第6章 そして。
第6章 ①『クリスマス』
一二月二五日、本日は全国一斉クリスマス。
「こーすけ。今日はデートの日じゃないの?」
ドンドンと扉を叩く音がして、俺は目を覚ます。まず視界に入ってきたのは見慣れた天井、頭が働くまで少しの時間がかかった。そして、それが自分の部屋であることを理解する。
「デートの日に遅刻するとか、菜々子さんかわいそうだよ?」
「遅刻は、しねえと思うけど……」
昼過ぎの集合なので、時間は十分にある。いや、一一時を過ぎているので十分というのは過剰表現か。ゆっくり行っても間に合いはするだろうけれど。
「さっさと着替えなよ」
言って、聖は部屋から出ていく。
何だか、えらく機嫌がいいように見えたけど、何かあったのかと思ったが、今日はクリスマスだしテンション上がってるのも無理はないか。
いつもの癖で、タンスから適当に服を取り出して着ていると、ああそうだ違うんだと、仕事を始めた脳が俺に信号を送る。白木屋のプロデュースで購入した服を着ていくんだった。せっかく買ったわけだし、着ないと勿体無いしな。
ジーンズに上はティーシャツにカーディガン、その上から羽織る用のコートを持って一階に降りる。
ゆっくりと階段を降りていると、下から何か会話が聞こえる。聖が誰か友達でも呼んでいるのだろうか。それは中々に珍しいことだ。かつてあいつが家に友達を連れてきたことがあっただろうかいやない。
そんなどことなく微笑ましい光景を思い浮かべながらリビングへと向かう。良いお兄ちゃんであることをアピールしなくては、爽やかな笑みで入場しよう。
「おはよう」
扉を開けてリビングに入る。
「何を気持ち悪い顔しとるんだお前は」
は?
リビングに入り、目の前に突然現れたのは聖の友達らしき女子中学生ではなく、ただただオッサンの顔だった。
「何してんだよ、親父」
ここにいるはずのない親父の顔が突然目の前に現れて、俺は思わず低い声を出す。女子中学生だと思ったらオッサンだし、テンションはもうだだ下がりだ。
「こら幸介。起きたらまずはおはようでしょ?」
「いや、俺言ったけどな最初に」
こたつの中に入り、ずずずとお茶を飲む母さんが、穏やかな声でそんなことを言う。その横には聖がいて、ぴったりとくっついている。それはまるで磁石のように。
「なんで母さん達が?」
「なんだ俺達が帰ってきたらまずいのか? ははん分かったぞ、さてはお前成績良くなかったな? 母さんに怒られるのが嫌だったんだろ」
「ちげえよ。単純な疑問だろ。クリスマスは帰ってこれないって言ってたじゃん」
確かに、そんな連絡があった。そのせいで聖は家から飛び出したし、いろいろと苦労させられたのだ。なのにけろっと帰ってきやがって。あの時の頑張りを返して欲しいぜ。
「お父さんの仕事が早く終わったのよ。というよりは、案件が先送りになったんだっけ? 本来起こるはずないようなことがあってね、帰ってこれたの。あれは奇跡よ」
「奇跡……ねえ」
まあ、何にせよ帰ってこれたのはいいことだな。聖があれだけ嬉しそうなんだ、だったらそれでいいじゃないか。
「それはそうと幸介。成績の話だけど……」
「今日はこれから予定があるから帰ってきてからな!」
その場しのぎであろうと、何とかこの場を切り抜けよう。奇跡でも起きない限り俺が怒られることは避けられない。ならばそれを出来るだけ引き伸ばす。後の祭りより目先の幸せ。
「そんなこと許しませんよ」
「まあまあお母さん、こーすけはこれからデートなんだから、それくらい許してあげてよ」
まるで猫のように、母さんにべったりの聖が、間の抜けた声で庇ってくれたおかげで俺は何とかその場を凌ぎきった。ナイスアシストだ聖。
ここにいると何言われるか分からないし、母さんの目が緩まった今のうちにさっさと出ていくとしよう。キッチンにあったパンを口に加えて、そのままリビングを出ようとした時だった。
親父がフンと鼻を鳴らす。
「女とデートとは、大したご身分だな」
「ちょっと見ない間に、いい男になったのかしらね。これは紹介してもらえる日もそう遠くはないかもしれないわね、お父さん」
「菜々子さんは良い人だよ」
それぞれが好きに言う。聖といい、そういう話には食いついてくるんだな。
「今日は晩飯もいらないから」
どうなるかは分からないけど、念のために言っておく。最悪一人で何か食べて帰って来ればいいしな。聖には母さんもいるから、今日は心配いらないし。
「遅くはなるなよ」
俺の方は見ずに、テレビの方に視線を向けたまま、親父がぶっきらぼうに言ってくる。おう、と軽く手を挙げて返事をして俺はリビングを出た。
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