書籍発売記念ss 夜の寄り道

 本日4月20日に富士見ファンタジア文庫より『鴉と令嬢~異能世界最強の問題児バディ~』が発売されました~!!

 というわけで書籍発売記念ssを書いてみました。短めです。

 内容的には書籍版読了後に読むことを推奨します(念のため)。

 是非『鴉と令嬢』の書籍版をよろしくお願いします!!


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「今日の仕事も終わりだな。お疲れ様、有栖川」

「お疲れ様です。まあ、大して疲れてもいませんが」


 深夜。

 いつものように仕事を終えた俺は『異特』の同僚であり、バディを組んでいる相手――有栖川アリサと共に回収の車が到着するのを待っていた。


 今日の仕事も異能犯罪者の確保。

 珍しくも、特筆すべき点もなく、俺も有栖川もかすり傷すら負うことなく標的を無力化して異能絶縁の手錠を嵌めて拘束してある。


 有栖川に咎められないように欠伸を噛み殺しながら雲の濃い夜空を眺めていると、


「このくらいの時間に起きていると小腹が空いてしまいますね」


 ふと、有栖川が思い出したように言う。


 言いたいことはわからないでもないが――


「有栖川にしては珍しいな」

「私だって人間ですからお腹くらい空きます。この時間に食べるのはあまり良くないとはわかっていますが……」


 有栖川は自らのなだらかな腹を摩りながら呟く。


 夜中に食事をしていると太るらしいけど、有栖川の年中均一に見える体型を考えるとその辺はちゃんとしているのだろう。

 俺は仕事の関係で美桜と一緒に夕食を食べられず、夜中に食べることもある。

 一緒に食べたほうが美味しいし楽しいんだけど……こればかりは仕方ない。


 でも、恐らく有栖川がしたい話の本題はそこじゃない。


「……まさか俺にこの時間から奢れと?」

「いえ、別に奢って欲しいとは思っていませんよ。お互い学生という範疇を超えた収入があるわけですし。ただ――たまには寄り道というのもいいかと思っただけです」

「はあ……それで、有栖川さんはどこに行きたいのでしょうか」


 面倒なことになったとこれからの展開を頭に思い浮かべながら有栖川に聞けば、少しだけ考える素振りを見せてから、


「この時間に営業している飲食店ですよね。でしたら、ラーメンでもどうですか?」

「いいけど……有栖川にラーメンって似合わないよな」

「私を何だと思っているのですか?」


 呆れたような雰囲気を感じながらも黙殺し、深夜の寄り道が決定した。



 俺と有栖川は容疑者確保の輸送車が到着してから、回収の車に乗ることなく二人だけでタクシーを捕まえて営業中のラーメン店へ向かった。

 こんな時間に俺と有栖川という明らかに釣り合わない組み合わせでタクシーに乗っているのは、運転手からしても違和感を感じると思う。


 しかも乗っている間にまともな会話もなくてタクシー内の空気はとても重い。

 険悪とは言わないが気楽でもないままタクシーは走り続け――やがて目的地であるラーメン店の近くで止まった。


 俺が有栖川に何も言わないまま料金を払って降りれば、目の前には絶賛営業中のラーメン店。

 なんて言うか、有栖川とラーメンを食べる日が来るとは思わなかった。


「入るんだよな?」

「そうでなければ来ません」

「わかってるけど……どういう風の吹き回しなんだ? 俺を寄り道に誘うなんて。そもそも、有栖川ってこういうことあんまりしないよな」

「たまたま気が乗っただけです。こういう日もあっていいかと」


 すっぱりと言い切ってラーメン店に入っていった有栖川を俺も追うのだった。



「深夜のラーメン美味かったな」

「たまにはこういうのもいいですね」


 食べ終えた俺は有栖川と一緒に夜の僅かに冷たい空気を浴びながら、帰宅のために呼んだタクシーを待っていた。

 席が個別で分けられているので食べている最中に有栖川と会話をすることはなかったが、この様子を見るに言葉通りなのだろう。


 実際、深夜の寄り道は特有の楽しさがある。


 深夜徘徊が好きなわけではないけれど。


「……貴方は私がこういうことをするのは珍しいと、そう言いましたよね」

「事実そうだろ?」

「ええ。私は知り合いは多いですけれど、友達と呼べる相手は少ないですから」

「つまり連れてくるなら誰でもよかったと」

「どうしてそういう結論になるのですか。私は――」


 不服そうな雰囲気を滲ませながら有栖川は何かを言おうとしたが、少しだけ溜めのようなものを挟んでから視線を反対側へと泳がせながら、


「……貴方の友達として一緒にどこかへ行きたかっただけです」


 普段の冷たさを感じるような口調とは似ても似つかない可愛げと呼べるものを帯びた声に、俺はどうしたらいいか一瞬わからなくなる。


 空白の思考を数秒だけ続けてから、


「俺でいいならいつでも付き合ってやるよ」

「そうですか」


 素っ気ないながらも間髪入れずにあった返事に思わず浮かびかけた笑みを押さえつつ、タクシーを待つのだった。

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鴉と令嬢 ~異能世界最強の問題児バディ~【富士見ファンタジア文庫4月20日発売!】 海月くらげ@12月GA文庫『花嫁授業』 @Aoringo-_o

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