第64話 元カノと今カノが俺の愛を勝ち取ろうとしてくる。

【紅林優香】


 本気になる宣言をしてきた紫垣ちゃんを前に、思う。


「はー、やっぱこうなっちゃったかー」


 って、さ。


 これまでずっと、一線を引いてる感じだった紫垣ちゃんだけど。

 正直なとこ、いつかこうなる気はしてたんだよねー。


「まぁ……それだけ私たちの『彼氏』さんが魅力的だと思っておきましょう」


 小さく溜め息を吐く玲奈も、アタシと同じ気持ちみたい。


「……いいんすか? カノパイさんたち」


 そんなアタシたちに、紫垣ちゃんはどこか不安そうな目を向けてくる。


「ぶっちゃけウチとか、ポッと出じゃん? この勝負、まざっちゃっていいの?」


「……そもそも、私は強く言える立場でもないもの」


 そう言いながら、ふいっと玲奈が視線を逸らした。


 まー、紫垣ちゃんが加わる許可を出したのは玲奈だもんねー。

 そういう意味では、そもそものきっかけを作っちゃったアタシもそうだし……ていうか。


「もしここでアタシたちが駄目って言ったら、紫垣ちゃんは孝平のこと諦めるの?」


「や、今となっちゃそれはもう無しっすねー。そうなったら、ウチはウチでアプローチするだけっす」


「だよね? だったら、監視的な意味でも一緒にいた方がアタシたちとしても都合がいいし、それに……」


 そこで言葉を止めて、アタシは玲奈に視線を送った。



   ◆   ◆   ◆



【青海玲奈】


 優香からの視線の意味は、簡単にわかる。


「そうね。今更一人減るというのも……その、なんとなく収まりが悪いもの」


 だから、私は優香の分も込めて紫垣さんにそう伝えた。


「またまた、そんな言い方しちゃってぇ。素直に、紫垣ちゃんも含めた今の関係性が好きになっちゃったって言えばいいのにぃ」


「やかましいわね……」


 それを素直に口にするのは……その、少し……照れくさいじゃない。


「まぁ、紫垣さんはちゃんと慎みも持っているようですし? どこぞの痴女とよりは上手く付き合えるでしょう」


「ははっ、紫垣ちゃんはどこぞのポンコツと違って素直だからね。見てて恥ずかしくなるようなことがないから助かるよ」


「……ポンコツとは、誰のことを言っているのかしら?」


「自覚すらないとかヤバくない?」


「貴女こそ、己の慎みのなさを少しは自覚したらどうなの?」


「は?」


「は?」


『はぁん?』



   ◆   ◆   ◆



【白石孝平】


 なんつーか、瞬く間にいつも通りって感じだな……。


「……あはっ」


 そんな二人を見て、美月がおかしそうに破顔する。


「ウチも混ざる~! はーん!?」


 そして後ろの座席へと身を乗り出し、至近距離で睨み合う二人の間に顔を割り込ませた。


「ちょっ、紫垣ちゃんこの距離で割り込んでこないで……!?」


「顔が近いわよ……!?」


「いいじゃん、同じ『カノジョ』同士なんだしさー!」


「今更だけどそれ、不思議な響きだよね……」


「何も間違ってはいないところが何とも言えないわね……」


 なんとなく、美月から二人への遠慮のようなものが完全に消えた感じがするな。


 ……それはそうと。


 美月に、望まぬ選択をしてほしくないと思ったのは心からのことだけど。


 優香と玲奈に相談もせずに、美月を引き止めるような発言をしてしまった。

 不誠実との誹りは、甘んじて受け入れよう。


「ともかく……紫垣さんが本気になろうとなるまいと、最終的に孝平くんの愛を勝ち取るのはこの私なのだから何の問題もないわ」


「いーや、アタシだかんね!」


「にひひっ、ウチだって負けないよー」


 でも……彼女たちも、それを受け入れてくれるって言うんなら。


『絶対、惚れさせるから!』


 俺のスタンスは、もちろん一つ。


「あぁ、『彼氏』として全部受け止め」


「お客様ぁ、何やら盛り上がってるところ恐縮ですが終点でございまーす」


 よう、という語尾は例の店員さんによって遮られた。


 確かに、ちょうどシフト交代の時間だったとやらでこの人も一緒にバスに乗ってはいたけども……。


『………………』


 俺たちは、誰からともなく気まずげな顔を見合わせる。


『……ぷ、ははっ』


 そして、これまた誰からともなく吹き出した。


 なんか締まらねぇのも、俺たちらしい……かな。



   ◆   ◆   ◆



【金森日和】


