第6話 人に理解されない生き方について

 法的な手続きの関係で実家に寄ったのは9月の連休のときだった。僕は神奈川で働いており、実家は東京にあるので、いつでも帰ることはできるけれども、僕はあまり実家に帰ろうとは思わず、前帰ったのはもう9か月前だ。

 丁度、弟夫婦も帰ってきており、一歳の彼らの娘も一緒だった。

「お前もそろそろ結婚しろ。」

 何かの拍子に親父と僕だけがリビングに残ったとき、親父は言った。いつものことだ。

「機会があればね。」

「家庭すらもてないような奴は、一人前とは思われないぞ。」

「そうかもね。」

「弟を見習え。」

 うちの親父は、常に「こうあるべき」をよく言う人だ。僕が社会に働きだして気が付いたのは、「こうあるべき」というのは、その人が生きてきた狭い世界においてはそれがそうであったというだけのことで、広い世界には普遍的な「あるべき」なんてことは存在しないということだった。様々な人々の間にたって仕事をしている立場上、僕は様々な立場の人たちが、彼らの都合に基づいて掲げるに彼らなりのあるべき姿にいつも振り回されていた。例えば営業部門と工場部門のあるべき姿は全然違うし、タイの会社と日本の会社でも違う。そこには無数の「かくあるべし」が存在して、それは彼が生きる世界においては有効だけれどもほかの世界では全く通用しないことがよくある。ある職場で有能だった人が、別の職場に異動した途端、全く彼の能力が通じなくなるなんていうことは珍しくない。ゲームが違えば勝つための戦略も異なる。当たり前ことだ。

 結局のところ人は声高に彼らの主張を叫ぶのは想像力の足りない人か、詐欺師だ。ストリートファイター2しかやったことない人が、ストリートファイター3をプレイしている人にアドバイスをしているようなものだ。

「わかったよ。」

 いつものことなので僕は適当に彼の言葉に受け答えする。

「本当に、聞いているのか。」

 反論しても無駄だし、適当に流しても馬鹿にされたとでも思うらしく余計しつこくなる。僕はこういう事態をうまく収める術がなく、そそくさとその場をさり自室に逃げ込むことにした。

 大学生の頃から全く変わららない自室の風景は、なんとなく僕を不思議な気持ちにさせる。別に僕は好きで独身男性をやっているわけではない。結局のところ僕はまだ、自分がどのような世界に所属し、どのように生きたいかを決めあぐねているだけなのだろう。

 人並みにもてたいと思ったこともあるし、結婚も考えたことがある。強いて言うのならほかの人よりそういう欲が薄かったのは事実だと思う。美容室に行き、格好いい髪型にすることに何千円も払ったり、季節ごとに流行りの服装を追って何万円もかけるよりは、テレビゲームを何本も買いたいと思っている。ゲームをする時間がなくなるなら、デートに行く必要もないと思っている。そういう周囲と違う生き方にあまりいい気持ちをしない人がいることもわかっている。けれども今のところ僕の生き方が誰かに致命的な迷惑をかけているわけではないの、このままでもいいかとも思っている。もしかしたらいつかは気が変わるかもしれないが、きっとそのときは手遅れになっているだろう。

 僕は高校生の頃に小遣いを貯めて買った小さなテレビを引っ張り出し、そこにドリームキャストをつないだ。ドリームキャストはゲーム業界の三国志時代において、セガがその社運をかけて放った傑作ゲーム機だった。他社に負けない高いハード性能、そして今でこそ当たり前だが、当時は珍しかったオンラインの通信機能をそなえ、多くのコアゲーマー達が夢中になった次世代ゲーム機だった。しかしその魅力は結局のところ、コアなゲーマーにしか響かず、多くのライトユーザーの心をつかむことはできなかった。敗因はいろいろ分析されているが、一ゲーマーとして言うのなら、セガはあまりにもゲーマー目線でものを考えすぎていたのだ。ゲーマーが求めるものと、ゲーマーではなくたまの余興程度にゲームを嗜む人々とは求めるものは違っており、商業的成功を収めるには後者に売れることが必須だった。失敗はしたけれども僕はドリームキャストと言うゲーム機が好きだ。その尖った在り方はあまりにもかっこよい。しかし多くの場合、普通と異なるスタイルは淘汰されやがて消えていく。いつか僕のような生き方が認められる時代は来るかもしれないが、それまで僕が生きているかどうかはわからなかった。

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ゲーマーズライフ ヨータ @yo_n

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