番外編1

「やべぇ、疲れちまった」


「ゆーくんごめんね、病み上がりだしまだ早かったかな」


「いや、大丈夫。熱出てる時もシてたしな」


ベッドで2人、睦言を交わす。服を着ながらテーブルの上にある最後の一つの饅頭を手に取り口に放り込む。


「あー!ゆーくん!それ私も狙ってたのに!」


その様子を見ていた雪乃がムーっと俺を睨む。彼女は先ほど饅頭4個のうち2つをペロリと頬張っていたので、残りは俺の物だとばっかり思っていたが、そうでも無かったらしい。


「マジか、ごめん」


「まだ飲み込まないで」


雪乃は謝罪をする俺にするりと近づくと、俺の口へ向かって顔を近づける。


キスをされたかと思うと、口内に舌が侵入してくる。俺の口の中に残っていた、咀嚼によって擦り潰された饅頭の一部が彼女の口内に移動していく。


意図を理解してからは俺も饅頭の一部を送り込む手伝いをしていたとはいえ、とんでもなく器用な舌使いだった。


「おいし」


「……俺の唾液付きだぞ」


「秘伝のソースだね」


どんなに好きな人が相手でも、他人が咀嚼した食べ物を食べるのはかなりの苦行なはずなのだが、彼女はそんな様子を一切見せずに飲み込んでみせた。


これも俺への愛故なのだろうか、なんにせよ、悪い気はしなかった。


「ちょっと外出てくる」


「……こんな時間に?私も行くー!」


おー!と拳を突き上げて俺についてくる気満々の雪乃。もう日をまたいでいるのに元気なことだ。


ただ──


「……いや、来られると困る」


彼女がいると、


「は?」


「家で大人しく待っててくれ」


露骨に不快感を示す雪乃。ただ、彼女を連れていく事はできない。


「浮気なの?彼女とセックスした直後に浮気なの?」


「違うって」


「じゃあ連れて行けるよね?」


「いや、うーん……」


「連れて行けるよね?」


「……行けます」


渋々承諾。


ここまで詰められてもなお同行を拒否するのは流石に気が引けた。……というのは建前で、単純に雪乃の圧に負けた。


「肌寒いから着込んでいくぞ」


「はーい!」


=====


繁華街とは真反対の方向に進む。ただでさえ深夜帯という事もあって疎らだった人影は、5分も進むと0に等しくなっていた。さらにしばらく歩いて、目的地に到達する。


「……ここの公園?めちゃめちゃ広いね」


「あぁ」


俺が立ち止まった先には、寂れているものの広々とした公園。勾配が激しい斜面があり、標高が高くなるに連れて木々がより濃く生い茂っていくので、奥まで見通す事はできない。


「もうちょっと進むぞ」


その斜面を登るために石造りの階段を目指す。


「暗いし、なんか森って感じでちょっと怖いかも……」


「手でも繋ぐか?」


「……うん」


雪乃の手を取る。どちらが言うまでもなく、自然と恋人繋ぎになった。


「足元踏み外さないようにな」


ゆっくりと階段を登っていく。


辺りに微かに聞こえる虫の鳴き声。地を踏み締める足音。どちらも心地良い。


しばらく進むと階段の終わりが見える。残された階段が稼ぐ高さに俺たちの身長が勝ったまさったと同時に、徐々に視界が開けていく。


「……え、凄い」


雪乃の第一声は、純粋な感嘆だった。


俺達を待ち構えていたのは一本の巨大樹。その周りの、先ほどまで鬱陶しいほどに生い茂っていた木々は、まるでモーセの海割りのように両側に控えている。


月光は主役は君だと言わんばかりに巨大樹に注がれていた。


「あそこのベンチ行くか」


「うん」


腐りかけの木製ベンチに腰掛ける。普段ならベンチのボロさに文句の一つでも出そうだが、殊にこのアニメの中からそのまま飛び出してきたかのような空間には、このボロいベンチがむしろマッチしていた。


