第490話 タクトとミハイル、そして……。


「あ、タクオ。これ」

 1つのトランクを差し出すリキ。

 どうやら、ミハイルの荷物らしい。

 俺がトランクを受け取ると、すぐさま車のエンジンをかける。

「え、ちょっと……」

 引きとめようとしたが、間に合わなかった。


「じゃあ、俺とほのかちゃんは、卒業式の打ち上げがあるからさ。二人はゆっくり新婚旅行を楽しんでくれよ」

「そうそう♪ おじゃま虫の私たちは、宗像先生やみんなと焼き鳥屋さんでパーティーするから」


 なんか、そっちの方が楽しそうな気がするけど。


「二人とも、待ってくれよ! 本当にこのまま、行くのか!?」


 俺の問いに、リキとほのかは黙って顔を合わせる。

 しばしの沈黙の後、二人は息を合わせてこう言った。


「当たり前だろ」

「当たり前でしょ」

 こいつらの方が、もう夫婦じゃね?

 

 ふと、気になったので、ミハイルに目をやると。

 顔を真っ赤にして、アスファルトに視線を落としていた。

 恥ずかしさからか、身体を震わせている。


「……」


 黙り込むミハイルを見て、心配になった俺は声をかける。

「なあ、大丈夫か?」

「え……?」

 俺が声をかけるまで、我を忘れていたようだ。

 大きな目を丸くして固まっている。


 お互いどうしていいか分からず、その場で立ちすくんでいると……。

 リキとほのかが乗る、ブライダルカーが動き始めた。


「じゃあな! また同窓会とかで会おうぜ!」

「二人とも、お幸せに~♪」


 残されるこちらの身も考えてよ……。


  ※


 リキたちが去って、どれぐらい経っただろう。

 20分以上は、このラブホテルの前に立っている。


 裏通りとは言え、博多駅の近くだ。

 真っ白なタキシードとウェディングスーツを着た、俺たちは悪目立ちしている。

 すれ違う通行人たちが、指を差して笑う。


「なに、あれ?」

「きっとウェディングプレイとかじゃね」


 違うわっ! プレイじゃなくて、正真正銘の夫婦だ!


 愛するパートナーを見て、嘲笑う奴らに苛立ちを覚える。

 これ以上、ミハイルを笑いものにさせてたまるかっ!


 それに……宗像先生の真似じゃないが、ホテルには違いない。

 どちらにしろ、今夜、俺とミハイルは結ばれる……予定だった。

 なら、初めてがムードのないラブホでも良いじゃないか。


 気合を入れるために、頬を両手で叩く。


「うしっ!」


 ようやく、俺も覚悟を決めた。

 そして、ミハイルに一言。告げる。


「ミハイル、入ろう」

「え、えぇ!?」


 驚く彼を無視して、話を続ける。


「俺たちはもう結婚したんだ。今日からずっと二人で暮らす……なら、遅かれ早かれこういう場所も利用するだろ?」

「うん……そうだよ、ね」


 目を合わせてはくれないが、ミハイルも俺の考えと同じようだ。

 その姿を見た俺は同意と見なし、黙って彼の手を掴む。


 これ以上の言葉は、無粋だろう。

 少し強引だが、彼の手を引っ張って、ホテルの中へ入ろうとした……その瞬間、ミハイルが俺の手を払う。


 驚いた俺は振り返って、彼の顔を確かめる。


「ご、ごめん……嫌とかじゃなくて……あのね、実は」


 顔を真っ赤にして、身体をもじもじとさせている。

 なんだ? トイレにでも行きたいのか?

