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「その傷、どがんしたと!?」


 シャーミィは傷だらけの魔物を目にすると、慌てた様子で近づいた。


 彼女は魔物として長い時間を生きている。そのため、その感覚は魔物としてのものである。とはいえ、人としての感覚も確かに覚えている。


 なんだかんだ自分のことを慕ってくれている魔物たちに対して、シャーミィは情を抱いている。

 だからこそ、命の危機はないにしても傷だらけになっているのを見て怒りをあらわしている。それはどちらかというと自分の物に手を出されたことに対する憤怒なのかもしれない。




「シャーミィ、落ち着け」



 マサルはシャーミィから漏れ出した魔力にびくつきながらも、その口に作っていた焼いた肉を突っ込む。


 シャーミィはそれをもぐもぐと頬ぶる。



 美味しいものを食べられるだけで幸せなシャーミィの表情が一瞬緩む。





「シャーミィが怒りを見せると魔物たちがおびえるぞ。それに怒るより傷を治す方が一番だろ」

「それもそうやね。止血せんと。回復ってどんなふうにさせればよかかなぁ」


 シャーミィはそう言いながら、その小さな魔物の傷口をふさいでいく。

 


「人用の薬でも飲ませるか? 魔物に飲ませて大丈夫か分からないが……」

「どうなんやろ? 自己回復に務めさせて、それでだめなら仕方がないってあきらめた方がよかかなぁ」

「……まぁ、俺たちはずっとこいつらの面倒を見れるわけではないからな。今はシャーミィの力にひれ伏せて、こいつらはまとまっているけれど……シャーミィが居なくなった後はどうなるか分からないし」


 結局のところ、この森で住まう魔物たちは人に飼われているわけではない。自然の中で生きている者たちである。





「――自己回復には任せっけど、でもこの子に傷をつけたのは誰かは把握しときたか」



 シャーミィはそういうと、「マサル、一緒行こう」と誘ってくる。




「何がこの魔物を襲ったかはわからんけど、嫌な予感はすっけん。やけん、私と一緒に来てほしか。これでマサルに何かあったら嫌やもん」



 その嫌な予感は、シャーミィの魔物としての直感である。

 何が魔物に対して傷を負わせたかは分からない。とはいえ、嫌な予感がするならマサルを置いておくべきではないと判断した。



(マサルに何かあったら、私は暴れてしまうと思うんよね。私にとってマサルは特別やけん)


 シャーミィにとって、マサルは特別である。

 だからこそ、そのマサルに何かあればシャーミィは間違いなく暴れてしまう。

 自分でそれが分かっているからこそ、シャーミィはマサルを連れ歩く。




 マサルはシャーミィの言葉に、正直言って恐怖心も芽生えている。シャーミィが嫌な予感と言う相手……それだけ警戒しなければならない相手が近くにいることはどうしようもない気持ちでいっぱいである。



 


「マサル、そがん怯えんでよかよ。私が絶対にマサルのことは守るけんね」

「……ありがとう。助かる」


 少し心配しているマサルと対称的にシャーミィは、にっこりと笑う。

 



 ――それから、二人は森の中を歩き出す。



 一見すると、これまでと何ら変わりがないように見える。少なくともマサルは何らかの様子がおかしいことなど全く分からない。だけど、シャーミィ曰く何かがおかしいらしい。

 ただシャーミィに言われてあたりを見渡してみると、確かに違和感は少なからずある。




「何か不思議な跡があるな」

「そうやね。多分、魔物を傷つけた奴と同じやね。魔力が同じやけん。あんまり魔力の制御とかできてなさそうな存在やけど、どこから来たんやろ?」



 明確にシャーミィは誰かをさしてそう言った。

 ――その存在に遭遇したことがないので、シャーミィはそれがどういう存在かは分かっていない。とはいえ、分かりやすい痕跡は残っているので何らかの存在が関与していることは分かっている。






(私も魔力制御は習うまで出来てなかったけれど、地上に出てきたばかりの私以上に力の制御が出来ていない感覚? あの魔物の傷もそうだけど、なんていうか甚振っている感じがすーね。人はこがん所におらんと思うけん、それ以外の何かだけど、なんがおっとやろ?)



 シャーミィがその痕跡を見て感じたのは、それが力を制御出来ていないことだった。




(あとこちらに移動してきとる感じなんやろね、多分。元々森にすんどったのか分からんけど、私の存在を感じれてはないんかも)



 三百年生きている《デスタイラント》。

 それが近くにいると分かっていれば、大抵の魔物は大人しくなるものである。

 痕跡を残している存在もシャーミィへの恐れがあるのならば、自分の存在を知られないように動くはずだ。


 それがないということは、シャーミィの存在を感知できないほど能力が低いのか、それともシャーミィという存在が居ても問題がないほど力が強いのかのどちらかであろう。




(どちらにしても、私とマサルに手を出すなら殺すだけ)



 歩きながら、シャーミィはそんな風に物騒な思考をしているのだった。






 

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災厄の魔物は美味しいものを食べたい!! 池中 織奈 @orinaikenaka

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