第6話

どのくらいたったでしょうか。我に返ると、吾平は窯の裏手にうずたかく積まれた茶わんのかけらの上に倒れていたのでした。

「あれは、夢だったのか。」

吾平が汗をぬぐおうとして手を見ると、その手はすすで真っ黒でした。

「それでは、あれは夢ではなかったのか。わしの茶わんは無事か。」

吾平はあわてて起きあがると、母屋に駆け込んで神棚から箱をおろしました。

 あの茶わんは、たしかに箱の中に入っていました。

 茶わんを手に取りながら、吾平は夢中で言いました。

「見ろ、この茶わんの美しさを。わしは、間違ってはおらん。間違ってなどいるものか。」

吾平の手は震え、顔からは滝のように汗が滴っています。

ふと空腹を覚えた吾平は、いろりの鍋で煮えている雑炊を、その茶わんに入れました。

「熱い。」

吾平は、あやうく茶わんを落とすところでした。羽のように軽く薄い茶わんは、雑炊の熱さをそのまま手に伝えたのです。

「これは、茶わんではない。熱い雑炊を入れられぬ茶わんなどあるものか。」

茶わんの亡霊たちの

「器は使われてこそ器なのだ。」

と言う声が、吾平の胸に突き刺さりました。

「使えぬ器は、もはや器ではない。わしの茶わんを買った金持ちどもは、一回も使うことなく、蔵にしまい込んだに違いない。

 置物なら、愛でられるうちに魂も入ろうが、使われぬ器に魂が入ろうはずもない。わしの作ったものなら我が子も同然だというのに、わしは我が子の行く末を考えもしなかったのか。ほめそやされていい気になって、美しさにばかり気を取られて、大切なことを、器の何たるかを忘れてしまっていたのか。」

 「わしが、間違っていた。」

吾平は、がっくりと膝をつきました。

 それからというもの、吾平はふっつりと理想の茶わん作りをやめてしまい、ごく普通の茶わんを作るようになりました。

 でも、そこは名人とうたわれた吾平のことです。やがて、吾平の茶わんはたいそう使いやすい、よくできた茶わんだと評判になり、今度は金持ちばかりではなく、広く世の人に愛されたということです。

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理想の茶碗 OZさん @odisan

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