パンダ訪問販売員
kumapom
・・・
よく晴れた、ある春の日の午後のこと。
主婦である私は洗濯が終わり、部屋でテレビのワイドショーを見て、お茶とお菓子を頂いていたところだった。
突然、玄関のピンポンが鳴った。
「はい」
ドアを開けてみると、そこにはパンダがいた。
とりあえずドアを閉めた。ここは日本の地方都市であって中国の山奥では無い。私の知識ではパンダというのは日本、特に都市部には生息していない。それがなぜこんなところに?と言うかパンダと言うのは呼び鈴を押すものなのか?
とか考えていると、またピンポンが鳴った。とりあえず私はドアの覗き穴から様子を伺った。そこにはやはりパンダがいた。しかも二本足で立っていて、ネクタイをしているように見える。私は幻覚でも見ているのだろうか?
「あの〜」
ぼーっとした締まりのない声が聞こえた。
「何でしょう?」
ごく自然に受け答えする私。
「笹は……笹はご入用ではありませんか?」
私は少し考えた。笹……笹の用途……七夕?いやいや。
「いえ、いりませんけれど」
「そうですか……」
そう言うと、ドアの外でドスドスと歩く音が遠ざかって行った。
今のはいったい何だったのだろう。
私はそーっとドアを開けて様子を伺った。パンダは振り返り、私と目が合った。そして意気揚々と、またこちらにやってきた。
「笹にご興味がおありで?」
「い、いえ。特に無いですけれど」
「でも笹、良いですよ? おひとつ如何です?」
「良い?」
「ええ、良いですとも。色々な使い道があります。聞いたところによると、日本でも笹で寿司や餅なんかをくるむらしいじゃないですか」
ああ、そういえばそういう風習が日本にはあったかもしれない。が、私には無い。
「それに食べれますし!」
そう言ってパンダは手に持っていた笹をムシャムシャと食べた。
いや、それは君がパンダだからと言いそうになったが、嬉しそうに食べるパンダを見て言えなくなった。
「いえ、あの……間に合ってますので……結構です!」
「そうですか……」
パンダは残念そうに、またトボトボと歩き始めた。
「あの! どうして笹を売ってらっしゃるので?」
「何故って……そりゃ僕がパンダのセールスマンだからですよ」
いや、そのパンダのセールスマンが、有り得ないのだが……。
「パンダは普通、二本足で歩かないし、セールスマンもやっていませんよ?」
あっ!つい言ってしまった!
しばらくパンダは黙っていたが、こう話し始めた。
「まず給料がね……いいんですよ。歩合制なんですけど」
いや、そういう話なのか?
「僕……本当はパンダじゃなくて、しがない人間のサラリーマンなんですけれど」
「え? そうなんですか?」
「そうなんです。社長の方針で、訪問販売は今度からパンダの格好で回ると言うことになったので、この格好なんです」
「はあ……では、それは着ぐるみなのですか?」
私がそう聞くと、パンダは自分のお腹の皮をビヨーンと引っ張って見せた。
「いえ、この通り本物です」
「……よく分からないのですが、上司の命令だからといってパンダにはなれないでしょう?」
「上司が魔法使いなんですよ」
なるほど。いや、なるほどじゃない!
「すいません!設定がファンタジーと言うか、今風と言うか、納得したような、全然してないような!」
「うーん、まぁそうですよね。普通は信じられませんよね。でもそうなんです」
「笹、誰も買わないでしょう?」
「……そうなんですよ。こんなに魅力的なのになぁ……おかしいなぁ……」
パンダは笹をうっとりと眺めている。いや、君は何かの術にかかっている。
「会社やめた方がいいんじゃないですか?」
「でも、ほら、笹が魅力的で。これを世間に広めたい。僕は今、そういう使命感にかられているんです!」
うん、君は社長の術中にはまっているよ、確実に。そうは思ったが、多分言うと面倒なことになるので言わないことにした。本人は魅力的な仕事と思っているのだ。
「まぁモチベーションってのは大事ですよね」
「ええ、僕もそう思います!ありがとうございます、理解してくれて……ところで、あの、一つ聞いていいですか?」
「はい? 何でしょう?」
「お客さんはどうしてカピバラの姿なんです?」
そんなの、良いからに決まっている。
パンダ訪問販売員 kumapom @kumapom
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