第11話 王都への途中
共用馬車とはいえ、距離が長ければ数日の移動となる。そのため、街道の途中に配置されているのが、共用キャンプ場だ。
遅くても夕方。御者の予定では昼過ぎに到着するくらいがちょうど良く、利用者にも好まれる。簡単に木作で囲われた広場で、街道の大きさによって広さはまちまち。この街道は馬車三つぶんが入れる広さであり、今日はぼくたちだけだ。
食事は各自、乗り込む前に説明を受けているので持ってきている。寝る場所に関しても、冒険者は護衛料金を受け取っているので、外で見張りを交代しつつやるようだ。年齢の低いぼくと、ばあさんだけは馬車の中を使い、御者は専用の小屋がある。
とりあえず食事もあるし、たき火のそばに馬車の中の木箱を用意して、ばあさんを座らせた。羽織るものは持っているようなので、冷えることはないだろう。
御者は馬の手入れ――さて、ぼくはというと、小太刀を腰に
「運動かい」
「まあな。多少なりとも日ごろからやってはいるが、ここから先、ちょっと必要性が出てきた。調整くらいしとかないとな」
「物騒な話だねえ」
「言うほど対人経験がないんだよ、やっておいて損はねえ」
「だったら、そっちのお兄さんもどうかねえ」
「――あ?」
「ん……俺か?」
「あー」
相手にはならんだろ……と、思うけど。
「食事前の運動なら、そのくらいでいいのかもな。なんなら、そっちの姉さんも一緒にどうだ?」
「……私?」
「そう、シードなしの戦闘な。ごつい無口の兄さんは、後方支援型だろ。飯の準備もあるし、全員でかかってこいと言えるほど、ぼくも偉そうな立場にねえし」
「私も、ねえ……」
「やっておきなさいな、お姉さん」
「どうして?」
「そのお兄さんが半年、回避の訓練を重ねたら、もう追いつけなくなるよ」
「――本当に? それだけで?」
「ふふふ、それはお嬢さんが証明してくれるから、やってみなさい」
「いいけど……シードなしでしょう?」
「武装はしていいぞ。兄さんは剣で、姉さんは籠手を使っての格闘だろ? ぼくとしても、二人が相手なら良い運動になりそうだ」
「遠慮しなくていいよ、どうせ当たらないからねえ」
「ばあさん、ぼくのハードルを上げるな」
笑ってんじゃねえよ……。
キャンプ場の隅へ移動する。まだ陽が沈んでいないので明るいので、それほど気にしなくていいが、一時間くらいが限度だろう。
「寸止めでいいか?」
「振りぬいても構わないが、とりあえず寸止めでやってくれ」
「遠慮はしないわよ?」
「どーぞ」
たぶん、初手で脅すつもりだったのだろう。
一撃を見せれば、ぼくが弱気になるとでも思ったのか――年齢を考えれば、そういう一手は通用しそうだし、悪くはないだろう。
地面を強く蹴って、一気に踏み込まれる。兄さんが剣を構えたタイミングだったので、それなりに配慮はあるだろう。これを不意打ちだとぼくは思わない。
右足の強い踏み込み、強く引き込んだ左の拳。そのまま振りかぶるような姿勢から放たれた一撃――当たれば、致命傷だろう。寸止めでも風圧を強く感じるはずだ。
当たれば。
感じるはず、である。
踏み込みがあった時点で姉さんの外側に回っていたぼくは、踏み込みの足を引っかけて、彼女の躰が開いてしまうよう移動させつつ、姿勢を崩した瞬間に背後から左肩、肩甲骨のあたりを軽く押してやれば、溜めていた力がそのまま放たれる。
つまり、不完全でかつ、不安定な姿勢のまま、強い力を振り回せば、どう考えても転ぶ。
転んで、ごろりと前転で姿勢を戻そうとしたので、片足を掴んでそれを止めさせた。
「――駄目だよ、お兄さん」
「え、へ、……は? えっと」
「お兄さん、自分と相手との直線上に、仲間がいるようじゃ駄目だよ。理由はわかるね?」
「お、――おう」
仲間が障害物になれば、手出しが難しいからな。
「もちろん、ぼくはそれを狙ってやるわけだ」
足から手を離し、立ち上がるのに手を貸してやった。
「……え? なんで避けれたの?」
「タメが長すぎ。踏み込みの強さは評価してるけど、今から殴るぞって口で言うよりも遅いし、わかりやすい」
「それとねお姉さん、攻撃が当たらなかった時のことをまるっきり考えてないのが駄目よ。姿勢を戻すことが重要だからねえ」
「え、ええ……」
「ほれ、続けようぜ。とりあえず、こっちは手を出さないから」
二人を相手にして、五分ほどでばあさんが手を叩いた。
「はい、そこまで。一度休憩なさい」
「ん、おう」
一撃も喰らってないし、ぼくとしてはまだ準備運動――の、前段階だが、相手はそうでもない。
