第3話
翁は、おそるおそる箱を開けました。
すると、そこには、ただの真っ白な茶わんが入っていました。
「こんなものが?」
翁はそう思いながら、茶わんを手に取りました。形の整った、羽のように軽い茶わんでした。色は白といっても白磁のような冷たい白ではありません。何か、もっとやわらかな、そう、霧のような乳白色をしています。
「たしかに見事な茶わんじゃが、それほどのものなのかのう。」
と、翁は首をかしげましたが、ふと、茶わんの底を見ると、何かがゆらめいたような気がしました。
思わず目をこらすと、本当に茶わんの底から霧がわき上がってくるかのようです。その奥を見つめているうちに、翁はいつの間にか霧の中にいました。
あたり一面、霧で真っ白です。翁は動くこともできず、霧の中に立ちつくしていました。すると、渦巻く霧のむこうに、何かが見えたような気がしました。翁はそちらへ行こうとしましたが、なぜか足が動きません。
その時、霧にわずかに隙間ができました。
そして、うっすらとどこかの景色がかいま見えました。
それを見たとたん、翁には、それが長い間さがしていた、本当に自分が求めていた場所だとわかりました。
自分のいるべきところ。そこにいるだけで、心が満たされるところ。どれほど手を尽くそうと、二度と戻れないところ。
それが、目の前にあります。手を伸ばせば、もう少しで届きそうとさえ思えます。懐かしさがこみ上げてきます。
そこに行きたくて、居ても立ってもいられなくなり、思わず一歩を踏み出そうとしたところで、翁はハッと我に返りました。
一時に汗が噴き出してきて、翁は震える手で茶わんを箱に収めました。
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