二つのアオハルが誕生する時

達見ゆう

お、俺たちはどうすればいいんだ?

「松岡くん、おはよう」


「おう、中山か。おはよう」


 朝の通学路のいつもの風景。こうして俺は中山和奏と合流して十分ほど歩いて登校する。別にそんなに仲が良いという訳でもなければ、クラスや部活が同じという訳ではない。


 共通点はお互いに「この世ではない人」が見えることだ。そして、俺たちの後ろにいる守護霊達の様子がおかしい。


 最初に声をかけてきたのは二週間前で、中山の方からだった。


「あの、A組の松岡君だよね。私、B組の中山和奏と言います。突然で悪いけど、変な人と思わず聞いて欲しいの」


 中山は隣のクラスで時々見かける程度の子だ。顔と名前は知ってたけど、接点はない。なんだ、愛の告白か、しかしよく知らない人と安直に付き合っていいのかと一瞬葛藤してたら、斜め上の言葉がきた。


「私ね、あの……、幽霊とか不思議な物が見えるの」


 俺は驚いた。変人に思われるから黙っていたが、俺も「見える人」だからだ。ただ、見えるだけで何かを言っていても聞こえない。中途半端な能力だし、大抵はシカトして過ごしているから問題は無い。


「そ、それで? 悪霊でもいるからお守り買えとかか?」


 俺は動揺を悟られないように茶化す。告白じゃないことに安心なような霊感商法だったことに残念なような気分だが、話の内容は予想外だった。


「ならば、守護霊って知っているよね?」


「あ、ああ。その人のそばにいて守るってやつ」


 いつしか、俺は彼女の話を真剣に聞き入っていた。俺の守護霊は江戸時代の人らしく、武士のような着物を来ている、親に先祖の事を聞いてもわからないと言われてしまい、どういう縁なのかわからない。


「私の守護霊は江戸時代中期の人、徳川吉宗の時代に武家屋敷に仕えてた人だそう」


 ふむふむ、俺の守護霊と時代が被っているのかもしれないのか。中山の後ろには着物姿の女性がいる。


「って、言ってもここまで聞き出すの大変だったのよ。時代の概念とか知らなかったみたいだから動画見せたりして根気よく歴史を教えてさ。何年に生まれたの? と聞いてもナントカ元年とか言ってちんぷんかんぷんだし、徳川将軍は誰かって聞いても、今ほど情報がいい時代じゃないから『権現様は知ってるけど、公方様としか呼んでなかった』と歯切れ悪いし」


 何やら愚痴めいてるが、中山は俺より能力が強いのだな。会話ができるのか。俺の守護霊は無口なのか俺の能力が足りないのか、言葉まで聞こえたことはない。


「で、中山の守護霊がどうしたのか?」


「松岡君の守護霊が、その仕えてた先のお武家様なんだって『あのお方にこんなところで会えるなんて、是非ともご挨拶を!』と頼まれて」


 俺は後ろを振り返った。いつも真顔でむっつりの武士(仮)が目を見開いてわなわなとしている。相当驚いているようだ。


「俺、この人のこんな表情初めて見た」


「良かった、松岡君も見える人だったのね」


 中山が安堵の表情を浮かべた。そりゃそうだろう、オカルトを信じるか、見えるなんて言ったらこのご時世は下手すると変人扱いされるからな。


「ああ、俺は見えるが声は聞こえない」


「そうなんだ。その方が静かでいいね。で、二人に話をさせたいから、とりあえずこのまま一緒に登校していいかな?」


 あまり知らない女子と一緒に登校なんて、本来は気が引ける。しかし、振り返ると感涙して頭を下げている中山の守護霊と『そんなかしこまるな、面を上げよ』と言っているかのようなそぶりの俺の守護霊が感動の対面をしている。


 さすがに数百年ぶりの再会を邪魔するのは悪い気がする。俺はこのまま中山と登校することにした。いろいろ聞きたいこともあったからだ。


「良かった、後ろの二人は感動の対面してるよ」


「中山はいつから見えるんだ?」


「うん、小さい頃から。一緒に遊んでもらったり。なんでいつもこの人は着物なのかって、不思議だったな。親はよるひとり遊びと思ってくれたけど、一歩間違えればヤバい子と思われてたかも」


「へえ。俺は最初怖くて、子供の頃はよく「怖い人がいる」とギャン泣きしてたと親が言ってたな。で、精神科や占い師など片っ端から連れ回されて、ある拝み屋から『どうやら、このお子さんはこの世ではない者が見えるようです。

