第488話 誓いのキス


 まずはロバート牧師が、俺たちふたりに対して、愛の誓いを確かめる。

 俺は練習もしてないので、一発勝負だ。

 かなり緊張する……。


「琢人くん。あなたはここにいる、ミハイルくんを……」


 よく映画とかで聞いたことのあるセリフ。

 俺の人生でこんなこと、絶対に起きないだろうと思っていた。

 ちょっと、感動していたら……。


「攻める時も、受けの時も……また痔になっても、マンネリ化しても」


 思わず、その場でずっこけるところだったが。

 ミハイルが腕を組んでいるので、転ばずにすんだ。


「パートナーとして愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


 即答でYESと言いたいところだが、一部のセリフを受け入れたくない。

 でも、ここはロバート牧師の言う通りにしよう。


「は、はい……誓います」


 その答え方に、ロバートが苛立つ。

 眉間に皺を寄せ、再度誓いを確認する。


「タクトくん? 絶っ対に誓いマスね!?」

 めっちゃ怒ってる、ドMのくせして。

「誓います! 永遠にっ!」

 するとロバートは嬉しそうに微笑む。

「オーケー」


 次はミハイルの番。

 俺の時とは違い、ちゃんとした誓いの言葉だった。

『病める時も、健やかな時も……』という、おなじみのやつだ。


 当然、ミハイルもYESと即答し、無事に誓いが成立したのであった。

 というか、なぜ俺だけ、あんな誓いを立てられたの?


  ※

 

 結婚式のプログラムを知らされていない俺は、次にどんなことを行うか。知るわけもなく……。

 きょろきょろと辺りを見回していると、隣りに立つミハイルが俺の袖をくいっと掴む。


「大丈夫だよ☆ オレに合わせて」

「ああ……」


 そんな俺を見て呆れたのか、宗像先生が深いため息をついたあと、こう言った。


「では、リングガールの入場です」


 きっとプログラムを順次、説明するから安心しろということなのだろうが……。

 リングガールってなんだ?

 今から際どい水着姿のお姉ちゃんが、入場するのか。とアホな妄想をしていたら。


 会場奥の入口に、ひとりの少女が立っていた。

 先ほどミハイルが歩いていた、ヴァージンロードの上を。

 

 小学生ぐらいの女の子だ。

 白いドレスを着て、頭に花冠をかけている。

 手には網かご。


 徐々にこちらへ近づいてくると、その子に違和感を感じる。

 それは顔つきだ……。

 遠目で見れば、女の子だが。よく見れば、しっかり成人した女性。

 いや、もう30歳を迎えたのに、独身のかわいそうなアラサー。


 俺の元担当編集。白金 日葵だ。


「はい。お二人の結婚指輪を、届けに来ましたよ」


 と網かごを差し出す白金。

 自ら望んでやっているようには見えない。

 その証拠に、舌打ちをつく。


「チッ……なんで、私がこんなことをしないといけないんだか」


 顔を歪めて、神聖なヴァージンロードへ唾を吐き捨てる。

 これには俺もブチギレそうだったが、みんなやミハイルの前だ。

 怒りをこらえて、白金に礼を言う。


「悪いな、白金。ありがとう」

 そう言って、カゴを受け取る。

「フンッ! 私より先に結婚なんてしやがって、クソウンコ作家のくせに!」

 ダメだ。祝いの席でキレてはいかん。堪えろ。

「は、はは……まさか白金まで、結婚式に参加してくれるとはな」

「別に私は参加したくなかったのですけどね。DOセンセイじゃなかった。“アンナ”センセイのお父さんが『山々崎』を飲ませてくれるって聞いたもんで」

 お前も結局、酒かよ……。

 どうなってんの? 初代、伝説のヤンキーたちは。


  ※


 白金が持ってきた網かごには、2つのプラチナリングが入っていた。

 黙って受け取ったけど、この結婚指輪は誰が用意したんだ?

 俺はミハイルに告白する時、渡したのは婚約指輪であって、結婚指輪じゃない。


 ロバートに「どうゾ、お互いの指に差し込んで下サイ」に促されたが……。

 こちらが用意したものじゃないから、怪しんでしまう。

 後で多額のお金を、請求されるのではないかと。


 俺が指輪を睨んで固まっていると、ミハイルがそれを見て、クスクス笑う。


「フフフッ、早く指輪を入れてよ☆」

 と細い指を差し出す。

「え……でも、これ。誰が買ったんだ? 俺は買ってないのに……」

「タクトって結構、心配性だよね。こんな時ぐらい信じてよ☆」

「?」

「オレが買った……ていうか、作ったの☆ 二人分ね☆」

「つ、作っただと!? ミハイルはそんなチートスキルを、持ち合わせていたのかっ!?」


 あれだろ?

