領主ゲーム

くすだま琴

公爵令嬢と第一王子の決闘


 学園内で行われたパーティの最中。

 大勢の生徒たちが注目する中、手袋が投げつけられた。


「お前との婚約を破棄する!」


 第一王子が声高に言い放った。

 それに対し、公爵令嬢はかすかに眉をひそめた。


「何を言ってるのかしら」


「とぼける気か! 俺が愛する者に対しての嫌がらせの数々、許しがたい! 罪を償え!」


「私、酷いことをされたんです!」


 ピンク髪の男爵令嬢が、すらりとした長身に抱きついている。

 断罪されている公爵令嬢が首を振ると、黄金の髪が揺れた。


わたくしは何もしていないわ」


 おかしなこと言わないで――。そう続けようとして、言葉を飲んだ。

 今までに何度も何もしていないと言ってきた。その度に責める言葉が投げつけられた。


 特に王子を好きだというわけではなかったが、従兄いとこだし小さい頃から側にいた。だから将来助けてあげてもいいと思っていた。そのための勉強もがんばってきた。


(結果、これだと言うの?)


 うつむいた瞳に、投げつけられた白い手袋が映る。

 これを拾えば『決闘』を受けたことになる。


(――本来なら、裁決に納得がいかなかった者が、名誉の回復のために決闘を申し込むのよ。こんな場で侮辱された私の方が、手袋を投げるべきだったわ)


 細い指が手袋を拾い上げた。

 息をのむ音、声にならない悲鳴が辺りを包みこむ。


「――『領主ゲーム』受けて立つわ」


「【勇猛の銀狐】の名において、開け! 決闘の誓約証書!」


 王子は自らの魔名まなを告げ、魔法陣を展開した。

 空中に現れた金色の羊皮紙が開く。

 この先語られる言葉は証書へ刻まれ、魔法により必ず実行される。


「明後日の午後に学園の魔法闘技場だ。代闘士だいとうしを選ぶ時間をやろう」


「そんなのいらないわ」


「どこまでも生意気だな、【孤高の薔薇】。だが、負けたら婚約破棄の上で国外追放だ。覚悟しろ」


 この言葉に公爵令嬢の顔色も変わった。


「国外、追放……?」


「もう誓約されたぞ。決闘による命のやりとりは禁止されている。このくらいが妥当だろう」


 男爵令嬢も人差し指を向ける。


「そうです! あの人を追い出さないと安心できません!」


「【幻惑げんわく美姫びき】までそんなこと言うのね……」


「これは俺たち二人の意思だ。勝利を得て王太子となり、愛する者と結ばれよう! だからさっさと承諾しろ!」


「……いいわ」


 唇を噛む令嬢の前に、王子の取り巻きが立ちはだかった。


「令嬢に嫌がらせをするなど【孤高の薔薇】も地に落ちたものだな」


 見下した目でそう言い、手袋を奪い突き飛ばした。

 王子はとなりに立つ少女の肩を抱き満足気に笑った。


「邪魔者は消えるがいい! 他の者は続けて楽しんでくれ」


 微妙な空気の中を、楽師の奏でる音楽が流れていく。

 立ち上がった公爵令嬢は優雅に一礼して、シャンデリアが白々しく輝く会場を後にした。





 王立学園統治科の卒業試験でも行われる『領主ゲーム』。

 決闘の種目として唯一公認された、国ではなじみ深いゲームだ。

 内容はいたってシンプル。魔法で全く同じに作られた領地の問題をより早く解決した者が勝ちとなる。


 満員盛況の魔法闘技場。

 空にかかる大きなスクリーンには、ルーム1の第一王子とルーム2の公爵令嬢が映し出されている。

 ここからは二人の姿が見られるが、ルームにいる王子と令嬢は互いの映像は見えず音声も聞こえない。


 開始の鐘が大きく鳴り響き、原理の声と呼ばれる魔法の音声が告げた。


『領主ゲーム、開始します』


 空に大きく映し出された運命の金貨がキラリとひるがえりり、1表2裏と示した。


『先行、ルーム1【勇猛の銀狐】。後攻、ルーム2【孤高の薔薇】』


 二人の部屋のテーブルに使い魔ねずみが現れ、羊皮紙を広げる。


 問題:

