第2話

 ある時、一人の翁が吾平を訪ねてきました。

「吾平どん、吾平どんはおるかね。」

「何だ。茶わんならないぞ。帰ってくれ。」

 ふきげんな声が、かしゃん、ぱりんという音ともに聞こえてきます。

 かしゃん、ぱりん。翁がその音の方へと歩いていくと、そこは窯の裏手で、吾平が茶わんをたたき割っているところでした。

「吾平どん。」

「うるさい、茶わんはないと言ったろうが。」

 吾平は振り向きもせずに言いました。

 見れば、そこにはたいそう見事な茶わんが並んでいます。吾平は一つ一つ手にとっては、首を振って叩きこわしていました。

「吾平どん、そんなことは言わんでくれ。ほれ、そこにも立派な茶わんがあるでねえか。」

「だめだ、だめだ。こいつらは、みんなできそこないだ。」

かしゃん、ぱりん。翁は思わず言いました。

「かわいそうにのう。みんな使えるのにのう。」

 吾平は初めて振り返りました。

「わしが作ったものを、わしがこわして何が悪い。わしは金がほしいわけじゃない。どうしても作りたい茶わんがあるのだ。それを作るためなら金などいらん。命だって惜しくはない。」

 翁がなおも言いつのろうとすると、吾平は

「ちょっと待っていろ。」

 と言って母屋へ入り、神棚から箱をおろしてきました。

「焼き物はな、わしら陶工がどんなにがんばっても、すべてが思いどおりになるわけではない。最後は窯の火の神様の思し召ししだいだ。

 昔、偶然この茶わんができた。ところが、そのあとどれほど手をつくしても、これを超えるどころか、これと同じものさえ作れん。わしは、どうしてもこの茶わんを超えるものを作りたい。そのためなら、どんなことでもしてみせる。命だって惜しくはないんじゃ。」

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