アルミアの巨像

マイルドな味わい

アルミアの巨像

 地下聖堂はひんやりとした静寂に満ちていた。

 エイラは硬質な足音を響かせながら螺旋階段を慎重に降りる。

 次第に底から漏れる光が見えてきて、足元が安定してくる。

 やがて階段を降り切って開けた場所に出ると、ドッ、ドッ、ドッ、という地響きのような重低音が聴こえてきた。

 エイラはその最奥まで進んで跪いた。

 手を組み祈り、を捧げる。

 祈りの向かう先は、神にも似た巨人の像だ。


「ごきげんようダナン。今日はお魚がいっぱい獲れたの」


 そう言って、エイラは脇に置いたバスケットから様々な物取り出した。

 色とりどりの魚。まだ土のついている野菜。木の実に、酒の入った小瓶。

 全て、巨像ダナンのために用意された供物だった。

 それらは巨像の前にちょこんと設置された祭壇に載せられていく。


「こっちのお野菜はイーファおばさんから。木の実はコナーとヴェロニカが採ってきてくれたもので、ウイスキーはナイルさんが特別に分けてくれたのよ」


 エイラは自身の十倍も大きな友人に、楽しげに話しかける。

 返事がないのはいつものことだ。

 巨像から発せられるのは、身体の内側にじんわりと響くような鼓動の音だけ。

 だが、エイラはこの場で物言わぬ巨像と話す時間が大好きだった。


「――それでねおばさんったら、腰が立たなくなったらあなたにこの畑をあげるわ、なんて言うのよ。まだまだ元気なのにね。彼女、わたしより長生きするんじゃないかしら」


「――村の子供たちに、魔法を教えてって言われたの。……ちゃんと断ったわよ? 魔法を使っていいのは神官だけだもの。彼らも、いずれわたしたちみたいな神官になれるかしらね」


「――三日前散歩してた時のことなんだけどね、草むらの陰から、白いキツネが飛び出してきたの。かわいかったなぁ……。撫でようと思ったら逃げられちゃって。昔っから動物に好かれないの、わたし」


 神官のエイラに与えられた使命は、こうやって七日に一度、大いなる神の化身である巨像に祈りを捧げることだった。

 巨像の全長はイチイの木よりも大きい。直接触れることは戒律で禁じられているためできないが、手を伸ばせばそのつま先に触れることができる位置にある。腕は丸太のように太く、頭部は兜のようなものに覆われていてその表情を窺うことはできない。唯一、兜に開けられた穴から覗く目がぎょろりと光っていた。

 それが一体いつできたのかはわからない。

 何が目的で生まれたのかも。そもそも生きているのか死んでいるのか、はたまた生物ですらないのかさえ。

 これほど魔導システムが発達した現在においても、巨像がどういう存在なのかは解明されていなかった。存在は公にはされず、内部調査に踏み込むことは許されていない。ここは定められた神官のみが立ち入りを許された禁足地だ。

 だけど、この場所にいると心が落ち着く。

 普段は寂しがりのエイラだが、一人でここにいるのは不思議と寂しさを感じなかった。

 巨像から発せられるドッ、ドッ、ドッ、という重低音を聴いていると、母の胎内にいる時のような、ゆりかごに揺られているような、そんな安息を得ることができた。

 あらかたこの七日間にあった出来事の報告を終え、エイラは再び巨像に祈りを捧げる。


「大地の神ダナン。日々の守護を感謝します。これからもわたしたちアルミアの民をお守りください」


 彼女の祈りに、巨像は応えない。

 ただ、そこに佇むのみだ。



     *



 ある日のことだ。

 エイラが聖堂での職務を終えて、家へと向かう道すがら。

 農園の隅にいた子供たちから呼び止められた。


「おねえちゃん。巨像ってどんなカッコしてるの?」


 子供たちはしゃがみ込んで輪になっている。

 エイラが覗き込むと、地面には鹿やら馬の絵が描かれていた。

 木の棒で落書きをしていたらしい。

 巨像の姿を直に目にしたことがあるのは、神官であるエイラとその先代だけだ。

 そのため村の人々は、見たこともない巨像を自分たちの守護神として崇めている。

 祭祀の時などには巨像のレプリカが作られるが、本物と比べると笑ってしまうほどいびつな贋作だ。何せ、巨像の膝くらいの大きさしかない。それでも村の人々にとっては十分巨大なオブジェクトだから信仰心を集めるには事足りるだろうが、やっぱり本物を見た後だと肩透かし感が否めない。


