ホラープランナー〝マユズミレイコ〟

アリエッティ

第1話 お初にお目に掛かります。

 『心霊』

 古くから人々をおののかせ、震えさせてきた見せざる概念。

霊界からの使者と呼ばれる者が織りなす物語は多くの者を怖がらせてきた。しかしそれも時代によって移り変わり徐々に形を変えていく..。


〝家屋跡地〟

日本の某所で点在する古い家屋では都市伝説に近い噂があった。

以前住んでいた住人が誤って入った盗人に殺められ、恨みを持って死んでいった。誰もいない筈の廃れた家屋からは、夜な夜なうめき声が聞こえると、いつしかそこは心霊スポットと呼ばれる夏の名所となっていた。


「ほら、着いたぜ家屋跡地。

ちゃんとカメラ回してるか?」


「回してるよん♪」

軽快な態度で三人の若者が建物の前で撮影頻度の調整をしている。

「ていうかさ、なんでこの跡地なの?

ちゃんと家あんじゃん」


「知らねー。

入ってみればわかんじゃん?」

「それじゃあ突入しちゃいましょ♪」

軽い気持ちで家に入っていく若者達、

それが悲劇の始まりだった。


【客人が来た、歓迎しないとねぇ..!】

と、なっていたのも以前の話。

今となっては霊の住む家など力無き。


「何も起きなかったな。」


「つまんないのー、見掛け倒し?」


「カメラにも何も写ってないな」

若者は呆れ項垂れ帰っていった。只の跡地訪問だ、楽しい筈もない。

「もう帰ろうぜ、なんか冷めた」

【何故だ..】

「だね、がっかりだわ。」

【何故だ?】

「もう一回飲み直そ♪」


【何故だっ!】

「それは、アナタが彼らにベストな恐怖を与えていないからです。」

【誰だ!!】

家屋の中に佇む人影、長髪の長身。

光る眼光に活き活きとした覇気は無く蛇のような面持ちが伺える。

「どうも、お初にお目にかかります。

私ホラープランナーの黛と申します」

手元に名刺を渡される。

白い紙には役職と名前が記されている


「マユズミレイコ..全部カタカナだ」


「そちらの方がそれっぽいでしょ?」

低くした腰からぐるりと見上げ怪しげな表情で言った。

「それにしても典型的ですね、面白みが無い。家屋に霊ですか、成る程。」

ぴったりとしたズボン型のスーツを着用し、部屋の中を歩きながら偉そうに脅かし方を否定してくる。

〝このやり方は見飽きました〟といった具合のようだ。


「何なんだお前は!

人の事を馬鹿にして、一体何者だ!」


「名刺の通りです、わかりませんか?

私は恐怖を演出する者。アナタの怖いを一から建て直す業者のような存在」

子供にわかりやすく説明するとすれば〝怖がらせ屋さん〟と言った所か。


「もしかして..さっきの見てたのか」


「ええ見てました。

アナタが若者に甘く見られ、その上何も無いと罵られていた全容を」


「……ぐっ..」

全てを把握した上での指摘はぐうの音も出ない。しかし己ではわからない、何がいけなかったのか。

「図星ですか?

わかっていらっしゃるなら話が早い。早速初めていきましょうか」

埃の被ったカーテンを開け夜の闇を部屋に入れて心機一転、プランニングが開始する。

「まず一つ目の問題点ですが、心霊スポットとされるこの部屋。スポットと呼ぶには立地条件が良すぎる」


「はぁ!?

どこがだ、ボロボロじゃないか!」

床は煤けて壁は剥がれ、雑巾のような家を綺麗過ぎると言ってのけた。

「覇気が残っているんです。

もっと湿気を吸わせないと、カーテンも開けてみましたが、恐らく窓を開けたら日当たり良好。スポットにしたいならば日陰に住まないと、ホームレスなら喜んで住むクオリティですよ?」


