シロハナスノキ

 ヨゾラは飛び降りた。

 アルルの背中の、大きな背負い鞄の上から。


 地面に足が全部つくなり弾けるように飛び出して駆ける。道の脇にだらだら広がる背の低い茂みの、その一株へと駆け寄って、背伸びをする。

 紫に近い青色をした黒っぽい実、ころころした小さな実が枝の端々に寄り集まっている。ヨゾラは振り返ってアルルを呼んだ。


「ねえアルル! これ食べられるんじゃないかな!?」


 五月マイゥも半ばを過ぎて晴れ間の覗いた真っ昼間、ジャケットも脱いでシャツ一枚のアルルがずんずんと近寄ってくる。

 背中に大きな鞄、右手にイチイの長い杖、暑さにはだけた襟から茶色い胸元が覗いている。

 早く教えて欲しいのに、大荷物の魔法使いは走ってくれたりしないから、ヨゾラは少しやきもきする。

 ようやくやってきた茶色い魔法使いがしゃがんで、ぺたんこの鼻と黒々くろぐろした目がよく見える。

「お、シロハナスノキだ」

「やった!」

 思ってた通り、食べられるやつだった。

 実のなっている枝を摘まんで、アルルはさらに一言くわえた。

「ずいぶん早生わせだよ、よく気がついたな」

「わせ?」

「他のより早い時期に実がなる木。草もか」 

「へえ。これってあれだろ? 干すやつだろ? ジャムとかいうの作るやつだろ? 練り込んでビスケット焼くやつだろ?」

 ヨゾラは鼻息荒くまくしたてる。アルルがにやっと笑ってとひと粒もいだ。

「その。これとか食べ頃だ」

 ヨゾラは匂いを嗅いで、期待して口に含み、奥の牙で噛んだ。さくっとした歯ごたえ。

「あれ? 思ったほど甘くない」

「そうか?」

 アルルも一粒、袖で拭って口に放り込む。

「あー、たしかに、あんましだな。こりゃジャム用だ」

「そうなの?」

「おう。甘くないのは……」

 そこまで言って、茶色い魔法使いはおでこに手を当てて、指をぱたぱたと鳴らした。

「ちょっと持って帰ろう。ジャムを知りたいんだろ? ちょうどいい時期だ」

 そして、鞄にくくりつけたジャケットを広げ、ポケットを裏返しては糸くずやら埃やらを吹き飛ばし、転がり出てきた銀貨をズボンのポケットにしまう。

 そして掌を上向けてゆるく手を開くと、ふっと力を抜いてあたりの魔力を吸った。




 シロハナスノキの枝を下から上になぞるように、アルルは広げた手をゆっくり滑らせる。指先から伸びる魔法フィジコの力場が、ぷちぷちと実だけをこそぎとる。

 枝を離れた青紫の実が宙をころんと転がってアルルの掌に収まり、そのままジャケットのポケットに仕舞われる。

「わ、わ!」

 ヨゾラが緑の目を丸くするのに気を良くして、アルルは小さな収穫を続ける。

「そろそろあまかぶらも刈り入れ時なんだ」

金平糖コンフェイトの材料!」

「とびすぎ。砂糖の原料。それでさ、ジャム作るのにも砂糖を使うから」

「ちょうどいいのか」

 感心したようにヨゾラが頷く。


 ポケットの膨らんだジャケットを背負い鞄に被せ、ヨゾラを乗せてアルルは立ち上がった。

 手からシロハナスノキの匂いがした。

「ヨゾラ、嗅いでみな?」

 肩越し、鞄の上の相棒に嗅がせる。

「さっきの実の匂いする」

「夏の匂いだ」

「もう夏?」

「匂いだけな。じゃ、行くか」


 わざと説明はしないでおいた。

 あと二ヶ月もすれば、村の誰もが手からこの匂いをさせる。その時にこの黒猫がどういう顔をするのか楽しみだ。


 遠くに細く薄い煙が昇っているのが見えた。


「ヨゾラ、あの煙がララカウァラだ」

「煙でわかるの?」

「経験でわかるの」


 ──おう見ろアル坊、あの煙がララカウァラだ。


 一ヶ月ぶりの故郷へ向け、なかなかに重たい荷物と、ちょっとしたお土産を背負って、青年はまた一歩を継いだ。

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アルル、ごはんを食べよう 帆多 丁 @T_Jota

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