踏み出す一歩

 突然現れた幽霊少女に驚愕し固まっている僕を他所に、彼女は話を続けた。


「私はね、昔虐められてたところをかーくんに助けてもらったの!かーくんは覚えてないかもだけど、私はずっと覚えてたよ!生前は何もできなかったけど……それでね、私……かーくんに恩返しがしたいんだ!」


「恩……返し?いやいや、僕はそんな大層なことしてないので大丈夫です!なので安心して成仏してください」


 正直怖い。確かに彼女とは会った事がある。恐らく言ってることは本当なんだろう。だがそんなことどうでもいいくらいとにかく怖い。何故って幽霊だからだ。大切な人ならいざ知らず、正直あまり記憶にない人に憑かれるのは恐怖でしかない。


 僕は彼女に成仏して貰おうと、何度か説得を試みるが、意外にも彼女の意思は固い。死んでからも恩返しに来る、いじめから助けた程度でそこまで恩義に感じるものだろうか?


「と・に・か・く!私はかーくんに恩を返すまで成仏しないからね!それが出来るまで、何百年だって居付くから」


 こうして、物理的に追い出すことのできない同居人ができた。


 翌日学校にて、この日はテストだ。生憎昨日は勉強が出来なかった。その為不安しかない。因みにその彼女だが、現在僕の背後でプカプカ浮いている。


「へぇ〜、ここがかーくんの通う学校か〜!ちょっと古臭いね」


 ……このまま喋り続けられては、ただでさえ自信のないテストがより悲惨なものになってしまう。


「……あの、ちょっと静かにーー」


 僕が小声で注意しようとした時、前方から声をかけられた。


「ーーおはよう有馬くん!誰と話してるの?」


 それは僕が密かに思いを寄せている渡辺さんだった。


「えっ、あ……おはようございます。べ、別に誰とも話してないですよ。ーーあっ、そう言えば部活の紙、書いてくるの忘れました……すいません」


「ううん、大丈夫だよ。テスト期間中に出してれればいいから。……それより、今日どうしたの?いつもだったらクラスで一番にくるのに」


 僕はいつも一番早く登校し、花瓶の水を取り替えるのが日課だ。別に花が好きでやっているだけなので苦では全くない。しかし今日は背後にいる幽霊少女のせいで寝るのが遅くなったのだ。そのせいで水の入れ替えが出来なかった。……しかし何で知っているのだろう?


「今日はちょっと寝坊してしまいまして……」


「そうなんだね、あっ、確かにテスト前日だしね。ってことは有馬くん結構自信ある?」


「い、いえいえ!寧ろないくらいです!」


「……そうなんだ。ーーあのさ、テスト終わったら一緒に答え合わせしようよ!」


「え、あ、はい」


 突然のことについ反射的に頷いてしまった。


「よかった!じゃぁもう時間だし戻るね!お互い頑張ろ!」


 こうして僕は予期せぬままに好きな子と約束を取り付けた。……これは、幽霊少女この子のおかげ、なのかな?


「……なるほどね。これは恩返しになりそうだね……!」


 彼女が何やら呟いていたが、うまく聞き取れなかった。


 テストが始まると、案の定躓いた。全然分からない。このままでは渡辺さんに気まずい思いをさせてしまう。


「ーーそこ、この公式を使うんだよ」


 前方から声がする。かと言って前席の人の訳がない。その声はーー幽霊彼女だった。


 そして実際にその公式に当てはめてみると、本当に解けた。その後も僕が躓く度に解き方を教えてくれるので、テストはすいすい進んだ。卑怯だと思い、耳を塞いだり口を塞ごうとしたが、幽霊なので意味がない。結局テストに「やめて」と書くことで止まってくれた。やはり悪意ではなかった様だ。


 後々話を聞いてみると、どうやら彼女は東京にあるとても偏差値の高い高校に通っていた様だ。どうりで簡単そうに問題を解いていた訳だ。


 そして数日後、テストも終わり、ついに渡辺さんとの答え合わせの時間がやってきた。場所は図書室、空の色が少しずつ変わっている。


「ーーじゃあ始めよっか!」


「は、はい」


「……有馬くんさ、私に対してタメ口でいいんだよ?同級生なんだし。そんな畏られちゃうと、距離がある様で嫌だな……」


 まただ、少し寂しそうな表情をしている。もしかしてあの時も僕に距離を置かれたと思ってあんな表情をしててのかな?


