死後の恩返し

依澄つきみ

恩返しに来ました

 ――日本昔話の一つに、『鶴の恩返し』という物語が存在する。


 簡単に説明すると、罠にかかった鶴を助けたお爺さんの家に、人間に化けた鶴がやってきて恩を返しに来る。そしてお爺さんに正体がバレた瞬間出て行った――という話だ。


 有馬ありま奏多かなた16歳、高校一年生。僕は昔からこの話には言いたいことがあった。それは何か?


 鶴が恩なんて返しにくるか?何故人になれる?なんて人の言葉が喋れる?何故反物の織り方なんて知ってる?――なんてことはどうでもいい。そんなのフィクションだって理解している。


 では僕が言いたいのは何か?それは正体がバレた瞬間に出て行く、という点だ。仮に正体がバレた瞬間、お爺さんが鶴を糾弾していたのであれば理解できる。もしくはそういった魔法なりなんなりで制約があった、なら理解できる。


 しかしこの2つの要素は本編中にて存在しない。であればだ、僕はこの鶴に対して疑念を覚える。命を救ってもらい、それを恩義に感じているにも関わらず、自分の正体がバレたという理由だけで鶴は帰ったのだ。恩返しを途中放棄したとも言える。


 僕だったら最後までやり切る。バレたら終了ではなく、せめて自分が満足できるまではやり続けるだろう。そもそも中途半端に止める予定の恩返しなんて最初からやらなければいい。そうすれば助けた方だってすぐに忘れるのだ。


 結論――僕は鶴が嫌いだ。



 ――――――――――――――――――――



 僕は昔東京に住んでいた。その頃の僕はそれなりに正義感の強い男で、虐めなんかがあったらそこに飛び込み、救っていた……少なくともつもりだ。そのせいで敵も多かったが、後悔などはなかった。


 そして小学5年生の頃、父親の仕事の都合で石川に引っ越すことになった。別れは寂しかったが同時に出会いにワクワクしていたと思う。


 そういえばあの時仲良くなった女の子……いつかまた会おうねって約束したけど、あれからどうしているのだろうか?元気かな?


 そんな僕は引っ越してきた後、虐めにあってしまった。理由は本当に下らない、いじめられっ子を庇ったからだ。たったそれだけのことで僕は同級生ほぼ全員から虐められた。


 それは今も続いている。全生徒、というほどではないが、先生も手を焼いている不良達にカモにされている。今日も呼び出しがあったところだ。3万円を渡さなければいけない。やられすぎて反抗の意思すらもう失せた。


 今は窓にしがみつく桜の残骸すら鬱陶しい。


「――くん?有馬くん!」


「――へっ?あ、僕?……どうしたんですか渡辺わたなべさん?」


 急に呼びかけられ顔を上げた時、目の前にいたのはクラス委員長の渡辺りんだった。誰にでも優しくてしっかり者の彼女に、僕は密かに想いを寄せている。まぁ叶うことなどないのだが。


「部活動何するか決めた?この学校全員強制入部だからさ、何かしら入っとかないとダメなの。有馬くんまだ入部届出してないんだよね?」


「えっ?……あ、そっか、忘れてた。どうしよう」


 僕が考えあぐねていると、渡辺さんから耳を疑う言葉を投げかけられた。


「……ねぇ、よかったら一緒に見学行く?」


「………………ん?僕と?何で?」


 理解できなかった。彼女は部活を決めているはずだ、であれば僕を誘う必要なんてない。――そっか、これは優しさだ。彼女は優しい、だから僕に気を使ってこんな提案をしてくれているのだ。良かった、迷惑かける前に気づくことができて。


「ありがとう渡辺さん。すごい嬉しい。だけど大丈夫、僕は1人で決められるよ」


「あ、……そっか、そうだよね。ごめんね!じゃあ今週中に提出お願いできる?」


「うん。必ず出すよ」


 こうして去っていく渡辺さんは、何故か少し寂しそうに見えた。十中八九僕の勘違いだが。


 そして時間は過ぎ放課後、まだ明るい屋外、僕は呼び出されていた校舎裏に足を運ぶ。そこにはタバコを吸いながら談笑をする不良達の姿。


「――おっ、ちゃんと来たな!んじゃあほら、さっさと金出せ!」


 僕に近づき手を差し出す不良。ヤニ臭い。情けない。惨めだ。腹が立つ。だが、歯向かう意志など、とうに砕けた。


 財布からさ3万円を取り出し、それを彼の手元に置く――その瞬間、僕の意識は深淵へと落ちていく。




 そしてすぐに目を覚ました。時間にしておそらく1分も経っていないだろう。なのに、それなのに……僕の目に映った色は青ではなく橙だった。


 しかもそれよりも驚くべき事実は、僕の足元に不良達が倒れていることだ。しかも全員完全に伸びている。


「……は?なに……これ?……僕がやったのか?いやでもそんな強くないし……えっ?」


 僕は訳が分からないままこの場から逃げてしまった。疑われるのが嫌だ、というよりも、意味が分からず怖かったからだ。


 大慌てで家に帰る。もはや今かいている汗が恐怖によるものなのか、急いでいるからなのかは分からない。


 帰路に着き玄関を開ける。食欲がない。


「……ただいま」


「あら、お帰りなさい。早かったのね」


「うん。あの、今日晩ご飯いらないや、あんまり食欲なくて」


「そうなの?大丈夫?おかゆとか作ろうか?」


「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」


 僕は自室に入る。そしてベッドに潜り込んだ。その状態で鞄を漁り、財布を見る。すると、不良の手に置いたはずの3万円がしっかりと入っていた。


「……やっぱり、僕がやったのか?」


 苦悶と不安、焦りと動揺などの感情を混ぜ合わせた表情で天井を見上げる。何も見たくないと言わんばかりに目を閉じたその時――1人の女の子の声がした。


「――やっと会えたね!こーくん!」


 突如聞こえたその声に、僕は聞き覚えがない。そもそもなんで僕の部屋にいるんだ?誰だ?どこだ?――いや、少なくともどこだ?という疑問には自分で答えることができる。だが認めたくないのだ。何故って?だって――天井から聞こえてくるのだ。


 僕は恐怖で目を開けられない。開けたらもう後戻りできない気がして。そして見知らぬ声の主はさらに僕には近づいてきた。


「あれ?こーくん寝てるのかな?さっきまで起きてたのに。まぁいっか、起こすのもかわいそうだしね。!」


 この一言で僕は悟った。今目を開けなければら僕の人生は進めないのだと。


 意を決し、薄らと目を開ける。幻聴でありますように。そう願いながら。――しかし、その願いはやはり無意味なものだった。


「あっ!こーくん起きた!おはよう!」


 僕の眼前に映ったもの、それは長い黒髪を携え制服を着ている1人の少女。そして他と違うことといえば――まるで天井から吊るしたかのようにぷかぷかと浮いていること、そして薄らと彼女越しに僕の部屋の天井が見えているということだ。


「………………え?」


 困惑すら僕。そんな僕に彼女は胸に胸に手を当て優しく微笑んだ。


「――こんにちは。私は、あの時助けてもらった少女です!」


 すべて、僕の目に映るすべての出来事が……僕の許容範囲外だ。










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