私たちがカフェに通う理由

湖城マコト

親友の花音は藍くんに夢中だ

あいくんってば、いつ見てもかっこいいな」


 親友の花音かのんの熱視線は、今日も一人の店員さんに注がれている。


 店員の浦木うらき藍くんは隣町の高校に通う二年生。

 週に三回、放課後にこのカフェでアルバイトをしている。このお店は藍くんの親戚が経営しているそうで、丁寧な接客と爽やかな笑顔で藍くんは看板少年として評判だ。


「見惚れてないで注文を決めようよ」

「そうだね」


 高校からの帰り道に、花音と二人でこのカフェを訪れるのはすっかり定番となっていた。


 席は窓際の奥から二番目で私が入り口側、花音が奥側に座っている。花音が奥側なのはもちろん、その方が藍くんの姿がよく見えるからだ。


 そこまで込み合う時間帯ではないので、席は毎回ほぼ固定となっている。今の時間帯もお客さんは私たち二人と、一番奥の席に常連の男性客が一人いるだけだ。


 一カ月前、高校からの帰り道に、お茶でもしようとたまたま花音と二人でこのカフェに立ち寄った。その際に注文を取りに来た藍くんに花音は一目惚れをした。


 ルックスや温和な雰囲気はもちろんのこと、同年代の男の子がお店の制服で働く姿に大人びた魅力も感じたようだ。


 それからというもの、花音は藍くん目当てで度々カフェを訪れるようになり、一人じゃ心細いという花音のお願いを受けて私も毎回同行している。


 学生の懐にも優しい値段のメニューが多いので無理なく通えるし、何よりも落ち着いたレトロな雰囲気がたまらない。仮に藍くんとの出会いがなかったとしても、私たちがこのお店の常連になることは必然だったと思う。


「いらっしゃい。花音ちゃん、彩希あやきちゃん」


 笑顔の藍くんが注文を取りに来た。

 お店に通いはじめて一カ月。私たちはすっかり常連だし、同年代として共通の話題も多い。


 接客業をしているだけあって藍くんは話し上手だし、私たちもおしゃべりは大好き。お互いにかなり打ち解けてきたと思う。


 隣町の高校に通っていることや、ここが親戚の経営しているお店だということも藍くん自身から教えてもらった。


「花音ちゃん髪切ったんだね。すごく似合ってるよ」

「ありがとう。自分でも気に入っているんだ」


 花音が髪を五センチほどカットしたことに藍くんはすぐに気づいた。変化に気づいてもらえて花音も心の底から嬉しそうだ。


 友人目線から見て二人は十分に脈ありだと思う。


 藍くんは花音をよく見ているし、花音と話している時は肩肘張らずに素の自分で楽しんでいるように見える。


 極め付けは花音が席を外している時に、藍くんが緊張した様子で私に尋ねてきた「花音ちゃんに恋人はいるの?」という質問だ。私が素直に「いないよ」と教えてあげると、藍くんは思わず短くガッツポーズをしていた。


 関係を進展させるのは当事者であるべきだから、「花音が好きなのは藍くんだよ」とまでは伝えていない。


 花音はまだ勇気を持てないでいるみたいだけど、状況はすでに整っていると思う。どちらかが勇気を出して一歩踏み出しさえすれば、二人の関係は進展すると私は確信している。


「ご注文を承りました。ゆっくりしていってね」


 注文を取り終え、藍くんはキッチンの方へと戻っていく。姿が見えなくなるまで花音はその姿を目線で追い続けていた。


「ごめんね彩希。毎回つき合わせちゃって」

「気にしないで、私もここに通うのは楽しいもの。紅茶やケーキも凄く美味しいし」

「ありがとう。彩希は優しいね」

「だけど、そろそろ藍くんとの関係は進展させないとね。勇気を出して連絡先を聞いてみるとかさ」


 真顔で少しだけ発破をかけてみる。

 背中を押してあげないと花音の足踏みはきっと長くなってしまう。直接の介入はしないけど、親友としてこれぐらいのお節介は許されるよね。


「うん、頑張るよ」

「応援してるよ、親友」


 激励を込めて、水の入ったグラスで乾杯した。昨日見たドラマのワンシーンの真似だ。登場人物の女性コンビは私たちよりもずっと年上で、グラスの中身はお酒だったけどね。


 ※※※


「お母さんからだ。少し外すね」


 着信を受けた花音が一言断って席を立った。


 花音が席を外したことで、それまで死角だった一番奥の席に座る男性と目が合い、お互いに表情が綻ぶ。毎回この瞬間がとても幸せだ。


「こんにちは、彩希さん」

「こんにちは、ハルくん」


 彼の名前はみなみ春翔はると。愛称はハルくん。

 藍くんや私たちとは別の高校に通う二年生だ。家が近所だそうで、私たちと同じ時間帯によくこのカフェでお茶をしている。


 初めて見かけたのは、花音が藍くんに一目惚れしたのと同じ日。

 私は奥の席で読書にふけっていたハルくんに心を奪われた。好きな仕草というのかな。私は男性が読書をしている姿に強く惹かれる。


 花音の手前、必死に平静を装っていたけど、心の中ではドキドキが止まらなかった。


 花音と一緒にカフェに通っているのは、花音の恋を応援するという本来の目的はもちろんのこと、実は私がハルくんに会いたいからでもある。

 

