珈琲は月の下で

八重垣ケイシ

珈琲は月の下で


「『珈琲は月の下で』、夜中に月を見上げながらコーヒーを飲む、か」

「今回のお題は簡単な方か?」

「そうなのか? どうして簡単になるんだ?」

「月の下でコーヒーを飲む、というのが雰囲気を指定する。ストーリーのラストに、夜に月を見上げながらコーヒーを飲む主人公か主役がいればいい、となる。そのラストに向かって全体を構成していけばいい。コーヒーというのは苦いもので大人の飲み物、なのでアダルトな雰囲気でラストを閉める作品、というのが多くなるかな?」

「なるほど、あと、コーヒーが珈琲って漢字だと、文明開化の頃か?って気もするけど」

「そこは過去でも未来でもいいだろ。月とコーヒーがあれば現実世界でもファンタジーな異世界でもいい。遥か遠い未来に丁寧に保存された珈琲を発掘した人が味見してみてもいい。時代が変わっても変化していない月を見ながらコーヒーのあった時代のロマンに浸る、とか」

「近未来SFか、コーヒーの無くなった未来か」

「現代ではコーヒーに含まれるカフェインも中毒症状になる麻薬だ、という人もいる。韓国では小中高の学校でコーヒー飲料の発売が全面禁止に。オーストリアは10歳未満の児童がいる学校でカフェインが含まれているドリンクの販売は禁止されているし、スウェーデンでは15歳以下にカフェイン含有飲料の販売は禁止だ。アメリカの場合、未成年者対象に高カフェイン飲料を販売することを禁止する法案が発議されていて、オランダやイギリスでは一部スーパーで子供のエネルギー飲料の販売を制限している」

「世界はそうなのか? コーヒーってそんなに危険な飲み物なのか?」

「アメリカのサウスカロライナ州で、10代の少年が大量のカフェインを摂取して死んでるからな。これはコーヒーじゃなくてカフェインの入ったエナジードリンクだけど。死因はカフェイン大量摂取による心臓の異常から起きた不整脈と言われている」

「死ぬのかよ。カフェインって心臓に悪いのか、知らなかった」

「何事も過ぎ足れば及ばざるが如し、ってとこか。日本でもカフェインの摂取が原因で救急搬送されるのが増えてるぞ。日本中毒学会の調べでは、この5年間で100人が病院に運ばれて、うち3人が死亡しているとか。日本でもカフェインの健康被害に世間が注目すれば、コーヒーも酒と同じように未成年禁止になるかもな」

「カフェインがアルコールと同じ扱いに、かよ。そうなると紅茶も日本茶も抹茶も子供は飲んじゃダメってなるのか?」

「SF小説の『ハーモニー』は健康志向が高まって、カフェインがニコチンやアルコールのように嫌われて、コーヒーもタバコも酒も国内では楽しめない未来が描かれていた。主人公はタバコを吸うために外国で仕事をしてたりとか」

「もしかして、この『珈琲は月の下で』というお題の短編も、未来の人が読んだなら、未成年者に麻薬を勧めるけしからん作品、とか言われたりするのか?」

「そうかもな。もしかしたら、今の時代じゃなけりゃ使えない危険なお題になったりするかもな」


「でも今の日本じゃコーヒーはそんなに危険とは思われて無いだろ。自販機で売ってて未成年でも買えるし」

「人は慣れた環境を当然だと思う生き物だ。例を出せば、日本では大麻は違法で酒は成人なら飲める。これがインドなら紀元前から大麻を嗜むことが文化として根付いている。しかし、アルコールは宗教上の戒律で禁止だ。日本とインドでは大麻と酒の関係が逆転しているようなもんだ」

「大麻が文化、だって? 大麻って麻薬じゃないのか?」

「というのが日本の環境に慣らされた人の感想というわけだ。大麻も酒もどっちも麻薬みたいなもので、それぞれの国で長い歴史で親しんできたかどうか、という違いしか無い。それで日本人の観光客がインドのホテルでビールを注文して困らせるってのがインドの悩みの種だ。違法だと分かっていても金になるからと、観光客向けにコッソリとビールを用意するインドのホテルがある」

