第5話
翁はそう言うと、すたすたと歩き出しました。
吾平はあわてて後を追いましたが、その足取りの速いこと。翁はどんどん森の中へと歩いて行ってしまいます。
「おかしい。ふもとへの道は、こんなだったか。」
吾平はふとそう思いましたが、翁に追いつくのに一生懸命で、いつのまにかそんなことは忘れてしまいました。
どれほど、歩いたでしょうか。
「おーい、翁どん、待ってくれ。」
とうとう、吾平は息を切らして言いました。
「ひと休みせんと、もう歩けん。」
翁は笑って、
「だらしないのう。それじゃあ、少し先で待っておるからの。」
と言うと、茂みの向こうに行ってしまいました。
吾平は立ち止まると、流れる汗をぬぐいながら、しゃがんでわらじのひもを締め直しました。
そして、ふと顔を上げると、あたりはいつのまにか真っ暗になっているではありませんか。吾平はあわてて立ち上がり、
「翁どん、翁どんはどこじゃ。」
と、大声で叫びましたが、全く返事はありません。吾平は、仕方なしに歩き始めました。
すると、なんだかだんだんと暑くなってきました。まるで山火事のあとのように、あちこちでおき火が赤黒く光っています。耐え難いほどに汗がふきだしてきました。
「ここは、どこだ。」
なおも歩き始めると、足下でぱりんという妙な音がしました。拾い上げてみると、それは人の骨でした。吾平は悲鳴を上げて、尻餅をつきました。すると、その手の下にも、また骨がありました。
「ここは、いったいどこなんだ。」
吾平は立ち上がると、夢中で歩き出しました。進むにつれて、だんだんと骨の数が多くなっていきます。とうとう、あたり一面に骨が散らばって、まるで野原が骨で埋まったかのようになってしまいました。火灯りでよく見ると、なんと、焼けこげてボロボロになった骨ばかりです。まるで、大きな戦のあとのようです。
吾平は思わずつぶやきました。
「何と、むごいことを。」
すると闇の中から声がしました。
「むごいと思うか。それは、おまえがしたことと変わらぬではないか。」
吾平は言い返しました。
「翁か?おまえは何者だ。わしは、こんなことをした覚えはないぞ。」
声はそれに答えずに、
「われらは、生きたかったのだ。」
と言いました。
「器は窯から出された時に命が宿り、使い続けられていくうちに少しずつ魂が宿る。使い続けられて百年たてば、付喪神にさえなれるのだ。
せっかくおまえに作られて命が宿ったのに、それをなぜ壊した。
窯の火の中で壊れてしまったのなら、使われるうちに割れてしまったのなら、あきらめもしよう。だが、われらは壊れてはいなかった。立派に使えたのだ。
器は使われてこそ器。
われらは、使われたかったのだ。
われらは生きたかったのだ。」
声は次第に大きくなっていきます。
吾平は夢中で言い返しました。
「わしはおまえたちの作り主だ。作り主なら、作ったものを生かすも殺すも、わしの腹ひとつだ。わしには、理想の茶わんを作るという夢がある。夢に届かなかった茶わんをこわして何が悪い。」
声は言いました。
「なるほど、おまえの理想の茶わんは、すばらしいものかもしれん。しかし、おまえはその夢を金で売ったのだ。おまえの夢など、その程度のものだ。しょせん、おまえは金や名誉が欲しかっただけなのだ。」
声は、今やわれ鐘のように響いています。吾平は、思わず耳を押さえて叫びました。
「うるさい、黙れ。」
「何の罪科もなく殺された、われらの恨み思い知れ。」
声は真っ暗な空に響き渡り、やがて笑い声となって消えてゆきました。
「さては、ここは窯の中か。」
吾平は、出口を求めて歩き出しました。ひどい暑さに流れ落ちる汗とススとで、もう体中真っ黒です。夢中になって歩いていると、遙か彼方の真っ暗な空に、四角く切り取ったように白い光が差し込みました。
「あれは、のぞき窓か。あそこまで行けば、出られるかもしれん。」
けれども、せっかく開いた窓は、見る間に小さくなってゆきます。
吾平は夢中で叫びながら駆け出しました。
「おーい、わしはここだ。窓を閉めないでくれ。」
閉まりかけた窓の向こうに吾平が見たのは、吾平自身の巨大な顔でした。
吾平はその場に倒れると、気を失ってしまいました。
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