 ――風景を切り取って他の人に見せられるような魔法があればいいのだけれど。


 そう思うが、優れた魔導システムを有する大国でさえ、未だにそんな技術は確立できていない。神が人間に与えた御業も、何でもできるとは限らないのだ。

 だから、エイラはケープの袖を捲った。


「よおし。おねえちゃんが描いてみせましょう」


 木の棒を受け取り、ガリガリと地面を削っていく。

 巨像の姿を語れるのは、この村には自分しかいないのだ。

 あの雄大な立ち姿を、子供たちにも教えてあげたい。


「ふぅ……」


 絵を完成させ、エイラは額に浮かんだ汗を拭う。

 それを見た子供たちは一言。


「………………へたくそ」

「んなぁ⁉」


 心無い一言にショックを受けるエイラ。

 たしかに線はガタガタだし、顔がなんか大きい気もするし、目の大きさも左右で全然違う。

 描いている時は上手くいっていると思っていたのに。不思議だ。

 自分が絵を得意していないのは薄々感じていたが、まさか「へたくそ」と評されるほどだったとは。


 ――いけない。このままでは、巨像ダナンの沽券にかかわる。


「こ、これは失敗作だから……。本当はもっとすごいんだから……!」


 エイラは自分で描いた絵をざりざりと靴裏で消して、もう一度描き直した。

 子供たちからは、「もう大丈夫だって」と白旗を上げるように促されたが、そんなわけにはいかない。

 神官としての責務を果たさねば。

 その思いで、エイラは日が傾くまで、巨像の絵を描き続けた。



     *



「――そんなことがあったの。まさか、自分があんなに絵が下手だなんて思わなかったわ」


 エイラはそう愚痴をこぼす。

 聞き手は巨像だ。

 巨像はしばしば、祈りの時間にかこつけたエイラに愚痴を聞かされていた。


「ねえダナン。あなたが村のみんなの前に姿を現してくれたら、それが一番いいのだけれど」


 巨像は応えない。

 ドッ、ドッ、ドッ。一定のリズムで刻まれる地響きのような心音だけが、彼から発せられる唯一のレスポンスだった。

 祭壇の前に跪き、様々な出来事を話す。

 巨像との対話は、祈りの慣習に組み込まれたプロセスだった。

 曰く、この地下聖堂で一人でいる巨像は、人とのかかわりに飢えている。

 だから神官は七日間に一度、巨像に供物と祈りを捧げる際に、村の人々の様子を告げなければならない。

 それが、悪いことであっても。


「……このところ、連合国軍が動きを見せ始めているらしいわ。もしかしたら、この村にも攻め入ってくるかも……」


 沈痛な面持ちで巨像に告げる。

 連合国は、エイラたちが住むアルミアの北方に位置する大国である。

 優れた魔導システムを誇っており、高い技術力と軍事力を持って周辺の国や村を吸収し領土を広げた国だ。

 いつかこの村にもその魔の手が伸びてくるかと思われたが、連合国はアルミアの有する巨像の存在を恐れて、武力行使がなされることはなかった。

 だがここ最近、アルミアの村長の下に、連合国からの使者が訪れたのだ。

 書状に書かれていた内容はこうだ。


 アルミアを連合国の傘下に加えて庇護下に入れる代わりに、連合国に税を納めるこ

 ととこの地下聖堂への立ち入り調査を要求する。


 恐れるべき存在ならば、手の内に入れてしまおうということなのだろう。

 実際、連合国がこれまで他の村や集落にやってきた行いを鑑みれば、十分過ぎるほど慎重な方策だった。

 しかし、アルミアの民がこれを容認できるはずがなかった。

 彼らにとって巨像は母であり、父であり、守護神なのだ。

 幼心から崇めてきた主を、易々と手放せる道理はない。


「連合国が攻めてくれば、わたしたちは全力であなたを守るわ。あなたはわたしたちの全て。アルミアの根源なのだから」


 エイラは、そのつぶらな瞳に熱を込めて巨像に言った。

 巨像はそれに応えない。

 ただ、そこに佇むのみだ。



     *



 この世の理をはるかに逸した存在である巨像だが、それが収まっているこの地下聖堂も、また常人の理解に及ばない特殊な技術でできていた。

 壁や柱は見たこともない白く輝く素材で構成されている。床も同じ素材でできているらしく、踏んだ時の感触が大理石とは異なっていた。天井は地下空間だというのに明るく乳白色の光を発している。周囲に松明はなく、魔法等が使用された痕跡も見られない。