「それって日本に置き換えたら、外国人観光客の為にホテルが大麻を用意するようなもんか?」

「そうなる。それを知らずに自分の国の習慣を当然だとして、ホテルの従業員に違法行為をさせて気づいて無い、という観光客には困ったもんだ」

「国によっていろいろ違うもんだなあ。ということは、エナジードリンクのカフェイン中毒事件から、海外ではカフェインの入ったコーヒーは全面禁止されてる国があるのか?」

「未成年にカフェイン入りの飲み物は禁止にしよう、というところは増えてるようだ」

「コーヒーが違法薬物となり、見つからないように夜中にコッソリと月明かりの下で飲む、なんて未来もありうるのかもな」

「お天道様の下で堂々と飲めない、という社会でコーヒー愛好家が警察に見つからないように、隠れ家に集まりコソコソと。これはこれでおもしろい。現代に甦る禁酒法というところか」


「月とコーヒーで他にどんなネタがある? そうだ、たまにはお前が何か書いてみる、というのはどうだ?」

「俺がか? 俺は思いつきの戯言を適当に言ってるだけで、一本のストーリーにまとめるってのは苦手なんだが」

「月とコーヒーと無人島だとどんなのがある?」

「ふむ、俺と言えば無人島ネタだからな。戯言繋げてでっち上げてみるか」


◇◇◇



 私の名前はジョン。

 この無人島に漂着して1年と216日。未だに救助は来ない。

 メアリーとの旅行で乗った船が転覆するとは思わなかった。まったく、なんて新婚旅行だ。


◇◇◇


「お、無人島漂着か」

「短編なら人物紹介と状況説明はさっさと済ませるか」


◇◇◇


 私とメアリーの二人だけでは、この無人島でひと月と持たずに死んでしまったのではないだろうか。同じ船に乗っていたハヤカワが居るおかげで今もこうして生きていける。


 この島に救命ボートで流れ着いたのは、私とメアリーとハヤカワという名の男の3人だけだった。途方に暮れる私とメアリーを元気づけてサバイバルの方法を教えてくれたのがハヤカワだ。

 その名前から分かる通りハヤカワは日本人だ。

 なんでも地震の多い国、日本でハヤカワは子供の頃に津波で家を無くしたという。


『文明社会の生活なんて、地球がくしゃみして身震いしただけで簡単に壊れるもんだ』


 そんな経験からハヤカワはサバイバル知識と技術を身に付けたと言う。

 田舎暮らしもしたことの無い私とメアリーは、ハヤカワに教えてもらい、助けられながらなんとか自給自足の暮らしをしている。

 1年もすれば慣れてきて、私もメアリーも少しは逞しくなったのではないだろうか。


◇◇◇


「ジョンとメアリーは都会の人か? そこで出てくるサバイバルのプロがハヤカワか」

「なんの知識も無い現代人が無人島生活は無理だから、そこはプロがいることにしよう」

「たった3人の無人島暮らし、か」

「二人の男と一人の女が無人島に行けばどうなるかな?」


◇◇◇


「ジョン、がんばっていっぱい取ってきてね」

「任せて。メアリーも魚の干物作り頼んだ」

「もう失敗しないから」


 クスリと笑ってメアリーはハヤカワに視線を向ける。


「ハヤカワも気をつけてね」

「あぁ、旦那のことは任せろ。もう少し鍛えてやるから」


 言いながらポンと私の背中を叩くハヤカワ。私より少し背の高いハヤカワを見上げるメアリーの目に熱がこもる。

 メアリーに見送られて私とハヤカワは海岸に向かって歩く。保存できる魚の干物作りはメアリーに任せて、私とハヤカワは魚を取りに行く。晴れた日は魚を取り、森で果実や野草を取り、畑の世話をする。

