ウェディング。

 私の意識が戻ったのは3日後だった。

 

 海外進出を計った父の企業は、経営が上手くいかなくなり合併するしか存続の余地は無く、私があの男と結婚するしか道は無いのだと、父は私に説き伏せた。


 彼女の療養に日本を選んだのもその為だったとその時聴いた。全部聴き終わった彼女はコクリと頷いた。


 「もう、日本には居たくない。」


 父は彼女の意思を尊重し、母国へと帰国した。彼女は悲しみの中、久々の我が家へと脚を踏み入れた。


「………ッ!?」


 家の中は様変わりしていた。


 天井は蒼く、家には花が飾られ、窓の外には桜の木が植えられている。全て私の好きなモノ。


「婚約者の弟から毎週手紙が届いていたの。」


 母は嬉しそうにその手紙を差し出した。中身は全て英語。彼は最初から英語を理解していた。


 内容はとても些細な事から、彼女が感動したモノ、美味しいと言った物。更には変な大阪弁を教えてしまった事の謝罪まで記されていた。


「なによ、これ……ッ。」


 彼が両親へ宛てた手紙は全て優しさに包まれていた。それと大きな愛が、紛れもなくそこにあった。そして最後の手紙に彼女に向けた一行が。


『生きる事を、諦めないで。』

 

 すぐさま彼を探した。けれど彼は一族から勘当され行方知れずに。あの高校も彼女が倒れた次の日に辞め、彼は姿を消した。





 純白のウェディングドレスに何も思わない。

 私は今日、彼の兄と結婚する。


「似合ってるよ。結婚さえ出来れば後は何してもいい。僕は寛容だからね。」


 男は真顔で淡々と吐く。男は経営者としては満点に近いが、人間としては底辺にいる男だ。なんでも金で解決出来ると心から信じている。


「ああけど、子供は産んで貰う。」


 結局、私は何にも出来なかった。

 彼に謝る事も、死ぬ事も。


「じゃあ、後で。式ではちゃんと笑ってくれよ?」


 気を張っていなければ涙が溢れてしまう。

 時計が進むたびに恐怖と悲しみで胸が押し潰されそうになる。気持ちが悪い。


「時間となりました。会場へどうぞ。」


 牢獄から公開処刑台へ連行される気分。手と脚に見えない枷がついている。ここで逃げれば両親が悲しむ。多くの人が職を失う。私1人の感情さえ押し殺せば、全てが上手く回るんだ。


 ガタンッ。


 ドアが開き、演奏が始まる。私はゆっくりと、けれど正確に男の元に歩みを進める。


 一歩、また一歩……。


 震える身体、周りの歓声、表情がバレないように下を向いて。


 一歩、また一歩……。


 私は男の横で脚を止める。

 会場が静まり返った。


 ガタンッ!!!


 その音は突然に。彼女の後ろから放たれた。

 会場の全員が後ろを向く。


「その男で本当にええんか!!」


 それは聞き覚えのある、懐かしい大阪弁。


「お前は、本当にそれでええんか!!」


 赤い毛並みの狼はひと回り大きく成長していた。黒いスーツに身を包む彼は声を張り上げる。


「また無視かい。感じ悪いのぅ。」


 涙した彼女は走り出す。その小さな羽をバタつかせて必死で、満面の笑みで走り出す。



 想いが通じる5分前。

 それは、人生の分岐点なのかも知れない。




 


 

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小鳥と狼は、春に逢う。 穂村ミシイ @homuramishii

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