『飛竜学園の旗騎士』KF文庫JJ

 おや、お久しぶりです。

 架空ラノベ喫茶へようこそ。

 マスター、いつものを。

 こうしてまたお会いできるとは、

 また架空ラノベのお話ができるなら、私としても嬉しいですね。

 おっと、さっそくあちらのボックス席では、女性二人組がなにやら少し揉めているみたいですよ。

 では、ちょっと聞き耳を―――――――


「どうしたんすか先輩、そんな不機嫌な顔して」

「『飛竜学園の旗騎士ワイバーンアカデミーズバナレット』のアニメ、始まっただろう」

「ああ、尾得皐月おえるさつき先生の新作すね。そういや先輩アレ好きでしたからね。まだ2話ですが、まあまあ評判いいみたいじゃないっすか。なにが不満なんすか」

「……キービジュアル、見たか? 見ろ!」

「いや、そんなにスマホの画面を押し付けなくても見ますって。キャッチーな感じじゃないすか、イケメンな主人公を中央に、可愛らしいヒロインたちがそれぞれのポジションにいて、あと学園とか魔法がバーンッ! わかりやすい、こりゃ注目もされるわけっすね」


 確かに、絵も綺麗だし、どういう作品なのかわかりやすいキービジュアルで評価が高いのも頷けます。

 私個人としては、タイトルロゴのデザインも格好良くていいと思いますね。

 でも、彼女はそうやらそういう評価ではないようで。


「足りないだろ……」

「え?」

「なにもかも足りないと言っているんだよ! このビジュアルにゴーサイン出したやつは原作読んだのか? ワイアカの魅力といったら、ワイバーンとライバルだろうが!」

「あ、そういやこのビジュアル、ドラゴンがいませんね」

「一応ここにいるんだ、この端っこにな。こいつが主人公のパートナーのアィーヴ、もう一人の主人公といっていい存在だ。見ろ、原作一巻の表紙にもデカデカと載っている、それがなんだ、この扱いは!」

「ま、まあ確かに、もう少し大きく扱ってもいい気はしますが……」

「それだけじゃない、なんでこの女どもがこんなに前面に出てるんだ?」

「なんでもなにも、そりゃあ、ヒロインだからじゃないすか」

「ヒロイン? まあ、大きく分類するとそうなるかもしれないな。だがワイアカの真のヒロインといえば、至高のライバルであるカイ・ヴァールのことを指すに決まってるだろうが! それがなんだよこいつらは!? どの面下げてここにいる?」

「いや、ファンタジー学園ものだし、女性キャラを前に出すのは普通じゃないすかね」

「はんっ、ハーレムラブコメ気取りか? そこがまず間違ってるんだよ」

「えっ、違うんすか、魔法学園多人数ヒロイン厨二モノだしてっきり石鹸枠とかそういう系統の作品かと……。アニメ一話もそんな感じでしたし。ヒロインが開始三分で裸だしで……」


 石鹸枠。

 そういう括りになりがちな作品というのは、ライトノベルで一時期増えましたからね。みんなが好きなものを煮詰めた一つの形といいますか。

 古くはアメリカのメロドラマでもソープオペラなどといわれた作品群もあったわけですし。

 ところで、全く関係ないのにソープオペラと石鹸枠で似たような名称になっているのは運命的な面白さを感じますよね。


「なにが石鹸枠だ! そこがまずこのアニメのクソ改変なんだよ! いいか、そもそも原作では開始3ページで脱いでるのはカイ・ヴァールなんだよ! はいほらヒロイン確定!」

「えっと、一つ確認するんすけど、カイ・ヴァールって男キャラすよね?」

「もちろん、主人公の最大の理解者にして最強のライバル。競い合い、いがみ合い、そして手を取りともに戦う、最も熱い男だよ。薄い本貸そうか?」

「いや、いらないす。てか、まずそもそもなんで開始3ページで野郎の裸が出てくるんすか?」

「ヒロインだからに決まってるだろ! いや、わりと真面目に、原作は私らみたいなの層を狙っているフシはあったのよな。イラストの芽塔めとうシエさんは少女系レーベルでも描いてる人だし。アニメもそういう方向で行くと思ったのに!」

「いやいや、それは流石に思い込みが激しすぎじゃないすか? 二巻以降はちゃんとヒロインの女の子が表紙だし、作者の人そんなこと考えてないっすよ」

「ぐぬぬ……、でも描写を拾っていくとどう見てもヒロインなんだよ。一般的なヒロインキャラの身の上に起こるイベントはだいたいカイ・ヴァールにも起こっているし」

「いやいやいや、それは先輩がそういう風に見ているから歪んでるだけじゃないすか? 例えばどんなイベントなんすか」

「ラッキースケベあり、手料理イベントあり、買い物イベントあり、看病イベントあり、おまけに結果としてのキスシーンまであるんだぞ! あーもうこれもう絶対わかってやってますわ、ヒロイン間違いなしですわ」