 そういうことなら、ホテルにもあるだろう。


「どうした? やはり、入りづらいか?」

 俺の問いに、頭をブンブンと左右に振って見せる。

「そうじゃないんだって……。あのね、タクトはウェディングドレスを見たくないって、言ったじゃん」

「ああ……そう言えば、そんな話もあったな」

「実はもう一人分、作ったの。ドレスを」

「へ?」

 首を捻る俺に対して、彼は黙って指を差す。

 ミハイルが差したのは、俺の右手。

 先ほど、リキに渡されたトランクケースだ。


「その中には……アンナの分。ウェディングドレスが入っているの」


 久しぶりに聞いた、その名前に驚きを隠せない。


「なっ!? アンナだと!?」

「うん……いろいろ考えたけど。あ、アンナも着たいと思うし……タクトも見たいかなって」

「そ、それは……」

 

 否定すれば、嘘になる。

 彼の言う通り、俺も一年以上、彼女と会えていない。

 それにプロポーズした際、男のミハイルを選んだが……。

 本音は、未練タラタラで。

 彼女のことを引きずっているのも事実だ。


 ウェディングドレス姿のアンナ……想像しただけで、興奮してしまう。


「ったい……見たい!」


 気がつくと、自分の正直な気持ちをミハイルにぶつけていた。

 また女のアンナを選んで、傷つくんじゃないかと思ったが……。

 

「嬉しい☆ タクトなら、そう言ってくれると思ってた☆ 実はね、アンナのドレスも作っていたから、なかなか会えなかったんだよ」

「……」


 そういう事だったのか。

 ったく、こいつはどこまでも可愛いな。


  ※


 トランクの中身が分かったところで、ミハイルはようやくホテルへ入る決心が着いたようだ。

 もう一度、俺と手を繋ぐ。


「じゃあ、今度こそ入ってもいいのか?」

「うん……だけど、その前に聞いてもいいかな」

 潤んだ瞳で上目遣いをする。

 エメラルドグリーンだけでも、反則レベルなのに。

 こんなことされたら、股間が爆発しそうだ。


「なんだ?」

「あの……“どっち”がいい?」

「え?」

「だからさ、今のオレとアンナ。どっちを選ぶの?」


 頬を赤くして、こちらをじっと見つめる。

 なんて愛らしいんだ。


 つまり、彼が言いたいのは……男のミハイルか、女のアンナ。

 どっちを食べたいですか? ということだろう。

 なんだ、この高揚感は。


 まるで仕事から家に帰ってきたら、愛する妻が「お風呂にしますか? お食事にしますか? それともワタシ……」的なシチュエーション。

 しかし、そんなことを選ぶ必要はない。



 意味を理解した、俺は即答する。


「両方、いただこう」

「え?」


 大きな目を丸くする、ミハイル。


「だから、二人ともいただく。俺がミハイルとアンナを愛しているのは、事実だからな」

 ミハイルは俺の答えを聞いて、一瞬、言葉に詰まっていたが……。

 恥ずかしそうにこう言った。

「じゃ、じゃあ……どっちから?」

「もちろん、ミハイルからだ。俺が一番最初に可愛いと思ったのは、お前だからな」


 俺がそう答えると、ミハイルは小さな声で「バカ……」と呟く。

 だが、まんざらでもないようで、身体をもじもじさせながら、俺の目をじっと見つめる。


「オレで良いんだ?」

「確かにアンナも好きだ。でも大事なのは、中身であるミハイル、お前だ」

「うん☆」


 俺の顔を見つめて、優しく微笑むミハイル。

 右手を差し出し、何かを待っているようだ。


「行こ、タクト☆」

「ああ……そうだな」


 彼の小さな手を掴むと、ラブホテルの入口に立つ。

 緊張しているせいか、手の中は汗で湿っている。

 こんなベトベトの手じゃ、ミハイルが嫌がるだろうと思ったが。


 ミハイルは俺の考えていることを、察しているようだ。

 上目遣いで、こう囁く。


「大丈夫だよ☆ オレもすごく怖いもん、タクトと一緒☆」

「……ミハイル」


 その一言で、火がついた。


「じゃあ、二人で同時にホテルへ入るか?」

「うん、いいよ☆」


 まさか結婚して、初めての共同作業が、ラブホテルへの入場とはな。


 深呼吸した後、互いの手を強く握りしめ、片足を前に上げる。

 するとセンサーに反応したようで、自動ドアが開いた。


「「せーの!」」


 

  了

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気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!! 味噌村 幸太郎 @misomura-koutarou

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