「ここ、凄いね。秘密基地みたい」


「昼間はここもガキンチョの領地だから、夜限定だけどな」


なんて軽口を叩きつつも、しばらく2人で巨大樹を見つめる。


会話は途切れたが、この沈黙が夜の幻想的な雰囲気と噛み合って心地がいい。


夜風に当たりながらふと上に広がる星空も見つめる。


最高に安らぐ空間がそこにはあった。


10分、15分ぐらい経っただろうか。ここが心地良すぎて、を忘れていたことに気付いた。


「すまん、一瞬席外す」


「やだ」


「どうしてさ」


「深夜に女の子を1人にさせるのは御法度だよ?」


「すぐそこに行くだけなんだけど、ダメか?」


「だーめ!」


雪乃は俺を離さないと言わんばかりに腕を掴んではなさい。


……今日は諦めるしかないな。残念だが、この空間を雪乃に共有できただけでも良いとしよう。


そんな事を思っていると、ツンツンと頬を突かれる。横を見ると、不安げに俺を見つめる雪乃と目が合った。


「ねぇ、どうしてさっきから1人になろうとするの?……私のこと嫌いになっちゃった?」


「そういうわけじゃない」


「じゃあ、どうして?」


きっと、変にはぐらかしても雪乃は納得しない。それにこのことを隠してても、いつかはバレる。


……正直に言うか。


「実はさ、雪乃と疎遠になってた頃に、吸い始めたんだ」


ポケットからの銘柄を雪乃に見せる。


「お前に煙を吸わせるわけにもいかねぇからさ、1人になれる時間を探してた」


「タバコ………もぅ!嫌われたかと思ったじゃん!」


「ごめんな。中々言い出せなくって」


プクっと頬を膨らませて怒りを表現する雪乃。そんな様子も愛おしくて、つい頭を撫でる。


雪乃は気持ちよさそうに目を細めて、逆に俺の手に頭を擦り付けてきた。


「ねぇねぇゆーくん」


「ん?」


「ゆーくんがタバコ吸うところ、近くで見てみたいなー」


「いやでも煙が──」


「今日だけ!」


「……うーん」


「お願い!」


「…‥わかった。今日だけな?」


彼女に可愛らしくお願いされたら、イチコロなのである。


「やった!」


無邪気に喜ぶ雪乃を背に、タバコに火をつけて口に咥える。ゆっくりと煙を吸って味わう。


「様になってねぇだろ?」


「ううん、かっこいいよ!」


全肯定彼女を持つのはいいことだ。自ずと自己肯定感が上がっていく。


しばらく俺がタバコを吸っているのを雪乃はまじまじと見つめてきた。


人にじっと見られて吸うタバコはあまり美味しく感じられなかったが、それはそれで乙であろう。


「ねぇねぇ」


俺の肩がツンツンと指で叩かれる。そちら側を向くと興味深そうにタバコを見つめる雪乃がいた。


「私にも一本吸わせてよ」


「やめとけ、良いことなんてない」


「えーいいじゃん!」


「肺やって早死にするぞ?」


「それはゆーくんもじゃん」


「……俺は良いんだよ」


「だめ、ゆーくんも早死にしちゃうなら、尚更私も吸わないと」


「どうしてだ?」


「だってゆーくんが先に死んじゃうなんて耐えられないから、私も肺悪くしてゆーくんよりも先に死ぬ!」


雪乃は至極真面目にそう言い放ってみせた。


「ふははっ!何言ってんのさ」 


早死にする為にタバコを吸うなんて聞いたことが無くて、思わず笑ってしまう。


「もう!本気だよ?」


不服そうに眉をハの字にさせる。そんな様子も可愛らしい。


「……わーったよ、一本だけな?」


本当に彼女に甘い男だ、俺は。


「やった!」


箱から一本取り出して雪乃に渡す。雪乃はマジマジとタバコを観察した後、ぎこちなく人差し指と中指の間にそれを挟んだ。


「どうやって吸うの?」


「……まあ、一気に煙を吸い込まないように、ゆっくり吸いな」


ライターで火を付けてやると、雪乃は恐る恐るタバコを咥えて息を吸う。


「ごほっごほっ、……うぇぇ、まずい」


案の定と言うべきか、一気に煙を吸いすぎてしまったらしく咳き込んでしまった。


「まあ最初は上手く吸えねぇもんだ」


「これの何が美味しいのー!」


「そう思えているうちに止めることが大事だ」


「でもゆーくんとお揃いがいいからこれからも吸う!」


「本当にやめとけ。悪い事は言わないから」


「じゃあゆーくんもタバコやめて」


「……中々厳しい提案だ」


「へぇ、自分も吸ってるのに人が吸うのには文句言うんだ。随分人に厳しく自分に甘いんだね」


「……すまん」


ド正論。何も言い返せない。自分は良くて他人はダメ、なんていうのは典型的なダブルスタンダードそのものである。


「嘘だよ。ゆーくんは優しい人だから、私の体のこと心配してくれてるんだよね」


でもね、と雪乃は続ける。


「私、ゆーくんの好きを知りたい。知った上でゆーくんの好きを試して、同じ気持ちを共有したい。だからタバコを吸うのも、その一環。……重いかな、私」


「重いかもな」


「……嫌?」


「嫌じゃない」


目と目が合う。そして、自然と唇同士が吸い寄せられる。


お互いが口に含んでいたタバコの臭いが混じり合って、鼻に抜けていく。それもまた、悪くなかった。


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軽薄ギャル彼女→激重清楚彼女 @qpwoei

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