第3話
「アリア、ちょっと機嫌悪い?」
「別に」
午前の授業を終えお昼休み。多目的ラウンジにあるいつもの席で食事を進めながらアリアへ問うと、彼女はやはり不機嫌そうにそう言った。
アリアが「別に」と返すのは別にいつも通りだけど、イントネーションが明らかに不機嫌なときの「別に」だ。
むぅ、原因がわからん。
なんだろう、二時限目のテニスで私が勝っちゃったから? (私の)お弁当に入ってたアリアの好物の卵焼きを全部食べちゃったから?
朝話しかけてくれたのが嬉しすぎて、というか夢でのやり取りが尾を引いて構ってちゃんが過ぎちゃったかなぁ……。
理由もわからないまま謝ってもしょうがないしなぁ。不機嫌なままだと、あの後輩ちゃんから預かった手紙を渡すことも憚られてしまう……。
いや待てよ、小中学校の頃はしょっちゅうもらっていたラブレターだけど、そういえば高校に入ってからはめっきりご無沙汰だった。
今、自分へ向けられる好意が可視化された物体を手渡されれば、その機嫌もすっかり直ってしまうのでは? うん、きっとそうだ。
「ほらアリア、久しぶりのラブレターだね。そんなにむっつりしてたらあげないよ?」
「っ。…………はぁ」
えっ、なにそのリアクション。何その露骨に嫌悪丸出しの顔。かわい。ジト目かわい。
「明希、前から言いたかったんだけど……」
「うんっ! なにっ?」
すごい! アリアが十文字以上喋ってる! 珍し! これも夢? いや流石に違かった! こっそり太ももつねったらすんごく痛かった!
「貴女、鈍感の意味を辞書で引いた方がいいわ」
「ん、すぐ引くね」
鈍感。感じ方がにぶいこと。気がきかないこと、また、そのさま。
スマホの辞書アプリで確認。……ふむ、じゃあ私鈍感じゃないね。アリアの機微めっちゃわかるし。
「これがどうかした?」
「……なんでもないわ」
えー。なんだったんだろう、暗号? 今機嫌悪い理由が実はこの文中に隠れている? 私の頭はアリア程良く出来てないから勘弁して欲しいなぁ。
「手紙、
「へ? 私?」
私に? なぜ? えっもしかしてアレきちゃった? 『私のアリア先輩に気安く近づかないでください』的なファンメール。
「開けて見なさい」
「う、うん」
アリアがこう言うのだから何かしらの根拠があるのだろう。どちら宛てでも対応できるし、言われたとおりに封を切った。
『本日の放課後、校舎裏にてお待ちしています』
書かれていたのはそれだけ。おうふ。可愛い文字に簡潔な文章でグッとくるけどさぁ、これ今日中に開けてなかったらどうしてたのさぁ。先輩としてちょっと心配になっちゃうなぁ。
「どっちとも書いてないね」
「なら受け取った貴女が行きなさい」
「アリアがそう言うなら……わかったよ」
後輩ちゃんにこれ以上恨まれなければいいけど……。
×
「お呼び立てしてすみません、明希様」
「ううん、それは全然いいんだけど……私で大丈夫だった?」
「もちろんです!」
ふむ、アリアの見立ては正解というわけか。
「明希様、その……私……えと……」
朝もそうだったが、彼女はどうも言葉が詰まってしまいやすいらしい。真っ赤な顔もたどたどしい口元も、アリアと出会う前の私を彷彿とさせてなんだか微笑ましく思う。
「ふふ、貴女緊張しいなのね。大丈夫よ、時間はたっぷりあるから。ゆっくり、呼吸を整えて、自分のペースで話すといいわ」
「ありがとうございます。明希様はやっぱり……私の女神様です……」
「えっ?」
聞き間違いじゃなければ……女神? 私? アリアが、じゃなくて?
「あっ! その、違くて、変な意味じゃなくて……私……私、
すごいタイミングで自己紹介してきた!
「うん、よろしくね弥生ちゃん」
「あ……明希様が私の……名前を……!」
膝から崩れ落ちんばかりの勢いで感激してみせた弥生ちゃん。一挙手一投足がなんというか、……アグレッシブだ。ともかく彼女の話を聞いてみよう。憶測は意味がない気がする。
「…………」
「っ……」
「…………」
「~~~~!」
めっっっちゃ見つめられてる……。私を見ては赤面したり、悶えたり……なんか既視感があるなと思ったら、これ私。アリアの隣にいるときの私だ。全然過去の私じゃなかった。今現在も思い当たる節があり過ぎる。
そういう意味では私と彼女は、似た者同士といったところか。
「……」
「はわわわわ……」
まぁ……そういうことだというのはわかったけど、このまま観賞用の女子高生として生きていくつもりもない。かといって自分のペースで話してと言ってしまった手前、私から切り出すのも憚れるし……。
「んっ……」
「明希、様」
私が春風により身震いをした様子を見て、弥生ちゃんは自分のスカートをきつく握り、ようやく言葉を紡いだ。
「なあに?」
「……私、明希様のことが好きです。ずっと、初めてお会いしたその瞬間から、ずっとお慕いしておりました」
長時間のクールタイムは無駄ではなかったらしく、その言葉は一切視線を泳がせず、私の心を捉えて凛と放たれた。
「私と、お付き合いをしていただけませんでしょうか?」
さて、どうするか。
いろいろと聞きたいことはある。なぜアリアではなく私なのか。初めて会ったその日になにが起きて私に恋をしてしまったのか。どうして今日このタイミングなのか。
しかしそのどれも、私は口にするべきではない。
彼女はこれから、失恋をするのだから。余計な問答をして、期待をさせてしまうのは流儀に反する。
「ごめんなさい。私にも好きな人がいるの」
にしたって。こんな真剣に思いを伝えてくれたというのに……私だってアリアを責められない程酷い塩対応だ。
告白をしてくれたということは、彼女の中に少しでも勝算があったのだろう。私との甘い未来を夢見ていくれたのだろう。
それを砕くことは、想像以上の痛みを伴った。
「っ……アリア、先輩、ですか?」
挙げられた名前に一瞬、心臓が跳ねる。あれだけ一緒にいるんだ、ある程度察されていてもおかしくはないか。
「そうよ。でもあの子には「言いません。そんなこと……教えてあげません」
瞳に大粒の涙を浮かべる弥生ちゃんは、それでも笑顔を浮かべて――
「お時間を取ってくださりありがとうございました! でも諦めません! 私は明希様が大好きです。きっと、アリア先輩よりも!」
――深々とお辞儀をして言うと、溌剌とした笑顔を私へ向けて屋上から去って行く弥生ちゃん。
「……はぁ」
これで良かったんだろうか。もっといい断り方があったんじゃないだろうか。私はこんな風に、アリアに振られたらどう感じるんだろうか。……死ぬな、たぶん。
暗澹とした気分を抱えたまま教室に戻ると、既にアリアはいない。下駄箱を見るとうわばきが入っているため既に帰路へ着いたのだろう。
少しだけお話したかった気持ちが一割、こんな表情を見せなくて良かったという気持ちが九割。
そんな気持ちを抱えたまま帰宅し、食事をとり、入浴し、就寝するころには……心拍数と共に気分も上向いていた。
会える――。
あの甘々なアリアたんに。
私の性格だ、おそらく明日からは弥生ちゃんの心情について考える日々になるだろう。だからこそ寝ているときくらい、夢の中でくらい、愛しのアリアに思う存分甘えさせてもらおうじゃないか。
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