 原始的な生活は体力が必要だ。もともとインドア派の私はこの1年でかなり筋肉がついたように思う。銛を肩に担ぎハヤカワと二人で海に向かう。

 家から離れたところで私はハヤカワに謝罪する。


「すまない、ハヤカワ」

「あ? なんのことだ?」

「いつも気を使わせてしまっているから。昨夜も、」

「あー、夜のことか。気にすんなって」


 ハヤカワは片手を振って明るい笑顔で言う。

 無人島にはテレビもラジオも無い。娯楽になるものも少ない。生きる為にしなければならないことは多いが、電気の明かりの無いこの無人島では、日が暮れたら暗くなり、できることは限られる。電灯の偉大さを感じるのは文明的な生活を失ってからだ。


 そして私とメアリーは1年半ほど前に結婚したばかり。夫婦が暗い夜に他にすることも無ければ、何をするかと言えば。


◇◇◇


「おい、いきなり18禁展開か?」

「別におかしいことでも無いだろう? 人の三大欲求のひとつだ」


◇◇◇


 私とメアリーが夜に、その、盛り上がってしまうと気を効かせたハヤカワはたいまつ片手に外に見回りに出て行く。

 いつまでたっても救助は来ない中、これからどうなるかと不安を感じると、今できることをしようという気になってしまう。結果、メアリーと二人でいろいろとしてしまう。


 住んでるところは家と呼んではいるが、洞窟の前に流木、倒木で風や雨が入らないようにしているだけ。個室も無ければ静かな夜には音も声もよく聞こえてしまう。

 私もメアリーもハヤカワに遠慮しているのだが、ハヤカワはカンが鋭いのか、さりげなく離れていく。


「ハヤカワが紳士的な男だということに、深く感謝しているし尊敬もしている」

「改めてなんだ? 結婚したばかりならそうなるのも仕方無いことだろうに」

「だが、ハヤカワに対して、申し訳無いことをしている、という気持ちが段々と高まってきていて」

「俺が少しばかりサバイバルの知識があったってだけで、ここじゃ助け合わなきゃやっていけないだろうに。気を使うのはお互い様だって」

「しかし、男二人に女一人が無人島に流れ着いて、これがエスニックジョークでアメリカ人なら、女を奪いあって男二人は殺しあいのようなケンカをするところだ」

「そこはほら、俺は女をどう扱っていいか分からず本社に問い合わせる日本人だから」

「メアリーもハヤカワには助けられてばかりで、心苦しく思っている」

「何を言っているのか。無事に帰れたら礼は弾むとか言ってただろうに」

「無事に帰れたら、だろう? もう1年が過ぎ、2年目も半分は過ぎた」


 もう故郷には帰れないのではないか、この先ずっとこの島で暮らしていくことになるのか、そんな不安に苛まれる。そしてメアリーが不安になれば今を誤魔化すように夜にいろいろしてしまう。

 それがハヤカワを一人除け者にするようで、悪い気がする。


「私もメアリーもハヤカワがいなければどうなっていたか。助けられてばかりで何一つ恩返しできてない」

「いや、ジョンも海に潜って魚を取れるようになったし、メアリーも干物作りに畑仕事も憶えてきて役に立ってるぞ」

「それも全部教えてくれたのはハヤカワじゃないか。道具だって石を割って作ってしまうし」

「丈夫なナイフが1本あればいろいろできるもんさ」


 ハヤカワは明るい笑顔で軽く言う。私とメアリーという足手まといがいなければ、ハヤカワ一人ならもっと面倒が少なかったのではないか。

 すっかりハヤカワに頼りきりになり、私とメアリーはハヤカワの優しさにつけこんでいるような。そんな罪悪感が日に日につのる。

 無人島暮らしに余裕ができて、こんなことを考えられるようになったのも彼のおかげだ。


「それに俺は夫婦の問題に首を突っ込むほど野暮じゃあ無い。ただ、ガキができちまったらどうする? という心配は少しあるが」

「そこは大丈夫だろう。メアリーは子宮内避妊器具IUSをつけている。効果はあと1年は続く筈なんだ」

「そうだったのか。ここには医者も産婦人科も無いからそこだけは心配してたんだが」

「だからあと1年は妊娠の心配は無い。……ハヤカワ、これは、メアリーとも話してみたんだが」

「なんだ? ジョン?」


 私は一度深呼吸し、覚悟を決めてメアリーと話し合ったことを口にする。


「ハヤカワがメアリーを抱く、というのは礼にならないだろうか?」


 私が言ったことにハヤカワは片方の眉を上げた微妙な顔をする。


「おいジョン。俺は夫婦の仲に割り込むような、おかしな欲求不満の主婦向けのドラマみたいな真似をするつもりは無いぞ。それにメアリーに娼婦の真似をさせるつもりか?」

「メアリーが言い出したんだ。ハヤカワにさんざん世話になって、私とメアリーがハヤカワに返せる礼なんてものは何一つ無い。故郷に帰れば貯金はあっても、ここには銀行も無い」