 きっと昔の大賢者が魔法の粋を凝らして造ったのだろうが、未だに謎の多い施設だ。

 エイラは、自分がその空間を一人で独占できることにある種の恍惚感を覚えながら、今日も巨像の前に跪く。


「ごきげんよう。今日は村の子供たちが頑張ってくれたおかげで、木の実がたくさんあるの」


 祈りを終え、供物を祭壇に置いた。

 前に捧げた供物は、祭壇の上からきれいさっぱりなくなっていた。

 魚や野菜を七日も放置したら腐敗するだろうが、この不思議な空間ではそういったことが一切起きない。何の兆候もなく、次来た時には消え去っているのだ。

 自分たちが持てる知識の埒外にいる存在。

 エイラたちが巨像に寄せる思いは計り知れない。


「最近、村の境界付近で連合国とのいざこざがあったらしいの……。暴力沙汰にはならなかったからまだいいんだけど……」 


 つらつらと近況を述べる彼女の横顔には、陰惨な翳が落ちていた。


「争いごとは嫌ね。従わない相手を暴力で屈伏させようなんて間違ってる。……この争いが平穏に終わりますように」


 呟いて、エイラは手を組む。


「あはは……。なんか辛気臭い感じになっちゃったわね。あ、そうだ! 聞いてダナン。この間ね、わたしの姉さんに子供が生まれたの」


 そうして、今日も一日、エイラは巨像の前で楽しいお喋りに興じた。

 それを聞く巨像はしかし、一向に反応を示さない。

 ただ、そこに佇むのみだ。



     *



 アルミアにおける葬儀は、民衆の前で遺体を焼き、その遺灰を神官が供物とともに巨像に捧げることで完遂する。

 巨像は彼らにとって守護神であり、魂の還るべき場所でもあった。

 エイラはいつものように跪いて祈り、それから巨像に供物を捧げる。

 その中には、薄布の巾着に収まった遺灰も連なっていた。


「神官、エイラ・フィッツジェラルドの名において、ニール・ヘルツィオグの冥福をお祈りいたします。巨像の御胸に抱かれて、安らかにお眠ください」


 葬送における口上を終え、息を吐く。

 老齢の男性だった。

 半年前に病で寝たきりとなり、老衰も相まって今朝息を引き取ったらしい。

 エイラも度々見舞いには訪れていたが、死に目には会うことができなかった。


「ニールおじいさん……」


 エイラは故人の顔を思い浮かべてその死を偲んだ。

 幼い頃、その老人に遊んでもらった記憶が蘇る。

 小さな共同体だから、村全体が家族のようなものなのだ。

 血縁などあってないようなもの。

 全ての生命は巨像に準拠している。

 人間も動物も植物も海も川も土も空も、全てが巨像の身体の一部なのだ。

 アルミアの人々はみな、巨像の身体の一部から生まれ、死んだら巨像の身体に還ると考えていた。

 このサイクルは巨像が存在する限り続く。

 だから、誰とも知れぬ異邦人に、この神聖な巨像を明け渡すわけにはいかない。


「それから、今日はお供え物はあんまりあげられないわ。ごめんなさい。警護で男手が少なくなってしまったから、魚も野菜も獲れる量が減ってしまったの」

 申し訳なさそうにうなだれるエイラ。

 巨像はそんな彼女を見下ろして、ドッ、ドッ、ドッ、と一定のリズムで鼓動を刻む。

「このところ良くないお知らせばかり。もうちょっと、あなたに良い報告ができるといいのだけれど……」


 依然として連合国による威圧は続いていた。

 当然、こちらもそれを野放しにするわけにはいかない。

 普段は漁師や木こりをしている男たちを、村落の周りに配備して守りを固めていた。

 それなりに身体の仕上がった男たちではあるが、それでも心もとない守備だ。

 いつこの村が攻め滅ぼされるかわからない。


「わたしたち……愚かなのかしら……」


 巨像を捨てれば、アルミアが蹂躙されることもないだろう。

 だが、巨像はこの国の象徴なのだ。

 それを連合国に明け渡すことなど、エイラにとっては裸体を衆目に晒し、辱しめを受けることよりも耐え難いことだった。そしてそれは、大多数のアルミアの民にとっても同じことだ。

