって金属よりは違和感のない風合いを生み出すことが可能になった。



 このロボットの外装をファインセラミックス製に変えていこうという動きは、そもそもファインセラミックス製の義肢が国内で普及したことと関係している。


 わたしが開発した「ファインセラミック製の新しい義肢」は、その後師匠に引き継がれ、そして大量に生産された。

 それはただ単に「いままでのものよりも軽くて丈夫なものを早くお客様に提供したい」という思いからだったが、期せずして「解毒薬接種による呪いの解消」とうまく時流が合致してしまった。


 呪いの解けた男性たちは、もうそれ以上四肢が腐敗しないので、義肢の最後の新調をすることになる。


 その際、師匠はその新しい義肢を待ってましたとばかりにすすめたのだ。

 すると、お客さん方からはもれなく好評価をいただけて、結果ほとんどの方に使ってもらえるようになった。他の店もうちを真似して、最終的にはかなりの義肢ユーザーが新しい義肢を使うようになった。

 

 しかし、当然、このことは義肢装具士たちの総仕事量を減らすことにつながる。

 となれば、新たな仕事を生み出すしかない。


 そこで一計を案じたのがオリバーさんだった。


 彼は「既存の蒸気機関ロボットをさらに改良してほしい」と国内の義肢装具士たちみんなに呼びかけた。

 そうして、義肢装具士たちはみなこの「ドール」の外装を手掛けることになったのだ。

 

 なお、この「ファインセラミックス化」は他の業界も参入しつつあり、ホバーカー業界、家電業界、装飾品業界、日用品業界、そして医療の現場、などなど。あらゆる分野において、真鍮からファインセラミックスへと変化が進んだ。


 わたしはこうして国全体が活気づいていくのがとても嬉しい。絶望が少しずつ遠のいている……そんな気がするからだ。


 けれどその平穏は、すぐに終わりを迎えてしまった。

 恐れていたことが――起きてしまった。


 クロード様もわたしたちも、ある程度予期していたことではあった。

 でも……。まさかこんな日が来るなんて。


 現実は、そう甘くない。



 その日は、朝から妙な胸騒ぎがしていた。

 空港の方から大きな警報音がしてきたとき、「ああついにきたんだ」とそんな風に思ったぐらいだ。


 工房から飛び出して空を見上げると、ガラス張りの天井の向こうに何機もの敵国の戦闘機が浮かんでいるのが見えた。


「アンジェラ、あれは……!」


 わたし同様、工房から出てきた師匠が驚きの声を上げる。

 およそ数十機は飛んでいるだろうか。

 ただならぬことが起きているのは明白だった。


『領空を多数の他国戦艦が飛行しています。念のため、国民はシェルターに避難してください。繰り返します。領空を多数の他国戦艦が飛行して――』


 緊急時のアナウンスが街中に流れているが、人々は路上に出たまま右往左往するばかりだった。

 戦争経験者だけが冷静で、家族をなだめている。


「師匠、シェルターって、たしか下層地区の方でしたよね……。師匠はすぐに、そちらに向かってください」

「お前さんはどうするつもりじゃ」

「わたしお城に行かないと」

「何!? こんなときに何を言うとるんじゃ!」

「わたし、クロード様たちの元へ行かないといけません。だって、わたしは……」


 兵器の開発者だから。

 「有事」の際は城にすぐ駆け付けろとの命令が出ている。


『解毒薬の接種が進み、鉱山の国マイニングエリアとの同盟が締結され、人々が新たな産業に目を向けたとき、かならず敵国はこの国の「未来」をくじきにやってくる。この国が新しい一歩を踏み出せたなら、俺はそれを全力で守らなくてはならない。今度こそ……。そのためにもアンジェラ、君はそのときに真っ先にここに駆けつけてほしい』


 クロード様の言葉を思い出す。

 わたしはクロード様の専属義肢装具士。そして、蒸気の国スチームキングダムを守るための兵器を開発した者だ。


「師匠、わたしは敵国からこの国を守らなくてはなりません。だから、行きます」

「そうか……」


 大通りをたくさんの市民が移動している。

 その喧噪の中、師匠から両肩をポンと叩かれた。

 

「わかった。この国を頼んだぞ、アンジェラ」

「はいっ!」


 わたしは城へ。師匠はそのまま下層地区へと向かう。

 耳障りな警報音が鳴り響く中、わたしはクロード様の元へと急いだ。

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