剣と鞘のつくりかた・小話

橘都

エヴァンスの、独り言的誰かへの手紙

〈まえがき〉

小説投稿サイト「エブリスタ」様で「2019年11月14日の新作セレクション」に選出いただき、その記念にちょこっと書いた、エブリスタ「スター特典」です。


もうあちらでは閲覧が下火になりましたので、他サイト様でも公開させていただこうかと。エブリスタ様でもスター特典は削除しました。


どなたでも読んでいただきたい小話です。


「剣と鞘のつくりかた」リクとナオの章を、中盤まで読まれた方向けです。

大きなネタバレはありませんが、何人かの登場人物について、「秘密の男」エヴァンスが語っています。








*  *  *  *  *







 こんにちは。

 それとも、こんばんは?

 ヤトゥ商会の苦労人、エヴァンスです。

 堅苦しいのは苦手なので、ここからは、適当に。


 年齢は、内緒。

 まだ三十路には達してない。

 本当に。

 えーと、ル・イースとは同じくらいで、ヴィイよりは下で、セリュフよりはもっと下。

 ちなみに、リーヴよりは一回りくらいは上。

 察して。

 俺の活動は、わりと朝早くからで、大概はセリュフの命令で働かされる。

 未明から動くこともある。

 俺の仕事は、主にヤトゥ商会が必要な情報を集めること。

 人が多いスーザでの活動がほとんど。

 昼日中では、各国からやってくる商隊の関係者から話を聞くことが多いが、夜や真夜中は、裏町から情報を仕入れる。

 裏町って、どこの世界でも同じじゃないかな。

 夜のほうが華やかなところ。

 男も女も色めき立ち、欲にまみれ、光よりも闇が似合う。

 俺は金髪碧眼と、見た目は華やかだと自覚はしてるけど、本質は夜闇に属する。

 まともそうに見える人の裏の顔、なにも知らないという顔をしながら色欲に落ちる男女、金や力を求める欲深き輩、いろんな人間を目にしてきた。

 ムトン以外のところにいたこともあるけど、ここ数年はこのムトンで、リーヴの元、仕事をしてきた。

 俺は初めからリーヴたちと一緒にいたわけじゃない。

 仲間になったのは早い内に入るとは思う。

 でもリーヴと初めから一緒にいたのは、ル・イース。

 それに、セリュフとヴィイ。

 彼らが出逢ったきっかけってのは、ちょっと気軽に訊ける雰囲気じゃないんで、確認してはいない。

 セリュフとヴィイは、何年か前から戦闘における相性がよかったとかで、組み始めてからは互いの戦力がそれぞれ一人での場合よりも格段に向上したらしい。

 あの二人はなにかとじゃれるように他愛もない口喧嘩をしているが、あれはあの人らの欲求不満解消法なのだと俺は思ってる。

 ここ最近は互いに仕事が忙しく、二人で組んで本気で戦うことが減っているから口喧嘩交流してるんだと解釈してる。

 あれでいて相性は抜群。

 それが互いにわかってるから憎まれ口を叩いてる。

 仲よすぎ、あんたたち。

 ああ、べつに二人の仲が熱いってわけじゃないよ。

 ヴィイはうまいことやってるからわかんないけど、セリュフには特別な相手がいるし。

 あ、これ、誰にも秘密ね。

 セリュフは普段は色街とかでも遊んでる人だけど、ちょっと前から、特別な女性がいる。

 誰だか、わかるかなあ。

 二人共おおっぴらにはしてないから、仲間内でも気づいてる人は多くはない。

 まあ、これだけしかない小出し情報じゃわからないよな。

 俺たちの間では、よく知られてる人。

 二人の仲を知ってる仲間内では、あの二人はいつお互いに相手を特別な存在だと認めるだろう、っていうのが、本人たちには内緒の賭け事になってる。

 ただし、その賭け事については二人共知っていて、それを知らない賭け連中がいつセリュフから天誅を喰らうかっていうのが、もう一つの裏賭け事。

 ちょっと最近平穏が退屈に思えて、娯楽に飢えてるんだな奴ら。

 セリュフはどっちかっていうと節操のない男だから、相手が相手なんで許せねえって憤ってる自称紳士もいるが、おまえらみんなケダモノだよ俺から見れば。

 二人のことは、そっとしておこうってのが、賭け事をしてる者らの暗黙の了解。

 ちょっと、繊細なんだな、あの二人の関係って。

 あ、わかった?

