over extended.

「やだ。苗字は嵩がいい」


「だめだ。苗字はかんがいい」


「よお。何やってんだ?」


「おい先他川。聞いてくれよ。こいつが結婚届に、俺の名字に合わせるとか言い始めたんだ」


「わたしは、かさどりになる」


「いいや。俺がかんがなになる」


「なんだそりゃ。どっちでもいいじゃねえか」


「降ろして」


「あ、はいはい」


「お前はなんでおひめさまだっこなんかしてるんだ?」


「彼は私の支配下です。かかあ天下」


「らしいぜ。移動はぜんぶおひめさまだっこだ」


「凄いなお前」


「まあ、しかたねえな」


「らーめんたべたい」


「はいはい」


「よし。今のうちに」


「おいっ。書くな書くな。結婚届1枚しかもらってきてないんだぞっ」


 扉が開く音。


「え」


「お、チーフ」


「チーフ。聞いてくださいよ。こいつが苗字を」


「ちょ、ちょっと。ちょっと待ってみなさん。午前四時ですよ今。なぜ私の執務室に」


「そりゃあ、次の同人誌の打ち合わせのためですよ。俺は記憶戻ったし。何味がいい?」


「みそらーめん」


「俺も、彼女に押し切られました。結婚届いま書いてるところなんですけど、苗字決まらなくて」


「ぐぬう」


「おかしいなあ。なんか、こんな感じになるとは思わなかったなあ」


「チーフ。なに泣いてんすか」


「え?」


 涙。


「ほんとだ。私泣いてる」


「うえええ」


「おい。なんでもらい泣きするんだ。おいやめろ。結婚届はティッシュじゃないんだぞ。はなをかむのをやめろ」


「みそらーめんまだあ?」


「チーフ。湯切りしたいんですけど」


「みんな、元気だね。まだ午前四時なのに。私は眠いよ」


「そういや」


「チーフはなぜ、午前四時に執務室へ?」


「あ、あっいや、ええと」


「わかった。おとこだ」


「は?」


「チーフに至ってそんなことは」


 朝陽。


 染まる、朱い顔。


「うそだろ」


「俺たちのチーフに。おとこだと?」


「お相手は?」


「あの、その」


「気付かなかったの。お相手は印刷所の人よ。みそ多めでおねがいね」


「いや。それどころじゃねえよ。ほら。みそ多めね。チーフに恋人とか。聞いてねえよ」


「意外だなあ。まさかチーフが」


「結婚届ではなかんじゃった。またもらってこないと」


「さて。じゃあ、ちょっと早いけど。次の同人誌の打ち合わせをしましょうか。お二方」


 間の抜けた、シャッター音。


「はい。これが、俺たちの。夢と、幻想です。次の作品は、これかな」


「おい。俺の味噌ラーメンも撮ってくれ。いい造形になった。次の表紙はこれだな」


 夢と幻想。


 ここに存在しない何かを、追い続ける。


 誰かと。一緒に。


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同人誌 (夢と幻想 連作 Ⅲ終) 春嵐 @aiot3110

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