 あなたの領を通る商人たちから、山賊が襲ってくるので困っているという苦情が届いています。解決してください。


『思考時間開始。砂時計が返されます』





 ■第一王子のターン■


 山賊対応の手際を見る問題か。

 難しくはないが、地味で泥臭い。どこでどう討伐するかは地図を見て判断するしかないだろう。

 考えることに時間をかけるとその分相手にも時間を与えてしまうからな。

 俺は間を置かずに言った。


「コマンド命令。山賊出現場所の入った領の地図を用意しろ」


『コマンドセット。選択者交代』




 ●公爵令嬢のターン●


 頭にくるわ。殿下も、私を突き飛ばした【蒼き槍】も許さないわよ。

 倒れた時に捻った足はふとした時にまだ痛み、怒りと悔しさがぶり返す。

 眉をしかめると、目の前のテーブルに立つ使い魔ねずみが心配そうに見上げていた。


 ――あら、燕尾服を着ているのね。可愛いわ。


 二本の足で立つひょろりとした細い姿は、きちんと正装している。まるで小さな執事のようだった。

 ああ、そうね。今は領主だったわ。しっかりしないと。


「よろしくお願いね」


「チュッ」


「コマンド命令。お茶をいただける?」


 まずはお茶。とりあえずお茶をいただこう。


『コマンドセット。選択者交代』




 ■第一王子のターン■


『前ターンの結果、山賊出現場所が記入された地図を得ました』


 使い魔が差し出した地図を見ると、出現場所は領境の街道沿いが多く、山賊らしく山ぎわに集中していた。

 なんだ、多発しているこの二か所を押さえれば解決するな。


「コマンド補佐指名、騎士科第三学年【あおき槍】」


 補佐指名は補佐を呼ぶことができるコマンドだ。

 行動判定は能力値によるため適材適所な補佐を使うことが大事になる。

【蒼き槍】は戦略能力は低いが、戦闘力は学園一だった。


『このコマンドは一回しか使えません。指名拒否の場合もやり直しできません。よろしいですか?』


「構わん。あれが俺の指名を断るわけがない」


『コマンドセット。選択者交代』




 ●公爵令嬢のターン●


『前ターンの結果、茶を得ました』


 怒りも痛みもおさまらないが、そろそろ集中しよう。

 使い魔が空中から取り出したお茶を受け取る。


「ありがとう」


 色と香りを楽しんでから口を付けた。


 ――あまり美味しくないわね……。ああ、でも、お菓子が美味しければいいじゃない?


「コマンド命令、お菓子をくださる?」


『コマンドセット。選択者交代』




 ■第一王子のターン■


『前ターンの結果、補佐指名に成功。補佐一名をプレイヤールームに転送します。』


 満足する俺の前に【蒼き槍】の大きな体が現れた。


「お呼びいただきありがとうございます。我が領主」


「ああ。さっそくお前の能力を使わせてもらおう」


 討伐をするなら全力で一つずつ潰すべきだ。

 街道の中でも山ぎわの、道幅が細いところで待ち伏せするか。

 俺がおとりとなり【蒼き槍】と領地の自衛団が両脇から叩く。

 魔力に自信がある俺と、戦闘力が高い【蒼き槍】、そして自衛団の戦力が足されれば討伐判定も成功するだろう。


「コマンド行動! 【勇猛の銀狐】は【蒼き槍】と自衛団を連れ、街道東の山道で待ち伏せし、山賊どもを討伐する!」


『コマンドセット。選択者交代』




 ●公爵令嬢のターン●


『前ターンの結果、菓子を得ました』


 使い魔がテーブルに置いたのは小ぶりな、でも美しい断面をした焼き菓子だった。

 バターケーキね。わりとどの地方でも作られているお菓子だわ。これは木の実とドライフルーツが入っているみたい。

 芳醇な香りが鼻をくすぐる。

 フォークで、ほろりと崩れるケーキを丁寧に小さく切り分けた。

 そして一片を指でつまみ、使い魔へ差し出した。


「さぁ、どうぞ」


 燕尾服の使い魔ねずみは、困ったように見上げている。


「食べていいのよ?」


「チュッ」


 小さい手で受け取り、一口かじったかと思うとすごい勢いで食べ始めた。

 私も一片を口の中へ入れる。


 ――バターと卵は少なく、麦はいまひとつの出来。木の実は胡桃くるみで、これはいいわ。干し葡萄も美味しい。芳醇な香りの正体はこれね。


 まだ一生懸命食べている使い魔を見て笑みがこぼれた。


「よかったわ。あなた痩せすぎだもの。食べる物が少なかったのね」


 そう話しかけた時。

 突然、原理の声が部屋に響いた。


『祝福【賢者のティータイム】を得ました。特典としてコマンド補佐指名時に二名指名できます』


 ――――!