 異世界に飛ばされた主人公が、鉱山で希少な鉱石を掘り出し。

 コツコツと貯めたスキルポイントを使い、鍛冶スキルに全振りする。スローライフ的な……。


 とひとりで、次回作の主人公は金髪ハーフの美少年が、異世界でエルフより可愛くなるストーリーを考えていたら。

 ミハイルが俺のおでこを、人差し指でデコピンする。


「いでっ!」

「考えすぎだってば。福岡に工房があってね、そこの先生に教えてもらいながら、作ったんだよ☆ ちょっと歪んじゃったけどね」

「そういうことか……」

「お店で買った方がキレイだけど。作ったら少し安くなるし、何より世界で2つだけのリングだもん☆ タクトが可愛い婚約指輪をくれたから、結婚指輪はオレが作りたかったんだ☆」

「……」


 その言葉を聞いて、今までの自分を呪った。

 ミハイルがこの数ヶ月、会えないと言っていた理由は、全て今日のため。

 俺が結婚式を断ったから、ひとりで宗像先生や友達に相談して、式を用意し。

 指輪まで自分で作ってくれた……。


 なら、ミハイルの気持ちにしっかりと応えるべきだ。

 それからの俺は、素早かった。

 指輪交換をさっさとすませ、司会の宗像先生や牧師であるロバートの言葉も無視して、ミハイルにこう囁く。


「ベールを上げたいから、腰を屈めてくれ」

「う、うん……」


 その場でミハイルが、ゆっくりと腰を屈めるのを確認すると。

 俺は彼の頭にかかったベールを、両手で上げていく。


 ベールを上げると、ミハイルが瞼を閉じて待っていた。

 俺が「もういいぞ」と言うと、ゆっくり瞼を開き、腰を伸ばす。


 厚底のローファーを履いているとはいえ、俺たちには身長差がある。

 どうしても、彼の方が上目遣いになってしまう。

 2つのエメラルドグリーンを輝かせて、微笑むミハイル。

 薄紅色の唇は、どこか艶がかっているような気がした。

 ひょっとして何かリップを塗っているのか?


「お待たせ、タクト☆」

「ミハイル……」


 とても長い時間。すれ違っていたような気がする。

 やっとこいつの顔を、見ることが出来た。

 それだけで、心が満たされていく。

 もう……ダメだ。我慢できん。


「それでは、誓いのキスを……」


 とロバートが最後までセリフを言う前に、俺はミハイルを抱きしめていた。

 もうお互いが離れないように、強くきつく。


「た、タクト?」

「愛している……ミハイル」

「オレもだよ。でも、このままじゃ、誓いのキスが出来な……」


 ミハイルの小さな唇を、力づくで奪う。

 こんな強引なキスをするはずじゃなかったのに。

 久しぶりに見た彼が可愛すぎて、理性が吹っ飛んでしまった。


 彼が逃げられないように、右手で頭を抑え、腰に左手を回す。


「んんっ……」


 誰かは分からないが、悲鳴のような歓声が上がる。

 そりゃ、そうだろう。


 俺は誓いどころか、かなりディープなキスを堪能しているのだから。

 ミハイルの舌先を探すことで、頭はいっぱい。

 もちろん、彼が拒むことはないが。少し恥ずかしがっているように感じる。


 腰に回していた手の位置も、次第に下りていく。

 彼が一生懸命作ったウェディングスーツ。

 触れたことで、ようやく気がついた。

 この生地はきっとフェイクレザーだろう。つるつるのスベスベ。


 撫で回すのに最適。いや、揉みしだくのが良い!


 ~10分後~


「んちゅ……じゅばじゅば……ぶちゅっ、ちゅ~!」


 誓いのキスにしては、あまりに長い接吻だった。

 おまけにミハイルの小尻を、撫で回しては揉みまくる……を繰り返していた。


 しかし、それを黙って見ている大人たちではない。

 誰かが固い筒で、俺の頭を引っぱたく。


「長いっ! さっさとやめんかっ! 初夜なら後にしろ、バカモン!」


 後頭部をさすりながら、ミハイルから離れると。

 顔を真っ赤にした宗像先生が、結婚式のプログラムを丸めて立っていた。


「すみません……つい」

「つい、じゃない! お前、このあと式をどうすんだ!?」

 宗像先生が指差す方向に目をやると、ミハイルがまた『トリップ』していた。


「うへへへ☆ タコさんのタクトだぁ~ だから、オレのお尻も触ってきたんだぁ。くすぐったいよぉ~」

「……」


 ミハイルが正気を取り戻すのに、30分を要した。

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