第2話
「………………まーじで夢だったか……」
目覚まし時計が鳴る三秒前、絶望と共に目が覚める。
心のどこかでは、痛覚がイカれた現実なのでは? と期待していた。しまくっていた。が、そんなことはなく、夢の中のアリアたんが言い切ったようにちゃんと夢だった。
そりゃそうだよね。通学路だったけど他に歩いてる人ゼロだったし。
「……そうか、二度寝すれば……!」
愛ゆえに反社会的な天才的発想に至るものの、それは即座に却下することができた。
「ダメだ。こっちの世界のアリアにも会いたい……!」
なんという強欲。ええ、ええ、わかってますよ。私はがめついアイ・ラブ・アリア・ベリーマッチ女です。でもねぇ、ほら、甘いものとしょっぱいものって交互に食べたくなるでしょう!? あーんな甘々なアリアたんを魅せられたら! 次はしょっからい塩対応のアリアを見たいと思うのは! 当然のことでしょうが!
意識は完全に覚醒へ振り切り、着替えて顔を洗い朝食を詰め込み家の前でアリアを待つ。
「……ふぅ」
大丈夫だ、身だしなみは問題なし。小テストの予習も完璧だし、体調も万全だから体育の授業でヘマをすることもないだろう。
アリアの隣に立つ幼馴染として、容姿に関しては限度があれど努力で良くなるものは全て良くしていかなくては……!
「おはよう、明希」
っ、来た……!
「おはよう。今日はちょっと寒いね」
「そうね」
「英語の小テスト大丈夫?」
「うん」
「体育、今日からテニスだよ。自信の程は?」
「ん」
塩――――――――っ!
お塩だ……そう、でもこのしょっからさがアリア本来の旨味……! たまらん……!
「昨日――」
「えっ、うん、どうした? 昨日? 昨日どうかしたの?」
は? なんだこのイベント? どうした? アリアさん?
小中学生時代はもちろん、入学してから一年が経ったこの高校生活でさえも、登校中私に話しかけてくれたことなんて一回もなかったよね? わっ、大丈夫かな、今の私の返し合ってたかな?
「――なんでもない」
「……そっか……」
絶対間違ってた……。失敗した……絶対もっと良い返し合った……アリアの会話意欲を削いでしまった……つら。あまりにも、つら。帰りに会話術の本買お。
つらい気持ちを、隣を歩くアリアの香りで浄化させながら十五分程歩けば、我々が通う女子校に到着。
人が増えれば増えるほど、
「おはようございます、明希様」
「おはよう。今日も素敵ね」
「いえ……そんなっ!」
「明希様、おはようございます。今日はまた一段とお美しくて」
「あら、今日は少し冷えるから肌が綺麗に見えるのかしら。貴女はいつも美しくて羨ましいわ」
「あ、明希様……そんなご謙遜を……!」
わかるよ、うんうん、皆の気持ちが手に取るようにわかる。本当はアリアに話しかけたいんだよね。でも塩対応されちゃうのちょっと怖いんだよね、だから近くにいる私に話しかけるフリをしてアリアの匂いを堪能して溜飲を下げてるんだよね。
わかるよ。私も幼馴染じゃなければ、こうして隣を歩いていなければ、きっと同じことをしている。
「あの、明希様っ!」
アリアを求める大群の相手をしつつなんとか下駄箱までたどり着いたところで、一人の可憐な少女が見るからに精一杯の勇気を振り絞って私に声を掛けた。
首に下げられているリボンの色が赤いところを見ると、どうやら後輩らしい。
「なにかしら?」
「えっと、あの……」
「ふふ、そう緊張しないで? ゆっくり、一度深呼吸をしてみましょうか」
「は、はい。…………ありがとうございます。あの、明希様、これを」
言われた通り大きく深呼吸をした後輩ちゃんは、深く深く腰を折っておずおずと一枚の手紙を差し出す。すると周囲は『あの子なんてことを……』やら『勇者ね……』やら『命が惜しくないのかしら……』など、どれも語尾に三点リーダーが付くような悲壮感溢れる感想を口々にこぼした。
「えと、ありがとう。頂戴するわね」
この感じ……たぶん、ラブレターだろう。もちろん宛先はアリアだろうけど。私から渡して欲しいということに間違いないだろうが、ここまで勇気を出したんだ、すぐ近くにいるアリアへと直接渡したらよかったのに。
「失礼しました!」
後輩ちゃんは一瞬、睨むようにアリアと視線をぶつけると、早足でこの場から去ってしまった。大丈夫、安心しなさい。この手紙は私が責任を持ってアリアに渡し、その内容に目を通したかきちんと確認するわ。
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