 これが領主ゲームにおいて、特別な条件が揃うと起こると言われている、祝福なのね?

 なんて幸運。ちょうどどちらを指名しようか迷っていたところだったのよ!


「では、コマンド補佐指名。農業科第二学年【豊穣の大地】、魔法科第三学年【黄金の舌】」


『このコマンドは一回しか使えません。指名拒否の場合もやり直しできません。よろしいですか?』


「構わないわ」


『コマンドセット。選択者交代』




 ■第一王子のターン■


『前ターンの結果、【勇猛の銀狐】魅力判定に失敗。自衛団を招集できませんでした。【勇猛の銀狐】【蒼き槍】、山賊八十人との戦闘判定に失敗。重傷を負いました。三ターンの間コマンド選択できません』


 はぁ?! 招集失敗?! 山賊八十人?! そんなもの二人で討伐できるわけない!!

 どういうことだ?!


 部屋の壁は、突然薄暗い山道を映し――――いや、山道に瞬間移動したかのようなリアルな景色、風、音――――……。

 大勢の人影が手に武器を持ち、俺たちに近づいてくる。


「お、おい、やめろ……俺は王子だぞ……来るな……」


 【蒼き槍】を盾にして逃げようとしたが、ヤツはもう床に座り込んでいた。

 

「あ、あ……」


 幻影だ。これは幻影だ――!


「おい! なんとかしろ、役立たず!! く、来るな……来るなって言ってるんだ!! あぁぁぁああっ――――――――……!!」


『先攻パス。選択者交代』




 ●公爵令嬢のターン●


『前ターンの結果、補佐指名に成功。二名をプレイヤールームに転送します。なお、先攻のコマンド選択不可により、三ターン分のコマンドを選択できます』


 殿下は一体何をしてるの。

 呆れていると、日に焼け引き締まった体の少年と、ふっくらとした栗毛の少女が現れた。


「二人とも、受けてくれてうれしいわ」


「呼んでいただき光栄だべ」


「嬉しいですわ。領主様。でも、私でお役に立てますか……?」


「心配いらないわよ、【黄金の舌】。二人の才能が必要なの。あなたたちに恥をかかせたりしないわ」


 学園内の才能は把握している。今回はこの二人が最良だった。


「そう言っていただけるなら……私でよければ、精いっぱいがんばりますわ」


「自分もがんばるだよ、領主様」


「【豊穣の大地】もありがとう」


 目を輝かせる二人を座らせて、残しておいたバターケーキを勧めた。


「意見を聞かせて?」


「――麦が土地に適してないんだべな。寒い山地だべか」


「山賊というくらいだから山はあるわよね。茶葉もいまひとつなの」


「茶もだめならやっぱり寒いんだべなぁ。葡萄はいいで、日当たりと排水はいい。したら蕎麦そばが合うべな」


「そば……?」


「茶色のガレットになる穀物ですわ」


「ああ! あれはパリパリとしていて好きよ」


「蕎麦は麦より人気ないべがな、栄養はたっぷりあるさ」


 実直そうな少年の言葉に頷く。さすがだわ、栽培だけでなく栄養の知識も持っているのね。

 その横でじっくりと味わうように食べていた少女が、幸せそうに笑った。


「干し葡萄は素晴らしいですわね……ちょっとしか入ってないのが残念……」


「んだな。生食でもワインにしてもいい白ぶどうの品種だな」


「ええ、本当によい香りだったわ」


「このケーキ全体をまとめ格調高くしている香り……干し葡萄を漬けていたブランデーですわね」


「これはブランデーの香りなのね?」


「はい。食べてよし飲んでよし。葡萄って素晴らしいです!」


「えっ、ブランデーって葡萄のお酒なの? ワインではなくて?」


「ワインを蒸留したものなのですわ。アルコール分が高く男の人に人気ですが、香り付けにお菓子にも使われますの」


 お父様が飲んでいるブランデーが、ワインを加工したものだったなんて!

