激重清楚彼女
問い詰める前に、体にガタが来た。
目の前が真っ暗になったかと思うと、いつの間にか床に倒れていた。
「ゆーくん!大丈夫!?……うわ、すごい熱」
ゆーくんだなんて、付き合っていた頃にも呼ばれたことなかったな、なんて意味もないことを考える。
「とりあえずベッド行こうね」
雪乃に肩を借りるような形になりつつベッドへ向かう。体を拭いたり手を洗ったりしたいが、今はその気力すらない。
「ゆーくんはゆっくり休んで!家のことは全部やっておくから!」
言いたいことや聞きたいことか山程あったが、それは後にしよう。
俺は意識を手放した。
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瞼の奥に光が刺す。脳が情報を取り込むべく動き出す。体は未だ怠い。でも、さっきほどじゃない。
「あ!ゆーくん起きた!体調は大丈夫?」
ゆっくりと体を起こすと、雪乃がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「……おう、ぼちぼち」
「はい、これお水!お熱の時は汗で水分が失われてるからいっぱい飲んで!」
「……うん」
乾いた喉に水を流し込む。冷えた液体が体内に取り込まれたことで、寝ぼけていた意識が鮮明になる。
「ご飯はどうしよっか?お粥作ったからもしよかったら食べてみて!」
「……ありがとう」
「わ、背中の汗凄いね。お風呂入る?入るなら沸かすよ?」
「体拭くだけでいい……じゃなくて!」
「ん?どーしたの?」
「……そもそも、どうして俺の家にいるんだ」
色々ありすぎて何から聞いたらいいか分からなすぎるが、まずは一つ、なんとか言葉を絞り出す。
俺達の関係は確かに終わったはずだ。俺の家に彼女が居座っていい道理はない。
対する雪乃は、キョトンとした顔で俺を見る。
「合鍵使って家に入ってもおかしくないでしょ?私はゆーくんの彼女なんだから」
訂正。雪乃にとっては、まだ俺達の関係は終わりを迎えていなかったらしい。
「もう俺達の関係は誰がどう見たって終わってるだろうよ……って、うぉ!」
まずそこの意識を擦り合わせるために、俺の認識を伝えた途端、雪乃が動いた。
「なんでそんなこと言うの?」
俺の顔数センチ先まで雪乃が顔を寄せてくる。鼻腔をくすぐる甘い匂いが意識の埒外にいってしまうぐらいには、ゾッとするような目だった。
「……なんでも何も、雪乃がそれを望んだんだろうが」
彼女の異様な圧に怖気づきながらも、反論する。
「望んだことなんて、一度もないよ?」
「……束縛すんなって、友達との時間のほうが大事だって言ったのはお前だろうが」
そう俺が言うと、雪乃は痛いところを突かれたかのように視線を逸らす。
「そ、それは、違くて……」
絞り出された雪乃の声は、ひどく上擦っていて、露骨に動揺していているのが分かった。
「何が違うんだよ」
「……」
雪乃は無言で目を伏せる。先程の勢いは何処へやら。借りてきた猫のように大人しくなった。
「俺がどれだけ傷ついたか、分かってるのか?」
「……うん」
「俺を傷つけていると分かっていたのに、他の男とつるむのを止められなかったのか?」
「……」
「何とか言ったらどうなんだ」
「……ごめんなさい」
雪乃は観念したように頭を下げる。まさか雪乃から謝罪を受けると思わず、一瞬固まってしまう。一昔前の彼女だったら到底あり得ない行動だった。
「……謝るぐらいなら、するなよ」
俺がどれだけ雪乃の行動に苦しめられたのか、全部言い聞かせて糾弾するつもりだった。でも、あの傲慢不遜な彼女が謝罪をしたという事実に虚を突かれた俺は、小さな嫌味を言うことしかできなかった。
もうここで何を咎めたって仕方がない。後腐れ無く、将来ふと振り返ってみたらノスタルジックな気分になれるぐらいには、雪乃との思い出を美しいもので終わらせてもいいのかもしれない。
彼女からの初めての謝罪で少しだけ溜飲が下がった俺は、そんな風にふと思った。
だからもう何か言う事もなく、ここでキッパリ終わらせよう。
「……いや、いい。お前の気持ちは受け取った。円満に終わりにしよう。……俺と別れてくれ」
「嫌だ」
正式に別れを切り出すと、瞬きする暇もなくハッキリと拒絶された。
「この期に及んでそん──」
言葉は続かなかった。唇にしっとりとした余韻が残る。
「……おい」
風邪が移るぞ、なんてツッコミは言う前に飲み込んだ。
「私、間違ってた。失って初めて気づいた。私には君しかいなかった」
「……いるだろうが」
「いないよ」
「じゃあ、お前がサシで飲みにいったサークルの男、映画を2人で見にいった先輩、手を繋いで歩いてた後輩はなんなんだよ。ふざけんなよ。俺の気持ちを弄びやがって」
思わず感情的になってしまう。みっともないと思いつつも、ここだけは解せなかった。
