41 薬の完成

 それから数日後。

 ウルティコさんがとある薬を完成させた。


 それは「四肢の腐敗を止める薬」――あの隣国の呪いを封じる薬だった。


「クロード殿下。この『解毒薬』は、もともとあの生物兵器を作る際にボクが一緒に開発していたものだ。当然、治験も済んでいる。だから安全はこのボクが保証しよう」


 ウルティコさんがそう言って、クロード様に薬液の入った試験管を見せつける。

 わたしたちはレイナさんたちが使っている「研究室」に呼び集められていた。クロード様は思案顔でその透明な薬液を見つめている。


「責任を取りたいというから任せてみれば……さすがは開発者だな。想定以上の結果だ」

「お褒めにあずかり光栄だよ。で、さっそく国民に投与するかい? 数は順次量産していくつもりだが、まだこれしかできていなくてね」


 ウルティコさんが背後に目を向けると、そこには百本ほどの薬が試験管立てに並べられていた。

 その横にいたレイナさんが言う。


「先生と一緒に、できるだけ早く作りましたわ。でも……今後も手順などの効率化を図っていったとしても、せいぜい三日で百本のペースが限度。この国の男性全員に行き渡らせるには、かなりの時間が必要ですわ。せめて人手がもっとあったら良いのですけれど……」


 レイナさんが申し訳なさそうにしているので、そんなだったらわたしが手伝ってあげてたのに! と思う。でも……わたしはすでに別の「兵器の開発」という仕事を受け持っている。それに調薬は完全に専門外だ。素人が関わっても、きっといいことはなかっただろう。


「ふむ。助手を手配させたいのはやまやまなんだが……人だとウルティコ氏の存在が外に漏れてしまうな。はて、どうしたものか……」


 クロード様は考えたあげく、城に在中しているロボットたちを手配することを決めたようだった。オリバーさんにさっそく指示をする。


「オリバー。そういうわけで、お前に頼むぞ」

「えっ?」

「ウルティコ氏から説明を受け、早急にロボットどもに薬の作り方を覚えさせろ」

「はあ……その間、警備などが手薄になりますが?」

「構わん。足りない分のロボットはまたあとで補充だ。まずは薬の増産を先行させろ」

「へ、兵器の開発も遅れますが?」

「ロボットへのプログラムは一日……いや、最低でも二日で済ませろ」

「ええっ、そんな!」

「その間はアンジェラ」

「は、はいっ!」


 いきなり名を呼ばれて、心臓が飛び出てしまうかと思った。

 あのキス事件以来だった。クロード様とまともに顔を合わせるのは。


「オリバーがいない間は君が兵器の開発を進めるんだ。いいな?」

「……はい。かしこまりました!」


 頼んだぞ、と言っているかのような力強い目。

 わたしは胸の奥がひどく震えた。なんとかしてこのクロード様の思いに応えなくては。


 兵器の構造はすっかり頭に叩き込んだ。

 各部品の特徴も徐々に理解している。

 あとは……自分が導き出した答えが合っているかどうかだ。それを早く、師匠に確認してもらいたい。


 逸る胸を抑えていると、クロード様が居並ぶ試験管の前に移動された。

 その一つを手に持ちウルティコ氏に言う。


「では、さっそくこの薬を俺に投与してもらおう」

「えっ!!」


 わたしは思わず声をあげてしまった。

 そんな、自ら接種の第一号に志願なさるなんて……。


 驚いたのは何もわたしだけではなかった。特にステファン様の動揺が激しい。


「あ、兄上……そんな、兄上が一番にされる必要などありません。やるなら僕が」

「いや、順番から行って私だろう、ここは」

「父上!?」


 この場には王様であられるロベルト様もいらっしゃった。

 両手両足の義肢を巧みに動かしながら、ウルティコさんの前に行く。


「ウルティコ殿。貴殿は、開発者としてこの薬が安全であると保証したな。しかし、万が一・・・億が一・・・ということもありえる。そうなったとき、私はその危険性を見過ごした私自身を許せない。この子たちはこの国の未来だ。宝だ。貴殿を疑いたくはないが……わかってくれ」

「国王陛下……。いや、ボクに不安を抱かれるのも無理はない。わかりました。では陛下から投与いたしましょう」

「父上!」


 ウルティコさんが注射の準備をしはじめると、クロード様が抗議の声を上げた。


「この者を城に引き入れたのは俺です。俺が、その責任を負います!」

「何を言う。責任と言うならば、お前はこの計画の行く末を最後まで見届けなくてはならぬ身。ならば、懸念事項は極力排除しろ」

「しかし……」

「計画を実行すると言ったお前に、私は言ったな? 今後の判断はすべてお前がしろと。いちいち私に判断を仰がなくていいと。……ウルティコ殿をこの城にかくまうと言った時も、私は反対などしなかった。お前の駒のひとつとして生きると、決めたからだ」

「父上……」


 王様の肩の袖がめくられ、レイナさんによって注射する場所がアルコールで消毒される。

 ウルティコさんが空の注射器を取り出した。

 試験管から薬液が注射器の中に吸い込まれていく。


「ウルティコ殿。この薬が効きはじめるのは、投与してからどのくらいだ?」

「一週間ほどです。それで腐っていた部分の皮膚が、完全に治る」

「そうか……。ではやってくれ」

「ええ」


 ウルティコさんは注射器を垂直にかまえると、王様の肩めがけて勢いよく突き刺した。

 そして薬液を肩の筋肉の中にすべて注ぎ込む。


「ううっ……」

「国王陛下は腕がないために、筋肉注射しかできませんでしたが……まだ腕のある者には血管内、静脈注射を施す予定です」


 ウルティコさんがそう淡々とつぶやく。


 ああ、痛そう……。

 わたしも肩にワクチンを注射されたことがあるからわかる。

 静脈より、筋肉の方が痛いのだ。


「クロード殿下」

「なんだ?」

「今はまだ、腐敗を止める薬しか作れていない。だが……ボクはいずれ、失った手足を再生する薬も開発するつもりだ。そうすれば、キミたちの手足も……」

「ふん、それはなんとも楽しみな話だな」


 なんということだろう!

 さすがは薬学の天才だ。もしその薬が完成したら、いったいどれだけの人が救われるのか。今の薬だってだいぶ人々の希望となるのに。ああ、なんて嬉しいニュースだろう!


 注射が終わり、肩を痛そうにさすっている王様と目が合う。

 わたしの喜びが伝わったのか、王様も嬉しそうに目を細められていた。


 そうして、この日から『解毒薬』の増産が始まったのだった。

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