シロハナスノキ
ヨゾラは飛び降りた。
アルルの背中の、大きな背負い鞄の上から。
地面に足が全部つくなり弾けるように飛び出して駆ける。道の脇にだらだら広がる背の低い茂みの、その一株へと駆け寄って、背伸びをする。
紫に近い青色をした黒っぽい実、ころころした小さな実が枝の端々に寄り集まっている。ヨゾラは振り返ってアルルを呼んだ。
「ねえアルル! これ食べられるんじゃないかな!?」
背中に大きな鞄、右手にイチイの長い杖、暑さにはだけた襟から茶色い胸元が覗いている。
早く教えて欲しいのに、大荷物の魔法使いは走ってくれたりしないから、ヨゾラは少しやきもきする。
ようやくやってきた茶色い魔法使いがしゃがんで、ぺたんこの鼻と
「お、シロハナスノキだ」
「やった!」
思ってた通り、食べられるやつだった。
実のなっている枝を摘まんで、アルルはさらに一言くわえた。
「ずいぶん
「わせ?」
「他のより早い時期に実がなる木。草もか」
「へえ。これってあれだろ? 干すやつだろ? ジャムとかいうの作るやつだろ? 練り込んでビスケット焼くやつだろ?」
ヨゾラは鼻息荒くまくしたてる。アルルがにやっと笑ってぷちんとひと粒もいだ。
「そのやつ。これとか食べ頃だ」
ヨゾラは匂いを嗅いで、期待して口に含み、奥の牙で噛んだ。さくっとした歯ごたえ。
「あれ? 思ったほど甘くない」
「そうか?」
アルルも一粒、袖で拭って口に放り込む。
「あー、たしかに、あんましだな。こりゃジャム用だ」
「そうなの?」
「おう。甘くないのは……」
そこまで言って、茶色い魔法使いはおでこに手を当てて、指をぱたぱたと鳴らした。
「ちょっと持って帰ろう。ジャムを知りたいんだろ? ちょうどいい時期だ」
そして、鞄にくくりつけたジャケットを広げ、ポケットを裏返しては糸くずやら埃やらを吹き飛ばし、転がり出てきた銀貨をズボンのポケットにしまう。
そして掌を上向けてゆるく手を開くと、ふっと力を抜いてあたりの魔力を吸った。
シロハナスノキの枝を下から上になぞるように、アルルは広げた手をゆっくり滑らせる。指先から伸びる
枝を離れた青紫の実が宙をころんと転がってアルルの掌に収まり、そのままジャケットのポケットに仕舞われる。
「わ、わ!」
ヨゾラが緑の目を丸くするのに気を良くして、アルルは小さな収穫を続ける。
「そろそろ
「
「とびすぎ。砂糖の原料。それでさ、ジャム作るのにも砂糖を使うから」
「ちょうどいいのか」
感心したようにヨゾラが頷く。
ポケットの膨らんだジャケットを背負い鞄に被せ、ヨゾラを乗せてアルルは立ち上がった。
手からシロハナスノキの匂いがした。
「ヨゾラ、嗅いでみな?」
肩越し、鞄の上の相棒に嗅がせる。
「さっきの実の匂いする」
「夏の匂いだ」
「もう夏?」
「匂いだけな。じゃ、行くか」
わざと説明はしないでおいた。
あと二ヶ月もすれば、村の誰もが手からこの匂いをさせる。その時にこの黒猫がどういう顔をするのか楽しみだ。
遠くに細く薄い煙が昇っているのが見えた。
「ヨゾラ、あの煙がララカウァラだ」
「煙でわかるの?」
「経験でわかるの」
──おう見ろアル坊、あの煙がララカウァラだ。
一ヶ月ぶりの故郷へ向け、なかなかに重たい荷物と、ちょっとしたお土産を背負って、青年はまた一歩を継いだ。
アルル、ごはんを食べよう 帆多 丁 @T_Jota
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