 私だって年頃の女子高生だ。親友の恋を応援するだけでなく自分の恋愛事情だって大事にしたい。


 二回目にカフェを訪れた時には自然とハルくんと目が合い、お互いの存在を意識するようになった。


 それを機に、花音が席を外している間などに世間話を交わすようになり、密かな交流が生まれた。読書という共通の趣味もあり、打ち解け合うまでにそれほど時間はかからなかった。


 ハルくんは笑顔が可愛くて、聡明で、ユーモアのセンスもあって。

 話せば話すほど私は彼に惹かれていった。


 先週ついに連絡先を交換した。カフェ以外でもやり取りを交わすようになり、私たちの距離はよりいっそう縮まっている。


 今日もハルくんがカフェに来ていることを、本人からの連絡で事前に知っていた。カフェでハルくんと顔を合わせるのは毎度のことのはずなのに、待ち合わせをしているようでいつもよりも胸がドキドキした。


 ちなみに、藍くんは私とハルくんが親しくしていることを知っていて、「お互いに頑張ろうね」などと声をかけられたこともある。

 ハルくんは私たちがこのお店を利用する以前からの常連さん。同年代ということもあり、二人はプライベートでも親しくしているそうだ。

 

「彩希ちゃん。今度の日曜日、予定空いてるかな?」

「大丈夫だよ」

「もし良かったら、二人で映画でも見に行かない?」

「もしかしてデートのお誘い?」

「うん。君とデートがしたい」

「絶対に行く」


 断る理由なんてない。私は力強く頷いた。

 一見すると物静かな文学青年のように見えるけど、積極的に話題を振ってくれたり、こうして自分からデートに誘ってくれたり、しっかりとリードしてくれるところもハルくんの魅力だ。


「詳しい予定は後で連絡するね」

「うん、待ってる」


 などと言っているうちに、電話を終えた花音が戻って来るのが見えた。


「そろそろ花音が戻ってきそう」

「早くお友達にも僕のことを紹介してほしいんだけどな。そうすれば堂々と会話に混ざれるし」

「花音の恋がもう少し進展したらね。今の段階で打ち明けるのはちょっと躊躇ためらう」


 本当は私だってハルくんのことを花音に打ち明けたいけれど、恋に足踏みしている花音の手前、私の方は順調ですとは言いづらい。

 相手が違うのだし、何もやましいことはないけれど、出会った時期と場所が同じというのも気まずさの一因だ。


「だったら、その時は意外とすぐかもね」

「そう?」

「藍は男らしいからね。出会ってもう一カ月、花音さんに好意を寄せているのなら、きっと彼の方から積極的に動くんじゃないかな。僕たちの関係も良い起爆剤になっていそうだし」


 「僕たちの関係」という甘い響きに私が頬を赤らめていると、席に戻る前の花音に藍くんがそっと耳打ちし、何かを手渡しているのが見えた。


「ね、ねえ。彩希」


 戻ってきた花音は目に見えて浮かれている。

 緊張感から解放されたように深く息を吐いた藍くんの姿と合わせ、二人の間に何が起きたのか容易に想像がつく。


「良いことがあったみたいね」

「藍くんが、もしよかったら今度一緒に遊びに行かないかって。連絡先も貰っちゃった」

「やったじゃん」


 ハルくんの読みは凄い。まさかその日のうちに状況が動くとは思わなかった。

 さり気なくハルくんの方を見ると、「言ったとおりでしょう」と言わんばかりに誇らしげに微笑んでいた。

 

 ――流石はハルくんだ。


 凄いねとアイコンタクト。

 彼の言うように、花音にハルくんを紹介する機会は直ぐに訪れそうだ。藍くんとハルくんは元々友人同士だし、いつかはダブルデートもしてみたい。


「嬉しそうだね、彩希」


 にやにやが止まらない私に花音が言った。


「親友の恋が無事に実りそうだから」


 ごめんね花音、ちょっとだけ嘘をついた。

 花音と藍くんの関係が進展したことは本当に嬉しい。でもそれは嬉しさの理由の半分。もう半分はハルくんとのデートの約束をしたこと。


 実はね、私たちこれが初デートなんだ。


 今日はまだハルくんのことは打ち明けない。今日の主役は花音であるべきだから。


 その代わり、次回は私に良い報告をさせて。報告するのは親友の花音が一番最初と決めていたから。


 花音と藍くんの心が通じ、私はハルくんとの初デートが決まった。

 いつも美味しいお店自慢の紅茶が、今日はよりいっそう美味しく感じられた。




 了

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