第4話
「なあ吾平どん、頼む、わしにこの茶わんを譲ってくれ。」
「バカなことを言うな。これは、もう二度と作れぬかもしれん。売るなど、とても考えられん。」
翁はなおも言いました。
「そんなことを言わないで、わしに売っておくれ。
わしは、ここから山を二つばかり越えた町の商人じゃ。この秋に娘が嫁入りすることになってな、嫁いだ先でふびんな思いをせぬように、立派な嫁入り道具を持たせてやりたいのじゃ。この茶わんなら、どこに出しても恥ずかしくない。娘も大切にされよう。
頼む。どうか、この翁に茶わんを売っておくれ。金なら出す。五十両、いや百両だそう。」
これには、さすがの吾平も心が動きました。吾平にも、おゆきという一人娘がいて、ふもとの庄屋のもとに嫁入りすることになっていたのです。吾平はたいそうおゆきをかわいがっていたので、嫁ぎ先で肩身の狭い思いをしなくてもすむように、できるだけのことをしてやりたいと思っていました。でも、この貧乏暮らしではそれもかなわず、途方に暮れていたところだったのです。
吾平はしばらくじっと考え込んでいましたが、やがて
「百両だな。わかった、茶わんは売ってやろう。そのかわり、金を全部持ってきてからだ。びた一文かけても、茶わんは渡さん。」
と言いました。
翁の顔が、ぱっと明るくなりました。
「そうか、売ってくれるか。もちろん、金は先に渡すとも。と言っても、今ここに持ってはおらん。ふもとの宿屋で、供の者が番をしておる。そうと決まれば、善は急げじゃ。吾平どん、わしといっしょに来ておくれ。」
吾平は疑わしそうに、
「茶わんは持って行かないぞ。お宝を持って、わしが無事に家まで帰ってきたら、茶わんを渡してやる。それでよいか。」
翁は喜びました。
「もちろんじゃとも。吾平どんをだますつもりなぞ毛頭ない。それではいっしょに来ておくれ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます