第489話 結婚初夜


 ミハイルが正気を取り戻したところで……。

 俺たちは晴れて、夫婦になれた。

 いや、夫婦という表現はちょっと違うか?

 まあなんにせよ、これで俺とミハイルは、永遠のパートナーだ。


 牧師のロバートが会場のみんなに向かって、宣言する。


「さあ、この二人の新しい門出に、盛大な拍手をくだサイ!」


 待っていましたと言わんばかりに、一斉に席から立ち上がると。

 力いっぱい手を叩いて、祝ってくれた。

 みんな自分のことのように、嬉しそうに笑っている。


「おめでとう、タクオにミハイル!」

「二人とも、素敵です!」

 と叫ぶのは、リキと一。


「あのぉ~ 初夜に動画を撮影したいのですが、可能でしょうか!?」


 そんなふざけたことを叫ぶのは、俺の腐った職場仲間だ。

 普段は真面目で大人しい女性なのに、BLや同性愛については感覚がぶっ壊れている。

 全て編集長の倉石さんによる、調教のせい。


 誰が営みの録画を許可するか!?

 そういう撮影は、俺だけがして良いの。

 ヤベッ! そう言えば、ビデオカメラを用意してなかったぜ。


  ※


 式が無事に終わり、新郎新婦は退場することになる。

 ゆっくりとヴァージンロードを二人で歩く。

 ミハイルは嬉しそうに、級友や家族に手を振っていた。


 俺はと言えば、正直誓いのキスをやり過ぎたと後悔していた。

 自家発電の直後……賢者タイムみたいな気分。

 今になって恥ずかしさが、こみ上げてくる。


 そりゃそうだ。

 目の前でカメラを向けている、母さんとばーちゃんの前で、あんな濃厚キスと尻揉みをしたのだから。


「タクくん! 母さん、感動したわよ!」

「すごいじゃない、タッちゃん!」


 褒めてくれているんだけど。なんか二人とも口から、よだれを垂らしているんだよね。

 もちろん、妹のかなでも見逃すわけなく。


「尊い! おにーさまなら、ミーシャちゃんと結婚できると思ってましたわ! 全てかなでの計画通り。女装させて良かったですわ」

 え? 全部、あいつが仕組んだことなの?

 怖っ。


 一歩進むごとに、俺は出席者へ頭を下げる。

 しかし、とある出席者の前で、小さな石ころを投げられた。


「いてっ!」


 本当に小さなものだから、頬に当たっても、さほど痛むものではないが。

 連続して投げられると、ちょっと痛む。

 それに目にも入るし……。


「鬼は外~! 鬼は外~っ! BL作家はいらな~い!」


 誰だ、季節外れの豆まきをしているのは?

 ミハイルにはしないで、俺にだけ投げてきやがる。

 しかも、顔面狙い。


 何個か石をキャッチすることが出来たので、手の上にのせて確認してみると。


「これは……白米?」


 辺りを見回してみると、他の出席者たちも網かごから手に掴み、投げている。

 顔面ではなく、足元に優しく落とすレベル。

 だが、この出席者には悪意しか感じない。


 相手の顔をじっくり見つめると、そこには小さな女の子が立っていた。

 いやアラサーのロリババア。

 白金が俺の顔目掛けて、ライスシャワーを投げつける。


「悪霊退散っ! 早くミハイルくんにお尻を攻められて、痔になっちゃえ!」

「……こんの、ロリババア。お前は最後ぐらい大人になれよっ! ちゃんと祝えないのか?」

「祝うわけないじゃん! このクソウンコ作家! ラブコメなんて、最初から書けなかったんですよ!」

 その時、俺の中で何かがブチンと切れる音がした。

「なんだと、貴様! ちゃんと売れただろうが! お前が編集として力不足だったんだ!」


 新婦を残して、白金に飛び掛かる。

 どうしても、こいつをぎゃふんと言わせたいから。


 そのあと取っ組み合いのケンカになり、宗像先生とヴィッキーちゃんが止めに入るまで、俺と白金のケンカは止まらなかった。

 

  ※


 みんなから祝福されて、無事に結婚式を挙げることが出来た。

 ミハイルと仲良く会場から出ると、一台のオープンカーが目に入る。

 かなり派手な車だ。


 ピンク色の車体だし、大きなリボンや白いバラで作られたリースなどで、装飾されていた。

 車体の後方部には、紐で括られた複数の空き缶が、アスファルトに転がっている。


 これは……ブライダルカーってやつか?