火のそばに戻って、少し考えたが腰を下ろした。ばあさんと話すなら、立ったままより良いと思ったからだ。息を荒げた二人もやってくる。
「どうだい、お嬢さん」
「対人戦闘に慣れてないって結論は出た。シードありきっていうよりも、圧倒的な経験不足。シードを使うと頭が固くなるって論文、どっかで見かけたことないか? ありそうだ」
「そうねえ……」
「はあ……ん、たとえば、どこが慣れてないの?」
「姉さんが見せた最初の一撃だよ」
「あっさり転がされたあれ?」
「仮にだ、ちょっと想像してみろ。相手がシードを出している、姉さんは出してない。距離はそこそこだが、シードを使う相手も見えてる」
「……私がシードを出す前の状態ね」
「あー、試合とか訓練とかで、そういう光景はあるか。じゃあ、ここで問題だ。繰り返すが仮にだ、シードによる相手の初撃を、姉さんが回避できたとする」
「回避、ね」
「そうすりゃ一撃で終わる。だいたい七割がたの相手に通用するだろうな」
「――え? いや、それはないでしょう」
「ふふふ、やっぱりそこなのねえ……」
そう、ここなんだよ。
「最初に見せた踏み込み速度と、威力。避けた瞬間に踏み込めば――相手に届く」
「うん……?」
「だからな? シードを完全に無視して、使ってる本人に届くってことだよ」
「――っ」
「本人をやれってのか?」
「お兄さん、いいかい、――戦闘は遊びじゃあないんだよ」
怖い、怖いねえ、ばあさん。
「……何を笑っているんだい?」
「ああ悪い。ククッ……怖いばあさんだねえ、まったく」
「おや、嫌いかい?」
「まさか、現場上がりの嗅覚は信用できる。こいつはぼくも言われたことだけどな、できないことと、やらないことは、まったくの別物だ」
できるからやらない、それは許される。
できない、それは許されない。
「対人戦闘はあまりないんだろうが、何ができるかは、訓練中に意識しておいた方がいいぜ。そうしないと、できないことも見失う。――その上で、シードってのは、自分ができることは、全部できるもんだ。できないことも、やらせることはできるが、甘くなる」
「……そう、ね」
「けど、そいつは積極的に、本人を狙えってことか?」
「状況によるけど、方法の一つだと思っておけばいい。ぼくはやるけどな」
「やるのかよ……」
「殴っても絶対に壊れない壁が目の前にあった時、その壁を作る相手を倒すのは当たり前の思考だろ? やるってことは、できるってことだ。試さなけりゃ、そいつはずっと、できないままだ」
「……それはいいとしても、なんでこんなに疲れるの?」
「当たると思っている攻撃が当たらないからだよ、お姉さん。当たらなかった時の行動まで考えなくちゃいけない。それはね、お姉さん、どうしたら攻撃が当たるのかを考えるのと同じことだよ」
「それはフェイントを含めて、戦術を構築しろってことか?」
「フェイント、ね」
「お兄さん、フェイントだと見抜かれた攻撃は、フェイントになるのかい?」
「そりゃ……」
「だったら、当てる攻撃をそのまま、次の行動を考えた方が良いねえ。今の私でも、お嬢さんを相手にしたなら、十一手は必要だ」
「ばあさん、現役ならどうだ?」
「さあて、あまり変わらない気がするけどねえ」
笑ってんじゃねえよ。
で、どう見る。
『七手……以内です』
そうだよな。確定はできないが、一桁は間違いねえだろ。
「十一手? どういうことよ」
「わかりやすく言えば、十一回目の攻撃はぼくに当たるって意味だ。ちなみに、いわゆるフェイントってやつは、重心移動や骨の動きでやるもんだよ」
「骨の動きって……なんだ?」
「そのまま。肩や膝なんかの関節もそうだが、肩甲骨や骨盤の動きも含まれるな。重心移動との組み合わせで、どんな攻撃をするのか予測できる。もちろん、その動きは無視できない。無視した瞬間、それが現実になる。特にばあさんみたいな、熟練者相手だとな」
「若い頃の、だよ、お嬢さん」
「――見えてから動くんじゃ避けられないって、そういうこと!?」
ようやく気付いたか。
「じゃ、そろそろ再開するか。今度はぼくが攻撃側に回るから、避けてみろ。半年くらい真面目にやりゃわかるけどな、戦闘ってのは知恵熱が出るくらい、頭の回転が必要になるぜ」
やれやれ……ま、ぼくはあとでやればいいか。
ばあさんが楽しそうなら、こいつらに付き合うのも、そう悪くはない。
※
陽も落ちた頃には食事も終えて、彼女は馬車の中で寝床を前に、木箱に腰を下ろしていた。この寝床も、チヒロが用意したものだ。