 隣の駅までちょっと買い物に行った、帰り道。


「いぇーい! ウチ、コウ先輩の右腕いただきー!」


「紫垣ちゃん、素早いスタートだね……! だけど、左腕はアタシが奪取!」


「チッ、出遅れたわね……!」


「ふっふーん、玲奈は背中にでもしがみついてれば?」


「背中……こうかしら?」


『ホントにやるんだ……』


 改札の方からそんな騒がしい声が聞こえて、誰だか確信しながら目を向けたらやっぱり白石くんたちだった。


 白石くんの右腕に紫垣さんが抱きついて、逆側には紅林さん。

 そして背中にべったり張り付く青海さんっていう、謎の合体生物かな? っていう感じ。


「これは……かなり悪くないわね……」


「ぐむ、しまった……! まさかの、そのポジションが正解だったと……!?」


「やー、玲奈先輩だから辿り着けた境地だよねー」


 あれ、歩きにくくないのかなぁ……?


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


「ちょっ……! 裁判長! 玲奈が、明らかに康平の香りを胸に取り込んでいます! 許されることじゃありません!」


「そんな痴女みたいなことすらわけないでしょ……まったく、痴女だからそんな発想に至るのよ……すぅ……はぁ……」


「うーん、これはウチ的にもギルティ?」


 あれ……? なんだろうな……。


 私の気のせいかもしれないけど、なんだか今までより……紫垣さんが、自然に溶け込んでるような?


 後輩だからなのか、今までは一歩引いたところにいたような気がするんだけど。

 今は、紅林さんや青海さんと対等に接してるように見えた。


 だとすれば、それは。


「つーか、真夏にこの密集度合いはクッソ暑いんだが……」


「ほら玲奈、孝平もこう言ってるじゃん」


「チッ……というか、それなら普通に貴女たちも離れなさいよ」


「やー、ウチは割と体温低めだから。むしろ冷やし役的な?」


「いや紫垣ちゃん、そんなわけ……あれ、ホントだなんか冷たい」


「少し気持ち良いわね……」


「まっ、実は保冷剤仕込んでるだけなんだけどねっ!」


「くっ、そこまでお気遣いが出来ているとは……!」


「なかなか用意周到ね……!」


 きっと……良いこと、なんだろうな。


 なんて、いつも何歩も引いちゃう私は思う。


「つーわけで、ウチだけはセーフじゃん?」


『反論の言葉が出てこない……!』


 ……それにしても。


「まっ、つってもここで時間切れだけど。こっからバスだよね?」


「オッケー、それじゃ改めて……」


「孝平くんの隣の席を賭けて……」


『勝負!』


 なんていうか……相変わらずだなー、って言葉しか出てこないよね……。


 ……だけど。


 こんな言い方は不思議で……もしかすると、不謹慎なのかもしれないけど。


 あの人たちは、これからもずっとあんな風に過ごしてそうだなぁって思う。

 それがあの人たちにとって一番自然な距離感で、当たり前の日常で。


 ……そうやっていつまでも変わらないでいてほしい、っていう私の願望もあるのかな?


 ふふっ……だって、なんだかんだで観察している分には楽し……。


「おっと、ちょうどいいところに金森ちゃん!」


「審判の人、今回もお願いするわ」


「よろシャース!」


「急にごめんね、金森さん。今、時間大丈夫?」


 うん、出来れば観察だけに留めさせてもらえないかなぁ!?







―――――――――――――――――――――

本作、これにて完結です。

最後まで読んでいただきました皆様、誠にありがとうございました!


なお、残念ながら本作書籍版2巻の刊行予定はございません。

沢山の応援をいただいたにも拘らず力及ばず、誠に申し訳ございません……!

また別の作品でも、どうぞよろしくお願い致します。


「面白かった」と思っていただけましたら、少し下のポイント欄「☆☆☆」の「★」を増やして評価いただけますと作者のモチベーションが更に向上致します。

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【書籍化】元カノと今カノが俺の愛を勝ち取ろうとしてくる。 ~ポンコツたちの大体やらかす恋愛頭脳戦(笑)~ はむばね @hamubane

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