「たとえこの島にATMがあっても、金で物を売る店が一件も無いからな」

「自分達が持ってるものはこの自分の身くらいしか無い。だから、」

「あのなー、俺はあとあとジョンとメアリーと気まずくなるのは勘弁してほしいんだが?」

「メアリーに魅力は無いか?」

「いや、メアリーは美人だが、そういう問題じゃ無いだろ、ジョン。それにもし俺がメアリーを抱いたらジョンは平気でいられるのか?」

「自分以外の男がメアリーを、となると、正直心穏やかではいられない。だが、ハヤカワならいい」

「いいわけ無いだろ。冷静になれジョン」

「少し考えてみたんだが、この島で法律とか一夫一妻に拘る意味があるのか? ここにいるのは私たち3人だけだ。男二人に女が一人。これでハヤカワじゃ無い乱暴な男だったら、私を殴り倒してメアリーを奪うことだって考えられる」

「俺はここでアナタハン島事件を再現するつもりは無いぞ」

「人数が少ないから小説の蝿の王みたいなことにはならないだろう」

「おーい、俺を誘惑すんな」

「このままこの島で暮らすなら、いっそ二夫一妻の家族になるのも悪くない。それにメアリーはハヤカワに惹かれている」

「いつの間に俺が夫婦の不和の種に。気をつけていたつもりなんだがな」

「ハヤカワが頼り甲斐が有り過ぎるから仕方無い。私がメアリーなら、無人島で暮らすのに作詞作曲しか能の無い私のような男なんて見限って、ハヤカワを選んでいるかもしれない」


 メアリーも悩んでいた。私のことは愛しているという。しかし日に日にハヤカワの存在が大きくなっていくのが、私を裏切っている気分になるという。昨夜はメアリーは、涙を溢して私に打ち明けた。


