42 解呪と同盟

 それから一か月後、蒸気の国スチームキングダムでは大体的に「解毒薬」の接種が始まった。


 まずは王族が試し、たしかに効果があることと、副作用がほとんどみられないこと等が国民に証明された。

 そして、街のあらゆる医療機関で無料接種ができるようになった。


 しかし国民のほとんどは、なかなか接種を受けたがらなかった。


 王族をもとから良く思っていない者たちは、生活が劇的に向上することがわかっていても心情的に拒否感が勝ってしまったのだ。

 けれどそれも、徐々に接種を受ける者が増えてくると、皆それにならいはじめた。


 やがて、接種を受ける男性が国内の半数を超えてくると、徐々に王族への支持率も上がりはじめた。

 義肢装具士業界からは「これじゃ商売あがったりだ」と不平をもらすものもいたが、そちらの保証も充実させると、この流れに反対する者はいなくなった。


 そしてこの機を境に、蒸気の国スチームキングダム鉱山の国マイニングエリアとの経済的同盟を締結した。


 同盟を祝うレセプションパーティーでは、わたしの師匠――国一番の義肢装具士ジョセフ・ライトが親善大使となり、鉱山の国の主賓らを出迎えた。


 そして、このニュースは世界全土に広まった。

 当然、敵国である石炭の国コールランドにも――。



 ◇ ◇ ◇



「やつらの四肢の腐敗が、治ってしまったそうだな」

「はい。私もそのように聞き及んでおります」


 石炭の国コールランド、国防軍総司令部。

 その一室に、外交官ハロルド・ハーマンは呼び出されていた。対面しているのは、陸軍幹部の一人である。


「その理由については判明しているのか」

「はっ。医療の国メディカルカントリーから招致した女医が、その特効薬を開発したそうです」

「たしかか?」

「少なくとも蒸気の国スチームキングダムではそのように発表されております」

「……ふむ」


 ハロルドの上官は胸ポケットから葉巻を取り出すと、その先を切って火をつけた。

 しばらくして紫煙があたりに漂う。


「あの毒は、そうそう解析されないように作らせたつもりだったが……。まあ、真偽のほどは後回しにしよう。それより、ほぼ同時期にあの国と鉱山の国マイニングエリアとの経済的同盟が締結された。これをお前はどう思う?」

「表向きは単なる資材の輸出入を強化するものだったでしょう。ですが、裏では別の意図があったと踏んでおります」

「ふむ……。まあ、そうだろうな。例えば――」

「『軍事的同盟』」


 その言葉が飛び出すと、薄暗い部屋の中で向かい合っていた二人はかすかに目を光らせた。

 そしてその目は、それぞれローテーブル上の世界地図へと向けられる。


「だろうな。むしろそうしないわけがない」

「ええ、鉱山の国マイニングエリアは我が国からは遠いですが、蒸気の国スチームキングダムからは近い距離にあります。十分な援軍になるかと」

「まったく……大人しく従属国であり続ければよかったものを」


 上官は葉巻を地図の横の灰皿に置くとソファに深く腰を落ち着けた。

 そして、ぶつぶつと何事か口の中でつぶやく。


「これ以上寝覚めの悪い思いはしたくなかったんだがな……仕方ない。ハロルド」

「はっ」

「明朝出立だ。そしてその特効薬の出どころを確かめてこい。おそらくウルティコが彼の国でかくまわれているはずだ。その証拠をどうにかして持ち返れ」

「はっ」

「抵抗された時のことも考えて、一応一個大隊ほどの部隊もつけておく」

「い、一個大隊もですか?」

「ああ。これはおそらく明確な反逆だ。これが成されるとなれば、再び戦争の火蓋は切って落とされるだろう。お前も心してかかれよ」

「はっ!」


 ハロルドは立ち上がり、上官に対して敬礼をする。

 そして一礼すると速やかに退室した。


 薄暗い廊下を、自室へと戻る。

 これから急いで身支度をしなくてはならない。一個大隊とはおよそ五百人ほどの規模だ。前回ウルティコを捜索に行った際は、あくまで精鋭の分隊(十人程度)だけで、しかも向こうの国に警戒されないよう普通の旅客機で向かっていた。


 だが今回は……。

 おそらく明確に武装していくのだろう。ハチの巣をつつきたくはないが、そうも言っていられない。


 ハロルドは廊下の窓から見える景色に視線を映した。

 そこには広大な露天掘りの炭田があった。どこまでもつづく砂礫の山。ボタ山ともいうが、石炭を採掘する際に発生する捨石の山だ。その周囲には果てない荒野が続いている。


 炭田にはいたるところに電球が灯っている。もう日が暮れたので労働者たちは帰宅しているが、それを周辺国に運ぶ蒸気機関車の明かりが動いていた。


「この国は、これしかない」


 水も食料も他国から供給されねば維持できない国だった。

 だから奪った。侵攻して、害をこれ以上与えられたくなければ望みの物を出せと脅した。

 それでこの国は生き永らえてきた。


 けれどこの石炭が尽きたらどうなるのか。

 自分たちの「国」はもはや存続できないのではないか。今は、動力の源となる資源が大量にある。そのため武力だけは異常に強い。けれど。それがなくなったら自分たちはどうなるのか。


 この明かりはいつまで消えずにいてくれるのか。

 ハロルドは不安な思いを抱いていた。

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