第5話 マイナーアクションゲーと相互不理解について

「何のゲームをやっているの?」

 唐突に背後から声がかかり、僕はうろたえてしまった。ゲーム内の自分が操作していたキャラもミスで死んでしまう。

「ギャルパニ。」

 コンテニュー画面を尻目に僕は声の主を振り返った。この間のクレーンゲームの女だった。

「どういうゲーム?」

「女の子の服を脱がせるゲームさ。」

 僕はゲームを邪魔された苛立ちからぶっきらぼうに答え、用意していた硬貨を再び筐体に流し込んだ。コンテニューのカウントダウンを止め、ゲームを再開する。

「は?」

 どこか非難めいた口ぶりで彼女は言った。

「こいつが俺のキャラ、こいつが敵、こいつの妨害を避けながら画面を動き回って少しづつ画面を塗りつぶしていくんだ。そうするとこのシルエットになって隠れている絵が少しずつ見えるようになる。80%以上絵が見えるか、敵をやっつけたら勝ち。そうするとこの画面の女の子が服を脱ぐ。」

 僕の手は奇妙なほど滑らかに動き、ゲームを進行し、手際よくクリアをする。アニメーションの脱衣シーンが画面に展開される。

「なにこれ、気持ち悪い。服を脱ぐって要素は必要?」

「男は女の子の裸が好きだ。」

「でもこれ絵じゃない。」

「絵だよ。だから何。」

「何が楽しいわけ」

「ゲームが楽しいんだよ。」

「わざわざ女の子が脱がす必要ないじゃない。」

「女の子が脱いだら男はうれしいんだよ。」

「絵じゃない。」

「絵でもいいだろう。」

「気持ち悪い。」

 彼女は本当におぞましいものを見るように僕を睨んだ。どうどう巡りだった。けれどもこの場合は明らかに彼女が悪い。例えば僕が駅のホームで卑猥なゲームを始めたらそれは問題だけれども、ここはそういう卑猥なゲームが置かれた卑猥なゲームをやってもいい空間だった。部外者は明らかに彼女だった。まるで違う宗教の人間が、別の宗教の本部に乗り込んでその宗教を批判するようなものだった。袋叩きにされてもおかしくない。

 僕はとりあえず彼女を無視してゲームを進める。どういうわけか彼女は僕の横の椅子に座って僕がプレイしている様子を見ていた。なんとなく集中できなくて、僕はわざと敵にやられてゲームをやめた。

「何か用かな。」

 ここのところ週に何回か、僕は仕事関係の打ち合わせで新宿に来ている。そのついでに学生時代によく通っていたこのゲームセンターに再び顔を出すようになった。彼女、つまり例のクレーンゲームで知り合った女(僕は彼女の名前を知らない)も、何度か見かけることがある。相変わらずクレーンゲームをやっていて、たまにほかのゲームもやるけれど、だいたいそれほどうまくもなく、すぐに飽きてしまうようだった。僕はたばこを吸わないけれど、ときおり彼女のタバコに付き合わされて雑談したりもする。相変わらず客は少なく、その客の少なさが彼女には都合が良いようだった。

「用がなくても話したっていいじゃない。人は社交性の生き物よ。」

「俺はゲームをしに来ているんだ。」

「相談なんだけど、最近UFOキャッチャーばっかりやっているから、景品が一杯なわけよ。ちょっと邪魔になってきたなって。」

 彼女は僕の言葉まるで聞いていないようだった。

「捨てればいい。」

「そういうのってなんか抵抗のあるのよね。」

「じゃあ、売ればいい。」

 ゲームを邪魔され、あげく訳の分からない問答を突き付けられ、僕は若干不機嫌になっていた。

「どこで買い取ってくれるの?」

「このへんだったら中野か秋葉原にそういう店が多い。でも高く買い取ってくれてもせいぜい一個二百円とかだぜ。捨てちまったほうが早い。」

「捨てるのは嫌なの。私、落合だから、中野だったら近いわ。じゃあ、今度連れてってよ。」

「店教えるから、一人で行けよ。」

「勝手がわからないじゃない。」

 この女はなかなか折れない種類の人間のようだった。どんな理不尽な要求であっても自分の要求が通るまで絶対にゆずらない人間というのは存在する。

「わかったよ。」

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