 ふるふると首を振って、弱い気持ちを断ち切る。


「弱気になってちゃダメよね。わたしたちは一心同体だもの。どんな運命も、共にする覚悟はあるわ」


 目の前にいる巨像が自分たちにはついているのだと思うと、エイラは胸の底からこみ上げてくるものを感じた。


「そうそう! 新しく生まれたの姉さんの子供なんだけどね、これがもう信じられないくらい可愛いの! わたしが指を持っていくと小さな手でギュッと握り返してきてね。お顔もまん丸だし、ほっぺはぷにぷにしてて触ると気持ちいいし――」


 ようやく掘り起こした明るい話題を、エイラは大げさに話してみせる。


「赤ちゃんの名前、ルーって言うの。こんな暗いご時世に生まれてきてくれた子だもの。この子が、わたしたちを照らす明るい希望になってくれますようにって」


 ルー。

 それは、彼らの言葉で「光」をあらわしていた。


「わたしたちが、子供が安心して育つ村にしていかないと。……そのためにも、あなたの力を貸してください」


 そうして、エイラは手を組んで巨像に祈りを捧げた。

 巨像はそれに応えない。

 ただ、そこに佇むのみだ。



     *



 エイラのすすり泣く声が、地下聖堂にこだましていた。

 先日連合国から最終通告があった。

 従わなければ、武力を持って制圧すると。

 だが、村長の意思は固かった。

 アルミアはこれに全面的に抵抗する。武力行使とあらば、こちらも迎え撃つまでだと。それが、巨像に対してできる彼らの唯一の義理立てであった。

 エイラ率いる聖職者も、みな同じ意見だった。

 しかし、アルミアのような一集落が連合国軍に敵うはずがない。

 待っているのは、滅びの運命だろう。

 自分たちの余命を宣告されたようなものだ。

 どうしようもない運命を前に、それでもエイラは祈りを捧げた。

 そうすることで、わずかながらにすり減った心が癒えていく気がした。

 巨像はそれに応えない。

 ただそこに佇むのみだ。



     *



 エイラは地下聖堂にいた。


「――ダナン、あなたと初めて会ったのはわたしが十五の時だったわね。当時のわたしったら、あなたが動き出すんじゃないかって凄く心配だったの。最初にここに来た時なんて、足が震えてたんだから」


 エイラは口元に手をあてて笑う。

 巨像は応えない。


「――仕方ないじゃない。小さい頃から、悪さをしたら地下聖堂から巨像が出てきてぺちゃんこに踏み潰されちゃうわよ、ってお母さまから言いつけられてたんだもの。あなた、大人にとっては大事な神様だけど、子供たちにとっては結構怖がられてたりするのよ? 弁明したいんだったら、こんなところに引きこもってないで上に出てきたらどう?」


 巨像は応えない。


「――冗談よ。あなたが反応してくれたことなんて、ただの一度もないものね。でも、私的にはこれでも楽しんでる方なの。あなたが、わたしの話を聞いてくれてるって信じてるから」


 エイラは楽しげに、一人で会話を続けた。


「――去年の秋は凄かったわね。大漁に豊作で、食べる物がいっぱいあった。あなたにもたくさんのお魚や小麦をお供え物したものね。この祭壇に載せきれないくらいだったかしら。次の礼拝の日には、跡形なくなってるんだから。体が大きいと、食べる量も多いのね。ねえ、あなた、一体どうやってお供え物を食べているの? わたしのいないところでは、結構自由に動き回ってたりする? たまーに地面が揺れるのとか、そのせいだったりして」


 巨像は応えない。


「――結婚とかもしてみたかったなー。神官になるって決めた時からそういうのは諦めなきゃってわかってたんだけどね。やっぱり、姉さんを見てるといいなーって思うことが時々あるの。でも、まさか姉さんが結婚相手にあのファルを選ぶなんて思わなかったわ。昔から喧嘩ばっかりしてたのに。いつの間に仲良くなったのかしら。……といっても、数年前まではわたしも神官なるための勉強ばっかりしてたから、姉さんたちとは話す機会があまりなかったものね。わたしの知らないうちに、だんだん仲を深めていったんだわ」


 エイラは憂いを帯びた目で俯き、続けた。


「――姉さんたち……今頃上手く逃げてくれたかしら……。南の方はまだ連合国の影響も少ないから無事でしょうけど……。ルー、元気に育ってくれるといいわね」

 