「だったらいっそのこと、私に隠れて2人が浮気するよりは、開き直って3人で仲良くできないか、と考えてみたんだ」

「思いきったな。ジョンは自由恋愛主義者か?」

「ハヤカワこそ熱心な一夫一妻原理主義者なのか? それとも女に興味が無いのか?」

「そういうわけじゃない。……まいったな。これじゃ、俺が寝とり男みたいじゃないか」

「ハヤカワは生真面目だ。日本人は表向きは一夫一妻制度とは聞いてはいるが、実態は違うんだろう?」

「よく知ってるな。格差社会になってからは資産持ってる男を複数の女がシェアする事実婚が増えてはいるが、一応まだ法律は一夫一妻制度だ」

「3人しかいないこの島で、体面や制度に拘っても意味が無い。考えてみてくれハヤカワ」

「まったく、俺が溜まってるのを自制するのに苦労しているというのに。まあいい、その話はまたあとだ。取り合えず今は使えそうな漂流物を探してから魚を取るぞ」

「そのあとは畑の手入れをして水汲みを済ませないといけない」


◇◇◇


「ジョンが作詞作曲って?」

「ジョンは音楽家でメアリーはもと歌手、という設定でどうだ?」

「どちらも無人島向きの職業じゃ無いな。それでサバイバルのプロのハヤカワと無人島暮らしか」

「メアリーの逆ハーレムと言うには人数が足りないか?」

「そういう話か? これメアリーはどう思ってるんだ? ハヤカワに惚れたのか? ジョンは捨てられるのか?」

「そこはジョンの一人称だとはっきりとは分からないところか」


◇◇◇


 ぼんやりと夜の月を見上げている。白い満月は静かに柔らかく明かりを落とす。


 メアリーを抱いてみないか? と私が言うことになるとは。無人島に漂着しなければ一生口にすることは無かったかもしれない。


 夜の暗闇の中、焚き火に枯れ枝を投げて火を絶やさぬようにする。

 ハヤカワは3日ほど悩んでいたが、今頃はあの小さな家の中でメアリーと二人きりだ。


 男とは溜まる生き物だ。それがアダルトコンテンツがひとつも無い無人島で、ハヤカワは1年以上も欲求不満を顔にも出さず、飄々としていた。


『いやまあ、俺も男で、正直に言えばメアリーを見てムラムラすることもあった。だけど恋愛ごとのいざこざはこりごりでな』


 そして女とは恋愛において、男よりも現実的なところのある生き物だ。


『ジョン、これは浮気じゃないから。ハヤカワへのお礼だから』


 俯き気味に言うメアリーの目は期待を隠しきれて無いように私には見えた。


 かつての都市であれば、文明社会であれば、私は作曲家としてそこそこの財を持っていた。私の作った歌が映画のテーマソングとなり流行になったこともある。メアリーに不自由な生活をさせないくらいには稼いでいた。

 しかし楽器もパソコンも無い無人島では私は無能だ。

 ここで頼りになるのはハヤカワのような男だ。サバイバルの知識が豊富で身体も精神もタフな男。

 私ではハヤカワのように、自作のスリングで鳥を落とし、さばいてメアリーに肉を食べさせることもできない。


 ハヤカワに対する嫉妬はあるが、自分でも驚くほどに小さい。この無人島暮らしでハヤカワを頼れる兄のようにも、ボスのようにも感じているからだろうか。

 そのハヤカワは今頃、メアリーと……、


 焚き火にかかる煤で黒ずんだケトルを下ろす。私と共にこの島に流れ着いた穴の空いたバッグを空ける。

 中から瓶を取りだし開けば、残り少なくなった茶色の粉が見える。


「これが最後の一杯か……」


 都市に暮らしていた頃は毎日のように飲んでいたインスタントコーヒー。私にとって文明社会の香りを思い出させてくれる貴重なもの。これを味わえるのもこれで最後だ。

 溢さぬように丁寧にカップに入れ、ケトルのお湯を瓶に入れ軽く振って残った粉を溶かしてこれもカップに注ぐ。

 この無人島で暮らしてそろそろ3年目になるのか。かつての都市の生活を徐々に忘れていく。


 メアリーがハヤカワに好意を持つことも、浮気だと思う前にこれでメアリーがハヤカワを捕まえていてくれたら、これからの暮らしも安泰だ、と考えてしまった私がいる。

 私の考え方も文明社会から原始時代へと変わってしまったのだろうか。


 もっとも強く逞しいオスが美しいメスを手に入れる。この島にあるのはそんな原始の理。


 カップから漂うコーヒーの香りにかつての街での暮らしを、文明社会の営みを思い出す。これを飲み終えたなら、これまでの倫理とも常識ともさらに一歩離れていきそうだ。

 口の中に残る苦味が懐かしく、また忌まわしく。白い月が原始に帰りきれぬ間抜けな男を優しく静かに見下ろしている。


◇◇◇◇◇


「こんなところか?」

「おい、これで終わりか? ジョンとメアリーはこのあとどうなるんだ? ハヤカワは? 無人島から救出されてもこれじゃジョンとメアリーにわだかまりができるんじゃ?」

「これで終わりだとオチが弱いか。しかしこのあとを語ってもなあ」

「なんだよ? 何が起きるんだよ?」

「特に何も起きない」

「はあ?」

「吹っ切れたジョンは、魚を取って水を組んで畑の世話をして、一日を終えた後にメアリーとハヤカワと3Pしてハッスルする暮らしも悪くないなあ、と開眼する」

「だいなしだあ!!」

「人は良くも悪くも環境に慣らされる生き物なんだよ。そして受け入れるタフなメンタルが無ければ無人島では生き残れ無い。メアリーは二人の男に大切にされて、幸せに暮らしました。めでたしめでたし」

「なんかいろいろと納得いかねえ!」

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