 子どもには時々あることだけど、大人になると見えなくなります』と言われたらしいぜ。今も見えるけどな。

 ところでさ、これって守護霊でも幽霊だろ? 自由に動き回れないのか?」


「なんかルールがあって持ち場……つまり守護する人から離れられないんですって。だから意を決して松岡君に声をかけたの」


 なるほど、守護されてる人間がそばにいれば話ができるが、離れると持ち場を離れてしまうからルール違反なのか。まあ、仕事中に職務放棄されちゃ困るしな。


「お、そろそろ学校だな。じゃあな」


 さすがに校門を一緒にくぐったら周りから冷やかされる。門が見えた時点で少し早足にしようとしたその時。


「それで、あの、松岡君。なんか二人は積もる話が沢山あるみたい。帰りも一緒に付き合ってお願い!」


「へ?」


 予想外のお願いで面食らった俺だが、後ろを振り返ると「では、これでお別れです」「また、会えるといいな」と思われる(会話は俺の想像だ)霊達が見える。

 これは俺たちが引き裂いているみたいで罪悪感がある。


「あ、ああ、わかった」


 こうして、俺は中山と登下校するのが日課となった。


 でも、俺は後ろが何を話しているかさっぱりわからないから中山に聞ける範囲で聞いた。


 なんでも、女性は商家の娘で花嫁修業の一環でその武士の屋敷に仕えてたそうな。よく分からんが、江戸時代はそういう習慣があったらしい。そうすると箔がついて良縁が来やすいとか。


「へえ、そんな習慣あったんだ。奉公というと丁稚奉公しか知らなかった」


「そうやって作法とか学んでいったみたいよ。中には大奥へ働く人もいたんだって」


「で、後ろの武士はおっさんだけど、中山の女性は若いね」


「幽霊だから好きな年齢になれるのではないの? 私もその辺りはわかんない」


「で、私の声も後ろに聞こえちゃうからあまり言えないこともあるけど……だから松岡君のLINE教えてくれる?」


「へ?」


 本日二回目の驚きだ。


「あいつらはLINEを読んでしまうのじゃないか?」


 素朴な疑問を口にした。後ろからのぞき込まれたら意味が無いじゃないか。


「あの時代は行書体や草書体が主流だから、私達が草書体が読めないように楷書体が読めないみたい。それで、さらに流行語とかスタンプを混ぜればいいのかなと」


 なるほど、確かに教科書に載ってる古文書には楷書体はほとんどない。後ろの二人に興味がある俺は中山にLINEを教えた。


 こうして、俺と中山のやりとりが始まった。主に夜の宿題をやってる合間にちょこちょこと雑談のようにする。俺の後ろの人も最初の頃はスマホを珍しげに見ていたが、やはり楷書体は読めないらしく近頃はLINEの画面も無関心だ。


『武家屋敷に奉公ってことは、そこの武士と結婚するためなのか?』


『違うみたい。箔を付けるためだから、武士より身分が低い商人の娘とかみたいよ』


『あれか、昭和の頃にあった腰掛けでちょっと働いて結婚退職するようなものか』


『よくわかんないけど、そうなんじゃない?』


『中山の守護霊、感激して泣いてたな。よっぽど尊敬してたんだな』


『うん、できることならこの人にずっとお仕えしたかった。男であったなら臣下にしてもらいたかったと言ってる』


『いい人だったんだな』


『うん、宗守さんというのだけど、濡れ衣を着せられそうになったのを助けてもらったんだって』


『濡れ衣?』


『よくある話だけど、その家で大切にしている壺が割られていて、犯人にされそうになったけど宗守さんが『割ったのはお絹ではない……あ、お絹はこの守護霊の名前ね。お里が部屋から出るのを見かけて部屋に入ったら壺が割れていたのは偶然か? そのお里がなぜお絹が割ったと触れているのだ』と皆の前で言って』