「キスまで……、そりゃ確かにちょっとやりすぎすっね」


 まああのキスというか人工呼吸は、完全に狙っていると言っても過言ではありませんね。

 彼女の言うように、原作ではカイがヒロイン枠扱いなのは確かだと思います。


「やりすぎじゃねーよヒロインだって言っているだろうが! でも今回のアニメだとそこまでは行かないかな。キリのいい三巻までだろうし」

「興奮して言う事言ったあといきなり冷静になるの怖いんでやめません?」

「実際のところ、コミカライズのときから嫌な予感はしてたんだ」

「現代ラノベにおいて、コミカライズはアニメへの登竜門みたいなものっすからね。コミカライズ、ドラマCDと来てその後の方向性も決めるというか。コミカライズの出来、悪かったすか?」

「いや、コミカライズそのものは出来は良かった、すごく良かった。良かったんだが、それが良くなかった」

「なんすか、その禅問答」

「まあコミカライズのよくあるパターンとして、同人も売れている絵の綺麗なエロマンガ家の人が担当したんだが、その人の描くいわゆる女性ヒロインが滅茶苦茶エロ可愛くてな。そういう層にメチャクチャウケた。そして売れた」

「あー」


 コミカライズ作家の方向性にも色々ありますよね。新人さんだったり、コミカライズのキャリアが豊かな人だったり、たまに自作がアニメ化もしている大御所の人が担当していたりとか。 

 あと時々、別作品のイラストレーターの人がコミカライズをしていたりして、カオスなことになったりもしますし。


「だから今のアニメもその路線の延長線上にあるわけよ。このヒロインたちで売り込んでいこうという感じで。声優も売出し中の若手女性声優を連れてきて、番組のWEBラジオも展開したりなんかして」

「かなり気合入ってる感じすね」

「正直、気合と予算は相当なものと感じる。それは確かなんだよ。でもさあ、そうじゃないだろ! というのが私の本心なんだよなー」

「先輩、その発言、完全に厄介オタっすよ。じゃあやっぱりすべての始まりとなったコミカライズを恨んでいたりするんすか?」

「そこを突かれると痛い、痛すぎる。この結果を生み出したことについては恨んでも恨みきれないが、コミカライズのさー、飴痕玲音あまあとれいん先生の描くカイ・ヴァールが凄くいいのよ。カイが生きてる!動いている!喋ってる!って感じで、物凄く愛を感じるのよ」

「その先生、エロマンガ出身なんすよね」

「まあ元々カイ・ヴァール自体が線の細い系男子ということもあるが、飴痕先生は男性向け女性向けどっちもいける口だからな。私も先生の薄い本持ってるし」

「この人は……」

「わかってる、わかってはいるんだ。だが……、だがそれでも私はシュウ・ディンカーとカイ・ヴァールのバチバチが見たかったんだよ!」

「わがまま!」

「うるせー! 私はシュウとカイが殺伐にいちゃつく場面の壁になるんだ! クッソー、原作通りカイとのやり取りメインで再アニメ化してくれー!」

「いやいや、まだ今のアニメも始まったばかりじゃないすか」

「そうなんだよなー、始まってしまったんだよなあ……。こうなった以上再アニメ化は絶望的だし、私はこれからなにを希望に生きていけばいいんだ……」

「SNSで身勝手なヘイト振りまいて炎上とかやめてくださいよ。自分のTLで晒しRTが回ってくる先輩とか見たくないすからね」

「すまんが、今の私はなにをするかわからんぞ……」

「じゃあ先に通報しておきます。これも社会のためなんで」

「ああ、待ってやめて。せめて最終回まで観させて」

「結局観るんすか」

「カイ・ヴァールが動いているところは最後まで見ておきたい……、それにいちおうカイのグッズも出るかもだし、円盤1巻の書き下ろし小説がカイ・ヴァールと予告されてるし……」

「はいはい」

「カイ・ヴァール、最高のヒロイン男子、カイ・ヴァールをよろしくお願いします! あとアニメには多分出ないけど、四巻から登場する主人公の兄のランズ・ディンカーもいいぞ!」

「この人は……」


――――――どうでしたか。今回の架空ラノベのお話は。

 メディアミックスの舵取りはいつでも難しいものですね。

 媒体が変わる以上、まったく新しい表現になるのは避けられませんからね。

 それをどう調理するのかが腕の見せ所となるわけですが。原作のどの側面を推していくのかを決めると、どうしても取りこぼしが出てしまうんですよね。

 それで出来が悪いならともかく、なまじ出来が良いと読者と視聴者の中で色が別れてしまいますからね。

 それでなくても別媒体になると全く新しい層が入ってくることになるわけですし。

 そういう様々な事情を考えると、深いファンになるほど、単純にアニメ化で喜ぶのも難しいという可能性もあるわけですね。

 

 それでは、またお会いできる日を。

 

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架空ラノベ喫茶 ラ・ノーブル シャル青井 @aotetsu

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