第41話 名前の欠片
皇選の終わりから、数日後。
幾多の激戦を乗り越えたリューリは、何も変わらない大庭園の日常に戻っていた。シオとマリアと共に。『次期子皇』、という念願の栄光な権利を手にして。
「マリアは、リューリの側付きにはならないんだ?」
「これからぶっ倒そうとしている奴の側付きなんてごめんだっての。私は私のやり方でリューリを、いえ、あんたたち二人を越えてみせる。それだけだから」
「あはは、辛辣な言い方が胸に刺さるよ……」
お互いに本音を言い合える仲にまで発展した親友たちと共に、今日も早理教室へと向かって、大庭園の廊下を歩いていた時のこと。
リューリは、ふと何かが頭に引っ掛かって、歩みを止める。
「にひひっ、流石はマリア~。相変わらず面白いねぇ。最初からそういうとこバンバン出してけば良かったのに、どうして隠しておいたのかなぁ?」
「ちょっと待って……あんた、いつから……?」
「とっくの昔からだよ~、もう水臭いなぁ……って、リューリ?」
「……あ、えっと……ご、ごめん!二人とも先に行ってて!」
二人に謝ってから、彼女は早理教室とは反対方向に走り出す。
何故、なのかは分からない……ただ、不思議と、このままではいけない、という使命感みたいなモノに突き動かされて……気付けば、息を切らして……つい先程、隣をすれ違った人物の後を追っていた。
「はぁっ、はぁ……っ!あ、あの、すみません!ちょっと、いいですか……?」
見覚えのない人物にいきなり声を掛けるのは、少し躊躇われたが……その時ばかりは、何の抵抗も感じなかった。
「……うぇっ!?リュ、リューリさん!?じ、次期子皇のリューリさんが、俺みたいな奴に何の用で……ハッ!もしかして、俺、なんか失礼なことでもしちゃった……!?」
呼び掛けられた男子学生は振り返ってリューリを見るなり、おどけた様子で動揺し始めた。
その顔も、その声色も……やはり、身に覚えはない。
紛れもなく、赤の他人だ。
だが。
それでも何故か、放っておけなくて……この機会を逃したら、今後は一生関われなくなるような気がして……リューリは意を決して、彼にこう尋ねるのだった。
「……あなたのお名前、聞いてもいいですか……?」
「え……?長光圭志、だけど……」
「長光、圭志………………あの、“圭志くん”。一つ、提案なんだけれど────私の、側付きになってみるつもりはない?」
「え…………えぇぇぇぇぇぇッ!!?」
それは、ただ一つ。
世界の大いなる意志と、それに準ずる存在が、唯一取り零した……小さな小さな綻び。
修正が施された世界で、ただ一つの紡がれた朧気な想いが、何をもたらすのか……。
それはきっと、世界の意志でさえ、神々でさえ、運命でさえ知り得ない────未知なる物語の幕開けとなるのかも知れない。
死神は眠れない ~世界最強の殺し屋は青春を謳歌するそうです~ 椋之樹 @Mukkumuku
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