「…複雑だ、貶されてるのか?」

褒め言葉とも取れる家の評価に正解の態度を示せない。立地条件は確かに生前住んでいたものなのでのどかにスローライフを送れる仕様になっている。

「これではダメなのか?」


「..いいですか。

スポットの正しい条件は、汚く暗く、磁場の悪い圏外の場所ですよ?」

最近は電波の大幅普及により圏外は外されたが、基本の条件はこれだ。

「意識していなかった、住む場所に影響されるんだな..。」


「あとは脅かし方ですね」

「まだあるのか!?」


「ここからが全体の本題です。

入ってきた客人をアナタはどうして驚かしていますか?」


「..玄関を開けて数秒後に、靴箱の上の置物を倒す。」

靴箱の上に常備をした小さなこけし人形を挨拶代わりに指で落とすという事から部屋の脅かしは始まる。

「成る程アクション&サウンド方式かやはり遣り方が古いですねぇ。」

ファーストタッチでよく使われる仕様だ、モノを倒すなりして恐怖を煽る。


「古いって何だ!」

「失礼、アナタの根本的な遣り方に文句を付ける気は御座いません。ただ遣り方の〝仕様〟が古いと言っているんです、それでは若者は驚きません」

音の響く現代では些細な物音では決して鼓膜は響かない。

「通常の人間ならまだしも心霊スポットに赴く連中は頭の悪いパリピ共です

夜通しクラブミュージックで酒を酌み交わしているような輩に物音がする程度ではバカにされてしまいますよ?」


「だったらどうすれば..」

「音の最大限を引き出すんです。

何か音に携わっていた経験は?」


「一応、生前はバンドを組んでいてドラムをやっていたけど…」


「それです、奏でてください。」

「玄関で!?」「はい」

魂の音は死後にも有効、それを開幕玄関で奏でれば生者は驚嘆する。


「後の脅かしも全て音で?」


「まぁ、そうだな。

風の音やラップ音、笑い声とか..」


「古い、ダサい、怖くない」

「畳み掛けて貶すなよ..」

古参に次ぐ古参、侍ですら刀を抜かない空耳の空き家ツアーでしかない。


「基本的に音が小さいんです。

家に来る客はその辺の老人より鼓膜のイカれたバカパリピですよ?」


「お前パリピに厳しいよな

..なんか恨みでもあんのか?」

マユズミはもう一度部屋の内観を眺め確認し始めた。

「やっぱり間取りが微妙だ、音と一緒に変えちゃいましょう。」

カーテンを開けたまっさらな窓をピカピカに磨いて艶を出す。天井の古ぼけた照明を取り外し色鮮やかなカラーボールを取り付ける。

「..おい、これ派手過ぎないか?」


「うめき声。」「え?」「うめき声」

ボイスレコーダーを当てがい、霊のうめき声を録音する。

「これを家の音として流しましょう。

お経を混ぜて..っと、これでよし」

部屋中に軽快、もとい軽怪な音が溢れ流れ始める。

「うっ..!

なんだこの重低音は、気分が悪い..!」


「まだです、これ持って。」

「な…雑巾だと?」

ブッズブッズ♪という黒のバンに似た低く不快な音で溢れる部屋の窓を雑巾で磨けと指示された。

雑巾で窓を拭く度に『キュッキュッ』

とスクラッチ音が鼓膜を揺らす。

「どうですかこの部屋?」


「見違えるようだ!

絶え間なく不快な音が響いて来る!」

なんという事でしょう。

殺風景で全く恐怖を煽らなかった静かな家が、不快で寒気のする空間に変わったではありませんか!

「それでは客を待ちましょう。」

「ああ、直ぐに準備をしてくる!」


〜深夜2時頃〜


「ここ、例の心霊スポットって?」


「ただの家じゃんかよ、つまんねー」


「入って馬鹿にしてやろうぜ!」

このときはまだ、あんな事になるなんて想像もしていなかった。


「じゃあいくぜ?」

「早く開けなよ、ほら早く!」

三人組の一人が引き戸に手を掛ける。

「それじゃ、お邪魔しま〜す..」

ガラリと扉を開けたその時、若者は声を揃えて驚嘆する。


『ズッダン! ズズダンッ♪

ズダダダダダダッ!ズッダンズダダ』


「ひいっ!」「なんなんだよ!?」

鳴り響くドラムの音、刻まれるビート

思わず腰がすくみ震えてしまう。


「お前ら..盛り上がってるかぁっ!」


「いやぁっ!」「うひぃ!」

 「い、行くぞお前ら!」

腰を抜かす二人を引っ張り上げ、三人組の一人が去勢を張り先へ進む。


荒くなる息遣い、滴る冷や汗。

しかし引き返せば奴がそこに居る

「なんで先に進むの!?

外に出ようよ、おかしいよ!?」

「ダメなんだよ!

アイツがいる、ビートを刻んでる...!」


「あぁー!!」「ちょっと!」

先程腰を抜かしていた青年が勢い余って部屋の戸を開けてしまう。


「な..なんだよ、これぇっ..⁉︎」

回転するカラーボールに照らされるカラフルな部屋、耳に鳴り響く不快な音そう、そこはまるで行き慣れている筈の〝あの場所〟に似ていた。


『ブッズブッズブッズブッズ♪

キュッキュッキュキュッキュキュ!』


「なんでダンスミュージックがっ!」

「スクラッチ音までぇ..。」

「待って、この音..」

よく耳を澄ますと軽快なダンスミュージックと共に、耳にじとりとした音が深く鼓膜を通して響き渡る。

「ああぁぁぁ..!ああぁっ!」

『ナンミョーホー..ウンッ...!』


「お経だ..」「誰の声なの!?」

漂ううめきとお経が重低音と混じり、更なる音を響かせる。


『ブッズブッズブッズブッズ♪

ナンミョーホーレキュッキュキュッ!

あぁ〜、あぁ〜、ブッズズウンッ!』


「ノッてるかぁっ〜!!」

窓の側で唸りを上げる人影が一つ、こちらに向かって叫んでいる。

「ひっ!」

「なんでアイツここにぃっ!」

「あいつ、活き活きしてやがる..!」

耳に響く重低音はより一層深くなり、身体の震えは大きくなるばかり。


「バイブスを上げろぉぉっ〜!!」


「いやぁー!!」

「も、もうダメだおしまいだぁ..!」

「お前ら、い..いくぞっ!」

腰を抜かしながらそそくさと、出口へ走り家を出ていった。青冷めた顔は、暫く元に戻らないだろう。


「ウラメシウラメシ。

ポンポンポンポンポーンッ!」

カラーボールに照らされた煌く窓に映る顔が、長い夜を物語っていた。

「お疲れ様です、如何でしたか?」


「完璧だよ、物凄く怖がってた!」

以前の小馬鹿加減が嘘のように客人は焦り倒していた、これぞ霊の館だ。

「あ、お礼とかはどうしよう..?」

「お代は入りません。

初回無料なので、後日改めて何かご要望が有ればお支払い下さい」

ホラープランニングではトラブルを防ぐ為、初回は一律無料としている。

依頼を頼まれる事もあれば自ら赴き改善に勤める事がある。

「恐怖に不安がお有りのときはいつでもご用命を。〝マユズミレイコ〟は貴方の恐怖にいつでも寄り添います。」

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