対する雪乃はというと、動揺した様子は一切なく、優しげな笑みを落として俺に抱きついてきた。
いきなりのことで、振り払うことは出来なかった。
俺の胸に収まった雪乃は、ポツリポツリと話し始めた。
「……私さ。ちょっと前まで、軽薄で高圧的な態度を取るのが、誰にも媚びない、男を尻に敷く女って感じでカッコいいって勘違いしてたんだ。だから君を愛していたのに、君以外の男と仲良くして、悦に浸ってたの」
「でもそんな態度がゆーくんを傷つけてた。情けないよね。ダサいよね。最低だよね。ゆーくんが大学を休学したって聞いて、取り返しのつかない事をしてしまったって思った」
雪乃が俺を抱きしめる力が強くなる。
俺はきっとこの手を振り払う権利を有している。でも、それはしなかった。
「その後すぐにつるんでた男達と、その男達と絡んでるギャルの女達とも縁を切ったんだ。でもアイツらしつこく接してきたから、"もうお前らと同類じゃない"って示すために、それとゆーくんにドキドキしてもらうために、思い切って髪色もメイクも口調も変えたの。そうしたらすぐに絡みはなくなった。だからもう私が関わりあるのはゆーくんだけ」
彼女は俺が傷つく原因となった交友関係を全て精算したと言う。そこまで彼女が行動を起こしているだなんて露程にも思わなかった俺は、思わず動揺する。
「……いいのかよ」
「いいに決まってるじゃん。有象無象よりゆーくんが大切なのは当たり前なの」
ゾッとするほど冷たい声だった。彼女が本気なのは明白だった。
「あとね、ゆーくんを愛してるっていう証を残したいなって思って、彫ったんだ」
彫った。何のことだろうか。イマイチピンとこない。
「どういうことだ?……って、何して──!」
雪乃はスカート、そしてその下のパンツも脱ぐ。そしておもむろに股を開いて俺に見せてきた。反射的に顔を背けようとするが、その前に視界に入ってきたのは───
「……いや、マジかよ。……え?」
頭が、真っ白になった。エロ漫画でしか見たことのない光景が、そこにはあった。
「ちゃんと女の人にやってもらったから安心してね」
「……嘘だろ?」
動揺している俺に雪乃は近づき、耳元で囁く。
「もう私、文字通りゆーくん専用なんだ♡今までも、これからもこの体はゆーくんのものだけ♡」
「……いや、え?いや、まずいだろ。俺に捨てられたらとか、考えないのかよ」
「……捨てるの?」
「……え、いや」
「君の所有物だって証を刻んじゃうぐらい君のことを愛してる女の子のこと、捨てるの?君のことを世界で1番愛してる女の子のこと、捨てるの?」
動揺している俺をよそに、雪乃は俺の胸に耳を当てる。
「ゆーくんの心臓バクバクだね。熱のせいかな?それとも、私がゆーくんのものになって、興奮してくれてるのかな?」
おかしい。雪乃が切ってきたカードが強すぎて、形勢が逆転している。
「ゴミ箱見たらカップ麺ばっかり。最近はパチンコにもハマってたみたいだね。ぐーたらなゆーくんだ。だから体調崩しちゃうんだよ?」
「でも大丈夫。これからは私が料理作るし、お金も稼いできてあげる。私が何でもやってあげる。ゆーくんのために、ゆーくんだけに尽くしてあげる」
「だからさ、好きっていって。まだ私が恋人だって示して」
体が熱い。これは熱のせいか、雪乃のせいか。分からない。どっちでもいい。
御託を並べた所で、どうせ雪乃は数週間ぐらい経てばまた他の男とつるみ始める、そんな諦念が何処かにあった。
けれども、雪乃は一生消えない俺への愛の証を、プラトニックな付き合いをしない限り、男女関係を築く上で大事な場所に刻み込んだ。
無理矢理でもない限り、雪乃はもう俺以外の男と体を重ねる事はできない。
つまり、俺だけの女になった。
心が温かい、満たされていく。俺が求めていたのはこれだったんだと気づいた。
「ちなみに、ゆーくんに捨てられたら、私死ぬから。当たり前だよね。こんな体になってゆーくんに捨てられたら、もう私終わりだもん」
雪乃の目が俺をじっと捉える。他のものには興味が無いと言わんばかりに彼女の全てを見通すような黒目は俺を捕まえて離さない。
彼女の圧倒的な覚悟に、堕とされる。畳み掛けられる。
気づけば、俺は雪乃を押し倒していた。
雪乃の青みがかった黒髪が揺れる。頬を赤くしながらも、彼女は抵抗する様子を見せない。
「ゆーくん、私、彼氏以外の男とえっちしたくないなー」
そう悪戯っぽく微笑む。
「私の気持ち、尊重してくれるよね?」
俺はコクりと頷き、彼女の肢体に手をかけた。
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あとがき
本編はこれで終わりになると思います。誘惑混じりの重い愛で分からせられたのは彼氏の方でしたーっていうオチでした。
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