「今年は楽ができそうですか、先生」
「ええそうねえ」
いつもなら馬がいる方から顔を見せた御者が、そんな言葉と共にお茶を差し出した。
「今夜はゆっくり眠れそうだよ」
「それは珍しい。俺がいても、先生は魔物の気配ですぐ目が覚めますからね」
「あんたが鈍感なだけさ」
「はは、相変わらず手厳しい。でも、そんな俺でもあの少女は敵にしないってくらいのことはわかってますよ」
「わかるかい?」
「そりゃそうでしょう。年齢で人は見ないようにしてますが、幼いのは事実です。それはそのまま、ここから先があるってことです。それなのに、よくよく戦闘を知っている」
「――過分な評価ですね」
逆側の入り口に、フードを
「ああ、お帰りですか」
「誰だい?」
御者とは対照的に、老婆は少しだけ緊張感を見せた。それを人は、警戒と呼ぶ。
「ご老人はお気づきですか。詳しくは避けますが、わたしはあの子と同じですよ。顔も違いますから、こうして普段は隠していますが――同じ躰に二人いると、訓練の時間が倍になるのは、苦労しますね」
「人格があるのかい?」
「それなら大戦の中でも見かけることがありましたか? 残念ながら、わたしとあの子は別人です。そうですね……
少女は馬車の中に入ることはない。
「先端同士を合わせて、ねじる。こうすることで繋がりますね? しかし、合わせてねじるという行為からか、あの子はわたしの名前を認識できません。彼女はそれを知っているし、口にしているのもわかるのに、黒色で塗りつぶされたよう、聞くことも見ることもできないのです」
「……その論法だと、もう片方もねじって、一つにするんだろう?」
「ええそうです、ご老人。戦闘に関してはわたしの方が得意――というか、できることが多いので、今までやっていました。交代しても良かったんですが……夜間の警戒は、わたしがやるので」
「そうかい」
「それと、御者さんに関しては乗り込む前から気付いていましたよ。お二人の関係はともかく、護衛は必要ないだろう、と」
「そうか?」
「馬に、荷物として小盾を持たせていたでしょう」
「――あれだけで、判断しましたか。参りますね」
「シードがあるせいで重要性が低い、との結論を出しましたが、対人戦闘において小盾の受け流しと空間制圧は、これ以上なく厄介です。個人的には、盾だけの戦闘技術をもっと追求するべきですね」
「盾だけの戦闘ねえ、どう見るんだい?」
「文字通りの空間制圧と、攻撃の受け流しです。前へ踏み込む盾なら、後の先で充分に通用します。こちらも攻撃に困りますからね」
「……どう対応する?」
「わたしなら受け流しを前提に、対応します。きっとあの子よりも、力任せで強引にやるんでしょうね……」
「なるほどねえ」
「――どうして、俺たちの前に顔を見せたんだ?」
「あら、夜間警戒をするのに、御者さんの役割を訊いておくため、では理由が薄いでしょうか」
くすりと、少女は笑う。口元しか出ていないが、笑ったのは確かで。
「わたしは教会を憎んでいます――が、礼拝はします。
「――奉納を?」
「ええ。所作もそうですが、どうやら意識の仕方もあいまいで」
「……そうねえ、詳しくは聞かない方が良いのかねえ」
「言える範囲で話しますよ」
「そうかい。とはいえ、大したことはしてないんだよ。そうだね、木箱の上に奉納したいものを置くとわかりやすい。そうしたら両手を叩いて、目を閉じて、そのまま頭を下げる。気持ちとしては、どうぞお納めください――だけれど、見返りは求めちゃいけないよ」
「むしろ、感謝を返したいのですが」
「そうだね、日ごろの感謝を伝えるような感じでいいね。変な言い方かもしれないけれど、街の巡回をしている警備兵に、いつもご苦労様と伝えるのと、同じような意識でいいんだよ」
「なるほど、やはり祈りとは少し違いますね。ありがとうございます、試してみます」
軽い足取りで少女は馬車を離れ、雑木林の中へ戻ってしまった。
「……なんです、あれ」
「さてね。彼女の事情に踏み込めるほど若くはないさ。もう寝るよ、警戒はしておきな」
「わかりました」
というか。
「こんな状況でよく寝れますね」
「寝ないと明日にならないよ」
言いたいことはわかるけど。
毎年のことだが、このご老人を乗せる時は、眠れそうにないなと御者は苦笑した。
ぼくたちは心に一つの種を抱く 雨天紅雨 @utenkoh_601
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