第6章 ②『あの時の願い』
「およ、幸介じゃないか」
待ち合わせ場所へ向かう途中に、白木屋の姿を見つけた。あちらも俺を見つけたようで、こちらに寄ってきて声をかけてきた。
「白木屋か、何してんだ?」
商店街にはこれといった施設はない。暇をつぶすならどこか別の場所に行ったほうがいいだろうけど、こいつはどうしてこんなところに一人でいるんだ? そう思ったが、白木屋はふふんと自慢げに鼻を鳴らす。
「まあ、いろいろあってな。俺のことはいいじゃないか。お前はあれだろ、これから
デートだろう?」
「なんで知ってんだよ?」
こいつ俺のこと知りすぎだろ気持ち悪いな。その情報はどこから入ってくるのかと疑問に思うけれど、意外と周り見てるからなーこいつ。どっかでバレたんだろうな。
「単純な話さ。さっきえらく機嫌のいい桐島を見た。デートかって聞いたら、そそそそそんなんじゃないわよう! って分かりやすく否定してきたもんだから、ああそうなのかって思ったわけさ」
単純に桐島のせいだった。
その時の光景を思い出してか、白木屋はくくくっと含み笑いを見せる。いったいどんな姿だったんだよ。
「いやあ、それはもうあからさまにテンション高かったぜ。鼻歌とか歌っちゃってさ」
「そうなんか……」
あいつ、そんなに楽しみにしてたのか。俺だって楽しみにしていたけれど、相手も同じ気持ちだっていうのは、嬉しいものだな。そんな俺の顔を見て、白木屋はまたにやにやと笑う。
「なんだよ? にやにやしやがって気持ち悪い」
「いやいや、お前もちょっとは自分の気持ちに正直になったなと思ってさ」
物知り顔で満足げな頷きを見せる白木屋だが、こいつはどうしてこう的確にイラッとする仕草が出来るんだろうな。
「自分がどうするか、決めたのか?」
「ああ、まあ……どうなんだろ」
「桐島の気持ちはもう分かってんだろ?」
桐島の気持ちは、まあ分からないでもない。いつから俺のことを思っていたのかは分からないけれど、確かな好意を寄せられていると気づいたのは最近だ。
「お前があまりにもバカだから、あいつも痺れを切らせたんだろ」
白い歯を見せながら、ニカッと笑った白木屋は、バンバンと俺の背中を叩いてくる。
「まああれだ、健闘を祈ってるぜ。男を見せてこい! ちゃんと結果報告しろよな、親友」
それだけ言うと、じゃあなと言って白木屋は行ってしまった。結局あいつはここで何をしていたのだろうか。昨日の機嫌の悪さはどこかへ行ってしまい、ずいぶんと上機嫌だったけど。
何かいいことでもあったのかな。
「……まあ、クリスマスだしな」
商店街はクリスマスということもあって、イルミネーションの装飾がされているが生憎昼間なので点灯はしていない。夜になると綺麗に光るのだろうが、他の施設に比べればまあしょぼいところは仕方ない。
冬休みに入り、いつもに比べて人の通りも多い。そんな中を駆けていく。
白木屋が言っていた、少し前に上機嫌の桐島を見たと。ということは、桐島は既にここを通って待ち合わせの場所へと向かっている可能性が高い。これでも早めに到着するように家を出たつもりなのだが、それは桐島も同じだったか。それを考慮してさらに早く出るべきだったか。それもう分かんねえな。
女子をあまり待たせても良くないので、さらに足を回す。
家族連れやカップル、兄妹や友達同士といろんなタイプの人々が商店街の中を歩く。クリスマスということもあって、店も呼び込みに気合いが入っている。元気のいい男の人やセクシーな女性の中、一人気になるものが視界の中に入ってくる。
クリスマスなので珍しくもないのだけれど、一際目立つ存在だったのは、きっとその人の外見があまりにも日本人離れしていたからだろう。
赤い服に白いもこもこのラインが入ったサンタ服。上は長袖で下はミニスカート、そこから伸びる太ももはマシュマロのように柔らかそうで、肌は雪のように白く綺麗だ。そして冷たい風に靡く銀色の髪は毛先にウェーブがかかっており、頭にある緑のリボンが印象的だ。背丈は決して大きくはなく、目は大きくまつ毛は長い。小さな鼻にさくら色の唇。雰囲気が日本人には思えないので、恐らくはどこか外国の人なのだろう。
だから、何となくだけど視線が留まる。
なんてことを考えながら、そのサンタ服の少女を眺めていると、彼女はこちらに気づいてハッとした顔をする。たたたっと俺の方へ駆け寄ってくるその少女を見て、俺は思わず逃げ出そうかと考えてしまう。
やばい、じろじろ見ていたのがバレて怒りにきたのかもしれない。
目の前までやって来たサンタ服の少女は俺の顔をじっと見つめてきた。綺麗なルビーの瞳だった。見つめていると、そのまま吸い込まれてしまうのではないかと錯覚してしまうような深く澄んだ瞳。
「えっと……」
何を言うべきか、そんなことを考えて言葉に詰まる。そんな俺を見て、サンタ服の少女はにこっと笑う。俺の心などお見通しと言わんばかりの顔だった。
「きみがあまりにも情熱的な視線をわたしに向けているものだから、これはもうサンタさんとして、サービスしに行くしかないと思ったわけですよ」
何も聞いていないというのに、サンタ服の少女はそんなことを言ってにんまりと笑みを浮かべた。俺のことをからかうような、歳上の余裕にも見える表情だった。
「そんな視線向けてねえっつーの」
心外だ。情熱的な視線なんて向けていない。ただまあ、少しだけですが良い足をしているなあとか、そんなことを思った程度で、それが情熱的かと言われればそんなことはなく、あくまで冷静な視線であったことは証明したい。
「そうだね、ただ太ももが好きなだけなんだよね」
「なっ!?」
こいつエスパーかよ! 俺が太ももフェチだと言うことを知っているとはさすがじゃないか。そんなにまじまじ見ていたのだろうか。そんなことを思いながら内心焦っていると、サンタ服の少女は持っていたカゴの中から何かを取り出す。
俺がそれを見て、頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げると、サンタ服の少女はにこりと笑って、それを俺に差し出してきた。
「はい、サンタさんからのプレゼントだよっ」
そう言って、ポケットティッシュを渡してきた。俺はそれを受け取る。
ぼーっとポケットティッシュを眺める俺を見て、サンタ服の少女は首を傾げた。いや、もしかすると仕草ではなく、自然と緩んでしまった口元を見られたのかもしれない。
俺も自分でも気づかなかった、笑みを浮かべていたことを。
まずは何を話そうか、どう言ってやろうか、そんなことをぐるぐると考えるが、そうだった、俺は今急いでいる最中だ。これが最後というわけではない、またすぐに会えるのだ。とりあえず一言だけ、言っておくべきことがある。
「ありがとう、サンタクロース」
どうやら、俺があの時願ったことは、叶っていたらしい。
誰がためにベルは鳴る。 白玉ぜんざい @hu__go
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