この百合は夢でだけ甘い
燈外町 猶
第1話
おかしい。何かが変だ。
「どうしたの? 明希」
違う、何もかもが変だ。
「いや……」
いつも歩いている通学路。隣には愛しのアリア。
出会ってから十年。小学校の入学式で出会い花の女子高生になった今でも好きじゃない日なんて一日だってなかった。
「変なの。キスしてあげようか?」
「えと、ダメ。死んじゃう」
挑発的な提案に頭が沸騰してしまいそうだった。
そもそも私が「どうしたの?」と聞かれるに至った挙動不審も、彼女が原因だ。
私の気持ちなんて一ミリも届いておらず、ちょっとボディタッチを増やしてみたり、意を決してデートに誘ってみたりしてもどこ吹く風……ポーカーフェイスは決して崩れず、私が望むようなリアクションなんて一度だってもらえたことはなかったのに、なぜだ。なぜ今日はこんな……こんな、超絶デレデレで可愛い感じなんだ?
いや普段のクールで気怠げな感じだって五体投地で感謝の意をお伝えつかまする程可愛いよ? だけどほら、ギャップっていうの? ダメなんだけど。心臓がもたないんだけど。
「明希」
「な、なんでしょう」
思わず敬語になってしまった。そりゃ敬語にもなる。敬意を表さずにはいられない。だってそんな上目遣いで、意地悪な笑顔で名前を呼ばれてしまったら、次にどんな鬼畜命令が口にされたとて「はい」と答えてしまうに違いない。
「手、繋ごっか」
「えっ…………でも、私、その……」
手? お手手? ハンズ? を繋ぐ? アリアのお手々を私が繋ぐ? ダメでしょ。犯罪でしょ。こんな天使みたいな子のお手手私みたいな俗物が握っちゃったら極刑でし――。
「はいっ、離しちゃダメだよ?」
――こ、恋人……つなぎ……。なんで? いや柔らか、あったか。神の齎せし奇跡やんこんなの。ちょ、ちょっと、待って。私死ぬの? いやまさかこれ夢? ちょっとほっぺつねって見よ。あっ全然痛くない、これ夢だ。
「なんだぁー夢かぁー」
「そうだよ、夢だから、何してもいいんだよ」
「やったぁぁあああ!!」
夢とわかってしまえばこっちののものだ。だって暖かくて柔らかいんだよ? 痛くないだけなんだよ? イロんなことするしかないじゃん!
「わっ、もう明希ったらぁ」
夢だってんなら抱きついちゃうもんねぇ!
「そんなにしなくたって逃げないよぅ」
あーーーーーーーーーーーーーー! いい匂いしゅるぅ~! 髪ふわふわ! 可愛い可愛い控えめなお胸様! 私の幼馴染まじ神! 剥製にして部屋に飾りたい!
「飾ってもいいよ? 夢だもん」
「いいの!? ってダメダメ! こうやっておしゃべりしたいよぉ。あーもうアリアたん可愛すぎ! 大好き!」
「うふふ、ありがとう明希。私も大好きだよ」
天使!! 天使の微笑み!!
「ねーぇ? アリアたん?」
「なぁに?」
ふ、ふひ。夢だもん、夢だから、普段なら絶対に出来ないことだっておねだりしちゃうもんね……!
「わ、私……アリアたんと……、その、チュー、したいなぁって」
いいんだよね? 夢だから! 何してもいいって言ってたもんね! こちとら言質とってますからね!
「いいよ。でも……」
でも……? でもってなに? なんかの条件付き? なーんでもどんとこい! アリアとチューできるんだったらどんな条件でも試練でも五百億%で乗り越えられる!
「普通のチューで……いいの?」
普通じゃないチューとは?? そんな、だって、普通のチューと言ったらあれでしょ、唇と唇と重ね合わせるあれでしょ、それを普通とするなら、じゃあ一体、チューを普通じゃなくしたらどうなっちゃうの超チューになるの? だってもうそれはだってもうえっちじゃん!
「いいの! 普通のチューで! 普通のチューでもいっぱいいっぱいだから!」
「そっか、ふーん。……残念だなぁ」
なーーーんだこの蠱惑魔アリアたんは! たまらん! いやでも私のキャパシティでは普通のチューが限界だ。それ以上をしてしまえば、意識が飛んで夢から覚めてしまう可能性がある。そんなつまらん話があるか! 私はこの夢に永住するぞーッ! アリアーッ!
「じゃあはい、どうぞ」
「ごふぅっ!」
あ、……アリアたんの……キス顔……!! 頬をやや上気させ空を仰ぎ瞳を閉じて……あぁ、なんて無防備な。これだから美少女は! っどうする? どうすればいいっ? 私キスなんかしたことないからよくわからんのだけど!?
というか唇と唇を合わせるって意外と難易度高くない? 私も目閉じた方がいいの? でもそうすると
「あっ時間だ」
「へっ?」
パッと表情をいつものそれに戻したアリアは、私から手を離して言う。
「ごめんね明希、もう時間だから」
「なんで? 離しちゃダメだよって言ってくれたのアリアたんじゃん!」
「言ったよ? もし明希から離してたらこの夢はもう終わってた」
「あっぶなぁー!」
アリアはゆっくりと歩き始めて私との距離を作っていく。追いかけてもう一度抱き締めたいのに、なぜか私の足は凍りついたかのように動いてくれない。
「ま、待って、今完璧なイメトレを済ませたところなの! もう躊躇しないから!」
「だーめ。また明日、ね」
「……明日?」
えっ、うそ、この夢みたいな時間、これで終わりじゃないの……? みたいな、っていうか夢なんだけど……。
「そう、明日。明日はちゃんと、私のお願いをちゃーんと聞いてね?」
「わかった! 絶対聞くから! 普通じゃないキスする! 覚悟しててね!」
「うん。楽しみにしてるね、それじゃあ……おはよう、明希」
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