『こええ、女の嫉妬かよ。確かに恩人だな』


『そのおかげで武家奉公終えて、めでたく縁談が来て嫁いだ、と言いたいけど』


『けど、なんだ?』


 LINEを続けようとした時、母の声が階下から聞こえてきた。


「大樹、そろそろお風呂に入りなさい。最近机に向かうようになったのはいいけど、お風呂が冷めちゃうわよ」


『やべ、母さんから風呂入れと言われた。また明日な』


 そうして、一緒に登下校するようになったけど、少しずついろいろなことが変わっていった。


 俺の後ろの守護霊の名前は「宗守」とわかった。苗字は教えてくれなかったそうだ。別に教えてくれてもいいのに。

 で、その宗守さんが心なしか生き生きとしている。見た目も若返っているような気がする。


 中山も変化に戸惑っていた。最初こそ主従関係がはっきりわかる仕草だったのに、最近はほのぼのした会話があった後に沈黙。どちらともなく、ぎこちなく「ここの花が咲いたな」「は、はい、とてもかわいい花です」「……そなたもな」とか雑談をすると言う展開らしい。


 なんか、それって……と思ったら中山がLINEで会話をしてきた。


『なんかさ、もしかしたら、二人はいい感じになってない?』


「やはり、中山もそう思うか?」


『うん、お絹さんは米問屋の豪商に嫁いだのだけど、ほら、家のための結婚だからさ。好きな人がいたけど親の決めた縁談で嫁いだといつか言ってたの。その好きな人ってさ、もしかして……』


 俺も慌ててスマホを取り出し、LINEで返事をしようとするが取り落としてしまった。

 拾おうとした俺の手と中山の手が重なる。


「あっ……」


 意識していなかったが、彼女も女の子だ。柔らかで暖かな手。そう思った瞬間、妙に意識してしまった。


「あ、大樹君、ごめん!」


「いや、お、俺もうっかりしてたから」


 なんだ、これでは、俺たちもアオハルじゃないか。

 横目で後ろの二人を見るとニコニコと俺たちを見ている。俺の脳内補完だが「まあ、初々しいですわね」「手を触れただけで赤くなるとは」と会話しているようにも見える。


(赤くなったのはお前らのせいだぞ)


 スマホを拾い、LINEを打つ。まだちょっとドキドキしている。


『ああ、身分差あって、想いを伝える訳に行かず奉公を終えて嫁いだんだろ。前にそんな時代小説読んだことある』


『そっか、しがらみの無い令和の時代になって感動の再会ともなれば、尚更だね。じゃ、どうする?』


『どうするって?』


『一日ゆっくり一緒に居させてあげたいの』


 と打ち終えると、中山は深呼吸をして声に出した。


「だから今度の日曜日にどっかへ行かない?」


 ブフォッと俺は吹き出した。またスマホを落としてしまった。


「な、な、な、そ、そ、それってでえとか?」


 人生初のデートの誘いだ。情けないことに俺はかつてないくらいどもっていた。


『正確には後ろの二人のデート。気を遣わせると悪いから私たちが出かけることにしようと思って』


 LINEで真意を打ちながら、自然に話しかける中山ってすげえ、と思う間もなく、スラスラと台詞を出してくる。


「映画は今は面白そうなのないし、見ただけでも楽しめる水族館や動物園なんてどう?」


「あ、ああ、ま、任せた」


「分かった! プラン決めたら連絡するね。じゃあ、また明日」


 そういうと中山は嬉しそうに、スマホをしまい、帰っていった。


 お、落ち着け、落ち着け自分。俺と中山とのデートではない。宗守さんとお絹さんとのデートを取り持つためだ。

 それでもさっきから胸のバクバクは止まらない。さっきの手の感触も覚えてる。もしかしたらという淡い期待もある。

 後ろの宗守さんはニヤニヤとしている。お絹さんと一日居られるのが嬉しいのか、俺たちのことを冷やかしたいのか不明だ。ああ、もっと俺に能力あれば男同士で語り合えるのに。


 いや、後ろの二人のためだ。お、俺たちはカムフラージュだ。そんなことはない。

 混乱していると彼女からLINEが来た。


『大樹君のためにお弁当作っていくね。それから表向きは私たちのデートだから私のことも和奏って呼んでね』


 その日の俺は家でも心ここにあらずで、ベッドの上でもジタバタして、宗守さんは相変わらずニヤニヤしていた。


 もしかしたら、中山が俺と仲良くするための作戦だったのか? しかし、宗守さんは明らかに青年の姿になってきたし、お絹さんと会うと顔が明るくなる。日曜日は一緒に過ごす時間が長いのは聞こえていたはずだから、中山の言葉は嘘はないのだろう。


「これが、これがアオハルかぁーーー!!」


今、まさに二つのカップルが誕生しようとしている瞬間であった。











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