 わかってても、黙って見守ってやって。

 互いに認めるの、時間の問題だと思うんだよね。

 二人共、過酷な環境で生きてきたから、なにか、魂みたいなもんが惹かれるものがあったんだと思う。

 あのなにかとうるさいセリュフが、彼女の前だと寡黙になるんだもん。

 特別だって、かえって言ってるようなもんだよね。

 あ、ル・イースのことは訊いてはいけません。

 あいつはリーヴ一筋。

 いまも昔も、リーヴ至上主義。

 リーヴしか目に入ってない。

 あいつからすれば、リーヴは神さまみたいなもんだから。

 え、もちろん、色めいたことはございませーん。

 本当だよ。

 まあ、傍目からすれば、怪しく見えても仕方ないけど、ル・イースからすれば、とんでもないってところだとは思うよ。

 それに、リーヴはあの見た目なんで、女には困ってない。

 リーヴのいままでの女関係が気になる?

 特別な人なんていないよ。

 女でも、男だって、誰一人いない、そんな人は。

 ル・イースはいつもそばにいるけど、あれは、リーヴを自然界に例えるなら、そこに住まう野生動物みたいなもの。

 いまのリーヴにとっては、ル・イースがそばにいるのはごく当たり前のことで、視界にいてもいなくても、ル・イースのことは気にしていないはずだよ。

 セリュフとかヴィイ、俺もそうかもしれないけど、リーヴにとっては、面倒だけど気の許せる仲間って位置。

 それ以上でも以下でもない。

 ヤトゥ商会の他の者は、リーヴを名では呼ばずに、キルリクの別称で呼ぶことが多い。

 名前って、わりと特別なものでしょ、人という生き物にとって。

 名を、呼ぶ。

 それを許せる相手じゃないと、気に障ったりするよね。

 気持ちを込めるにしても込めないにしても、普通の奴にとって、リーヴの名は、気軽に呼べない。

 それだけ、普通の者には、強い圧力を感じる人なんだ、リーヴって人は。

 歳なんか、関係ない。

 リーヴは、どんな年齢だろうと、リーヴ。

 ずっと、変わらない。

 俺だって、そんな気軽に名を呼んでるわけじゃない。

 なんか、リーヴの名前を呼んでもいい瞬間が来たって、そう思ったことがあって。

 そのとき、リーヴは俺に特別なにも表さなかった。

 だから、許された気がした。

 それ以来、俺はリーヴを名で呼ぶ。

 俺にとっては、リーヴはもちろん特別だよ。

 命を賭けてもいいって思えるほどね。

 だから、色めいたことじゃないってば。

 考えただけでも恐ろしい。

 うん。

 リーヴにも、特別な人ができればいいのにって思ってる。

 彼にこそ、本当は、そんな人が必要だと思うから。

 たくさんの人に囲まれていても、孤独で。

 仲間と楽しそうに笑っていたとしても、次の瞬間には、違うところを冷たい目で見ていたりする。

 敵を屠るときには、あの苛烈な魂を誰にも止められないと感じることもある。


 誰か。

 リーヴを。

 あの孤独な人を、一人にしないで欲しい。

 これは、俺たちの願い。

 誰にも口にはできない、仲間である俺たちだけが、思ってる。

 現れてくれるのなら。

 俺たちの魂と持ってる力すべてで守る。

 きみを、必ず、守るから。

 心配せずに、ここにおいで。

 きっと、いままで以上に、俺は仕事をさせられて、また苦労をするんだろうけどね。

 きみは笑って見ててくれれば、それでいいんだ。


 だから、早くおいでよ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣と鞘のつくりかた・小話 橘都 @naokit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