 ふんわりと笑う少女が持つ知識に舌を巻く。

 私の知らないことは、世界にはまだまだたくさんあるのね!

 足りなかった知識を与えて助けてくれた二人に感謝する。


 ――――これで必要な欠片かけらはこの手の中に揃った。


 立ち上がった私は、考えをまとめるために部屋をゆっくりと歩き始めた。


「――答えは最初から問題に書いてあったのよ。山賊の苦情を出したのは『領を通る商人』、つまり他領の者だと。なぜ自領の民からの苦情がないのか。普通であれば、その土地の者こそ被害を多く受けるはず。けれども訴えはなかった。それは領民が襲われなかったからだわ。そして領民たちはかばっている」


 それはなぜなのか。


「使い魔を見れば、ねずみがやせ細るほど食べ物が少ないことがわかるわ。領主が食べるケーキすら小さかった。質が悪く収穫量の少ない麦のせいね。だから他領の裕福な商人が襲われたの。襲った者たちは山賊などではないわ。貧困に苦しむ領民なのよ」


 そう言い切って、私は人差し指を頬にあてた。


「コマンド行動、【豊穣の大地】を指導者とし、荒地の開拓と蕎麦の生産増加を進めるわ。領主の私財はすべて放出して初期投資を確保。必要な人手に、収入のない領民を雇うわ」


『コマンドセット。選択者交代』


『先攻パス。選択者交代』


『前ターンの結果、【豊穣の大地】農業知識の判定に成功。領地は蕎麦の一大産地となりました。職を得た領民が増え、山賊は六割減りました』


 部屋の壁全面に、豊かな蕎麦畑が映った。

畑を渡る風に白い花が揺れる。


「コマンド行動、増えた税収を使って、【黄金の舌】を責任者とし蒸留所を大きくするわ。建築・整備・生産に携わる領民も雇うわよ」


『コマンドセット。選択者交代』


『先攻パス。選択者交代』


『前ターンの結果、【黄金の舌】食の知識判定、食の情熱判定ともに成功。最高級のブランデーができ、王室御用達の国を代表する酒処さけどころとなりました。領は豊かになり、山賊は十割減りました。山賊は消滅しました』


 壁には笑顔の人々が映し出され、私たちに手を振っている。


 やったわ!

 領を救えたわよ!!


 終了を知らせる鐘が部屋に鳴り響く。

 そして真っ白い光が私の視界を奪い――――。


『領主ゲーム終了。勝者、プレイヤー2【孤高の薔薇】』





 その瞬間に、三人は大勢の観客が見下ろす魔法闘技場に立っていた。

 勝者を告げる原理の声に、大歓声が上がっている。

 公爵令嬢は補佐の二人と固く握手を交わした。


『代償を清算します。敗者となった【勇猛の銀狐】と連帯者【幻惑の美姫】の婚約破棄と国外追放が実行されます』


 魔法によって空高く吊り上げられた人影から「なんで私も?!」という甲高い声が聞こえたような気がして、公爵令嬢は呆れたように眉を下げた。


(――だから誓約の時に『あなたまでそんなこと言うのね』と確認したのに)


 あの時、自分はこの決闘に関係ないと言えば、彼女は免れることができたのだ。

 それに対し二人の意思だと得意気に答えた愚か者たち。

 行く先ははたしてどこか。二人は別々の方向に飛ばされ、空に小さくなりながら消えていった。


『代償を清算します。勝者【孤高の薔薇】へ、王太子になり愛する者と婚姻する権利が与えられました』


 目をまん丸にした公爵令嬢は、王子の言葉を思い出した。

 ――そういえば、勝って王太子となり愛する者と結ばれよう。とか言ってたわね……。

 なんで自分が王太子などにならないといけないのか。意味がわからない。


「王太子にはならないわ。私の名誉が回復したのであれば、それで結構よ」


 堂々と宣言し、けれども、もじもじしながら付け加えた。


「あの……でも婚姻は……その、婚約破棄された私でよければ、どなたかお願いできるかしら……?」


 いつもは凛とした令嬢の恥ずかしそうな可愛らしい姿に、大歓声が起こる。

 きっとその中にいるであろう未来の夫への魅力判定も、成功間違いなしなのだった。





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