第4話 キミ

「ここにしようか……」

 キミがそう言ったそこは、草原が広がる森の崖近くだった。

 森の中はセミが鳴いて煩くて、坂を登ってきたものだから疲れ果てて視界が揺れ出していた。

 遠くからはパトカーのサイレンが聞こえる。

 僕らを追って来たのだろう。

 キミは人を殺して、僕は金を盗んだ。

 無断で線路の上を歩いたし、鬼のように怒って追ってくる警察からも逃げた。

 犯罪と呼ばれることは沢山したけれど、キミと一緒にいられて僕はとても楽しかった。

 僕はもう、悔いなどなかった。

「ここにするの? 本当に?」

「うん。ここが良い」

「そっか、なら早く……」

 僕がリュックから取り出したナイフをふとキミは取った。

「君が今までそばにいたからここまで来れたんだ。だから、もういいよ。もう良いよ、死ぬのは私一人でいいよ」

「えっ……?」

 そしてキミは首を切った。

 まるで何かの映画のワンシーンだ。

 白昼夢を見ている気がした。

 首を切ったキミは倒れてもずっと笑っていた。

 そんなことを思っていると、追って来ていた警察がやって来て、気づけば僕は捕まっていた。

 その時僕は放心していて、ハッと我に帰ると僕はキミを探した。

 しかしキミはどこにも見つからなかった。

 キミだけが、どこにもいなかった。




 その後、警察にいろいろと聞かれたり、怒られたり、家に帰って父さんや母さんに殴られたり、抱きしめられたりしたけれど、別になんとも思わなくて、全然『シアワセ』だなんて思えなくて。

 僕は何も喋らなくて、警察も家族も学校の先生も何も言わなくなった。

 心にポッカリと穴が開いたように、僕の世界から何かが消えた。

 そして時は過ぎていった。

 ただ暑い暑い日が過ぎてった。

 学校に行っても、家に行っても、あの崖近くに行ってもキミはいない。

 家族もクラスの奴らも変わらずそこいるのに、何故かキミだけはどこにもいない。

 毎日キミと過ごしたあの夏の日を思い出す。

 死んでもなお笑っていたキミの笑顔を思い出す。

 逃避行の時一緒に歌ったように、僕は今も今でも歌ってる。

 キミをずっと探しているんだ。

 キミに言いたいことがあるんだ。




 夏が終わって九月になって、九月の終わりにくしゃみして、季節は巡ってまた六月の匂いを繰り返す。

 逃避行をしていた時のキミの笑顔は、キミの無邪気さは、今でも僕の頭の中を飽和している。

 キミはきっとあの時、キミが濡れて震えていたあの雨の日、



 誰も何も悪くないよ

 キミは何も悪くはないから

 もういいよ

 投げ出してしまおう



 そう言って欲しかったのだろう?

「なあ?」

 線路の上、笑って振り替えるキミを思い出し、僕は空を見上げてキミに問いかけてみた。

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キミが消えた日 朏 天音 @tukitune

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