「ーーねぇかーくん、この子にもうちょっと詰めてあげて。あ、精神的にね。多分この子もそれを望んでるから」


 彼女は戯けた様な喋り方ではなく、まるで本当に願っている様にその言葉を呟いた。渡辺さんがそう望んでいる……本当かどうか分からないけど、少なくとも今現時点で僕がこんな顔をさせてしまっているのは事実だ。


「……じゃあ、始めましょーー始め、ようか?」


「ーー!……うん!」


 こうして僕たちは答え合わせを続ける。タメ口で話始めたことが影響しているのか、僕は以前より渡辺さんと普通に話せる様になっていた。途中途中談笑も交えて話している。今日この放課後まで考えてもいなかったことだ。


 その後しばらく時間が過ぎた頃、渡辺さんの消ゴムが足元に落ちた。いや、これは渡辺さん視点だ。僕からは落とされた様に見えている。


 僕はすぐに机の下に潜り、消しゴムを拾った。背後で「そこは一緒に拾って手が当たるとこでしょ!」という声が聞こえたのは気のせいだろう。そして拾った消しゴムを渡辺さんの側にそっと置いた。どうやら落ちたことに気付いていなかった様だったので、わざわざ教えるのは恩着せがましいと思ったからだ。


「有馬くんどうかしーーあ、消ゴム……」


 バレてしまった。まぁ机に潜り込んだのだから気付くか。


「……ふふっ!やっぱり有馬くんって優しいね」


「……流石に落ちたとこみたら誰だって拾うと思うよ」


「そんなことはないと思うよ?拾ってくれない人なんていっぱいいる。それに拾っても大体「拾ったよ」ってアピールするでしょ?でも今有馬くんは何も言わずそっと拾ってくれて……気づかれないのに良いことをすぐに出来るのって、やっぱり優しいと思うよ!」


 僕は気付いてくれたことに一瞬泣きそうななった。だが何とか堪える。


 好きな子と一緒に答え合わせをしてタメ口で談笑し、気づかれようと思ってなかった事を気付いてもらえる。僕は今幸せだ。これも幽霊少女彼女のお陰だ。


 しかしこの関係はいつまで続けられるのだろう?この部屋を出たら終わってしまうのではないか?そんな恐怖にも似た不安が僕の心を侵食してきた。その時ーー


「ーー大丈夫、あなたの優しさは、あの子に伝わってるよ」


 彼女の言葉が僕の心に水を差した様に広がっていく。今勇気を出せば……だけどそんな勇気僕に出るのだろうか?そうだ!彼女に頼んで代わりにーー


 そう思い振り返った僕が見た彼女の表情は、凛として、そして僕の浅はかな願いを真正面から拒絶する様に見えた。


 ーーテストの時もそうだった。彼女は解き方は教えてくれた。だが、答えは一度足りとも教えなかった。それが彼女なりの恩返しなのだろう。肉を与えるのではなく取り方を教える。一見突き放した様に見えるが、今の僕にはそれがすごく嬉しかった。


「有馬くん……?どうかした?」


「…………渡辺さん」


「どうしたの?」


「………………好きです。あなたがずっと好きでした」


 ーー言った。もしかしたらもう戻れないかもしれない。だけど、僕は勇気を出そうと思った。そして出した。そのお陰か、これで振られても何とかまた歩き出せる気がする。


「ーー有馬くん」


「……はい」


 俺は顔をあげた。そして渡辺さんを見た時、ひどく驚いた。


「渡辺さん……何で泣いて……?」


「あっ……ごめんね!有馬くんが私と同じだったんだなって思ったら、急に……有馬くんーー私も、優しいあなたがずっと……好きでした……!」


 ……良かった、勇気を出して。この喜び、そして感謝を伝えたくて振り返ると、もうそこに彼女はいなかった。



「ありがとうーーちぃちゃん」


 恩美めぐみ千愛ちあ。僕の、恩人の名だ。



























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死後の恩返し 依澄つきみ @juukihuji426

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