「ほら、タクオにミハイル! 早く乗れよ、出発するぜ」

 運転席には、なぜかリキが座っている。

「そうだよ。二人が主役なんだからね♪ あ、ちなみにこの車は、私がデザインしたの」

 と助手席で笑うのは、腐女子のほのかだ。


 つまり、彼女が普段から乗り回している愛車なのか。

 その証拠に、リボンやリースでは隠し切れない部分が、悪目立ちしている。


 頬を赤くしたショタっ子が、おじさんに無理やり襲われているのに……「らめぇ」と受け入れているBLイラスト。

 フロントだけじゃなく、全体に裸体の男たちがプリントされている。

 BL痛車とでも、言うのか?

 こんな恥ずかしい車には、乗りたくない……。



 でも、せっかく用意してくれたブライダルカーだし、我慢して後部座席へ乗ることに。

 それに結婚式を企画、参加してくれたみんなが、わざわざ駐車場まで見送りに来ている。

 俺たちの新しい門出を、見守っているのだろう。


 後部座席から、二人で手を振る。


「それじゃ、みなさん。本当にありがとうございました!」

「バイバイ~ みんな☆」

 

 運転手を任せられたリキが気を使って、駐車場をぐるりと一周する。

 その間、結婚式に参加したたくさんの人々に、挨拶することが出来た。


 一ツ橋高校から出発する前に、ミハイルが手にしていたブーケを空に向かって、投げる。

 ブーケトスってやつだ。


 大勢の女子が鼻息を荒くして、ブーケを手にしようと競い合っていたが。

 それを見た宗像先生が、強い口調で注意する。


「こらぁ! 今回の花嫁は、男の古賀だ。よってブーケを手に出来るのは、男子のみ!」


 先生が考えた謎ルールのせいで、女子はため息をついて解散する。

 地面に落ちたブーケを拾ったのは……天然パーマのバニーボーイこと、住吉 一。


「あ、僕が次のお嫁さん……?」


 よりにもよって、リキに片想いしている一か。

 知らねっと……。


 ~それから、30分後~


 学校から離れて、しばらく経ったころ。

 俺たちは、大きな国道を走っていた。

 このブライダルカーは、ミハイルも知らなかったようで、驚いていた。

 オープンカーだから目立つし、風がバシバシ当たって肌寒い。

 でも、不思議と気分は悪くない。


「ところで、リキ。一体、どこへ向かっているんだ?」

「え? ああ、実はミハイルにも黙っていたんだけど……なあ、ほのかちゃん?」

 恥ずかしそうに、頭をかくリキ。

 仕方なく、助手席のほのかが説明してくれた。

「もう、リキくん。こういう時、頼りないんだから。あのね、宗像先生と一ツ橋高校のみんなで、話し合って決めたんだけど……。実は二人に結婚のお祝いがあるの」

「お祝い?」

「うん。今、向かっている場所……ホテルを予約しておいたの。お金も事前に払っているから、心配しないで。ちょっとしたハネムーンだから♪」

「!?」


 これには驚いた。

 あの借金まみれの宗像先生が、生徒にそこまでしてくれるとは……。

 ミハイルもハネムーンと聞いて、感動していた。


「ハネムーンなんて考えていなかったよ。ありがとう、ほのか。それにリキも……」

 目に涙を浮かべて、礼を言う。

「はは! 気にすんなよ、ハネムーンと言っても福岡市内だぜ? お、もうすぐ着くぞ」


 ん? ハネムーンなのに、福岡市内だと?

 おかしくないか。

 福岡県で旅行するとしたら、ビルや商業施設が並ぶ市内より、自然の多い場所を選ぶと思うが。


 首を傾げていると……リキが運転する車は、賑やかな繫華街、博多を走っていた。

 ビジネス街だから、大きなビルが立ち並んでいる。

 ホテルもあるにはあるが、ビジネスホテルばかりで。ハネムーンに利用するものとは程遠い。


 と思っていたら、車は人通りの多い『はかた駅前通り』に入る。


 見覚えのある交差点で、ウインカーを出すと。リキが「ここだったよね?」と、助手席のほのかに尋ねる。

 彼女が「うん」と頷くと、そのまま左折した。


 裏通りに入ったところで、目に入ったのは……俺たちがよく通っているラーメン屋『博多亭』だ。

 まさかとは思うが、ここに来たと言うことは?


 ブライダルカーは小さな白いホテルの前で、止まる。

 正しく表現するには、説明不足だろう。

 宿泊施設として、利用目的が違うのだから。


「さ、下りてくれ」

 驚く間もなく、リキが終点を告げる。

「なっ!? リキ、お前。ここがなんのホテルか、知っているのか!?」

「え……ラブホだろ? 悪りぃ、金と時間が無くてさ。宗像先生が『ホテルには違いないだろ』って予約したんだ」

「ウソだろ……?」


 ただのヤリ部屋じゃん。どこがハネムーンなの?

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