 エイラは別れ際の姉の姿を思い出す。

 向こうはわんわん泣いて、何か言っているのだけど全然言葉になっていなかった。そんな姉の手の中にいる赤ちゃんも、同じように泣いていた。

 だから、エイラはそんな姉と子供を優しく抱きしめて無言で見送った。

 たとえこの村がついえても、彼女たちにはこの雄大な巨像がついていることを覚えていてほしい。


「――わたしも、留学してる時に攻性魔法こうせいまほうくらい覚えてくればよかったかしら。そうすれば、みんなと……。ううん、無理ね。一人増えたところでどうにかなるようなことじゃないし。それにわたし、魔法の才能ないもの。留学してる時先生に言われたの。才能ないって。田舎の神官になるくらいならその程度でも十分よって言われて、追い出されるみたいに学舎を出たんだから。村のみんなには、わたしは凄いんだぞー魔法使えるんだぞーって言ってたけど……見栄張っちゃった」


 あはは、と薄く笑って後頭部をさすった。


「もう、みんなはそっちにいった?」


 澄んだ声で巨像に問いかける。

 応えはない。

 エイラは少しだけ眉根を寄せて、


「最後なんだから、ちょっとくらい頷いてくれたっていいんじゃない?」



 巨像は――



 後方で音がした。

 ガラス細工が割れた時のような、耳をつんざく音だ。

 続いてカツカツと階段を降りてくる気配がしてくる。

 それは普段であれば絶対にありえないこと。

 ここは、巨像ダナン神官エイラだけに許された聖域なのだ。


「時間みたいね」


 エイラは少し困ったように笑って、立ち上がった。

 振り向くと、少し先にローブを身にまとった男たちが立っている。

 黒いひげをたくわえた壮年の魔導士と、軽薄そうな笑みを浮かべた若年の魔導士の二人組だ。二人の持つ杖は、何回も魔法を放った反動で青い燐光を発していた。

 壮年の魔導士が尋ねてくる。


「アルミアの神官で間違いないか?」

「はい」


 エイラは素直に答えた。

 彼女に抵抗の意思がないと見るや、壮年の魔導士は少しだけ肩を落として一歩前に出る。


「悪く思うな。おれたちにも従うべき基準があるのだ。お前には死んでもらわなければならない。……最後に、言い残すことはあるか」


 ――言い残すことなど。


「ありません。たくさんお話しをしました。もしあったならば、そこから先は還ったあとでします」


 エイラの言葉に、魔導士たちは顔を見合わせた。怪訝そうにこちらを見つめながらも、「そうか」と呟く。

 壮年の魔導士は何か言っていたが、その言葉は、もはやエイラの耳には届いていなかった。


 エイラは手を組み、静かに目を閉じる。

 恐怖はなかった。

 すうっ、と息を吸い込み、祈る。



 ――大地の神ダナン。わたしはあなたを……。



 乾いた破裂音が、地下聖堂に響き渡った。



     *



「それにしてもあっけなかったですね」

「所詮こんなものだ。用途がわからなければただの像。この村の民に、像の真価が発揮できたとは思えん」

「これにそんな力があるんです?」

「さあな。何せ、数千年前の文明の遺物だ。今の我らでは、到底届き得ないシステムで稼働しているのだろう」

「神秘的っすね」

「だからこそこの巨像を神だと崇めていたんだろうよ。……そのために、彼らは死ぬことになったのだがな」

「なんか、それを聞くとこいつらがかわいそうに思えてきやしたぜ」


 言って、若い魔導士はやれやれと肩を竦めている。その表情には、薄い笑いと浅い同情が浮かんでいた。

 壮年の魔導士は彼を睥睨してから、


「まあ、それでも彼らの支柱になっていたことはたしかだろうな。見ろ、彼女の死に顔を」


 死体の転がる床に視線を向ける。

 惨憺たる光景ではあったが、仰向けに倒れた女の表情は不思議と柔らかなものだった。血まみれの顔に微笑みを浮かべて、穏やかに死んでいる。

 それに気づいた若い魔導士は、「ホントだ、気持ちわり」と顔をしかめて舌を出した。



     *



 地下聖堂は再び静謐さを取り戻していた。

 巨像の足元には、額が裂けたエイラの死体が頽れている。

 床は血の海だ。

 脳漿は飛び散り、赤い斑点が巨像のつま先に付着していた。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

 鼓動の音が響く。

 巨像は応えない。

 ただ意味ありげに、そこに佇むのみだ。

 

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