第3話
二週間後、その日はクリスマスイヴの日だった。私は春翔君に呼び出されて放課後廊下の隅にいた。そこは化学室がある廊下で人通りが少ない。
「はい。これ、こないだのお返し。開けてみて」
春翔君は少し遅れてきた私に可愛くラッピングされた包みを渡してくれた。
「そんな、お返しなんていらなかったのに。でも、嬉しい! ありがとう」
私は包み紙を開けた。そこには赤いニット帽が入っていた。私は首を傾げる。
「岸田さん、自転車通学だよね? いつも学校に来る時、寒さで耳が赤くなってたから」
「え? そう、なの?」
私は自分の知らない自分に戸惑う。
「意外に本人は気付いてないもんなんだね」
「そうだね。ありがとう。松坂君」
私はさっそくニット帽を被ってみた。とても温かい。松坂君からもらったからさらに温かく感じるのだろう。
「それにしても異性へのプレゼントを選ぶのってとても緊張するんだね。選んでは戻してを何度繰り返したか」
「そうだね。それは分かる」
特に好きな人のを選ぶのは。
「だからさ、これからは一緒に行かない?」
春翔君がさらりと言った言葉を私は理解できなくて、
「はい?」
と裏返った声を出した。
「で、でも、そんなにプレゼント交換するのって変だし、それに一緒に選びにいくのはデート、みたいじゃない、かな?」
困惑気味の私に、春翔君は意味ありげに笑った。
「デート、ダメ? 違ったらごめんね。岸田さん、僕のこと好きでしょ?」
春翔君の言葉に、私は驚きと恥ずかしさに顔が熱を持っていくのが分かった。
「な、なんで?!」
視線を泳がせながら言うと、春翔君は目を三日月のようにして笑った。春翔君のこの笑顔、大好きなのに、今はなんだか憎らしい。
「なんでだと思う?」
「か、からかってるの? 私がマフラープレゼントしたから? そ、それは……」
「うん?」
春翔君は優しく目を細めて困り果てる私を見ている。私は身体が沸騰するように熱くなって、ニット帽を脱いだ。全身が心臓になったみたいだ。
「プレゼントしたのは……」
それは春翔君のマフラーを自分のものにしたかったから。そして、寒そうな春翔君に私のプレゼントしたマフラーを巻いて欲しかったから。マフラーは特別だから。
ニット帽を握りしめたまま、言葉を発することができずに時間だけが過ぎていく。
本当のことじゃなくていい。渡した時みたいに冗談にしてしまえば……。
春翔君は辛抱強く待っていたけれど、なかなか本当のことが言えない私に、続きを引き取るように言った。
「ハズレちゃった? 僕が好きだからじゃないの? 僕はニット帽あげたの、岸田さんを好きになったからなんだけどな」
人は自分の理解の範疇を超えると思考が止まってしまうらしい。
「聞こえてる? 岸田さんを好きだって言ったんだよ? だから、僕と付き合わない?」
私は、ただ頷くことしかできない人形のように、こくこくと首を縦に振った。
「良かった!」
春翔君の弾んだ声に、ようやく事態が飲み込めてきた私は、幸せがじわじわと胸のあたりから全身に巡っていくのを感じた。初めての両想い。本当に? 夢じゃない?
その五分後。二人で自転車を押しながら夕日の中を帰る途中。春翔君からの言葉に思考だけでなく息まで止まりそうになることを私はまだ知らない。
ーー
「好きな人のマフラーって特別だよね。今なら僕にも分かるかな。……実はあの日、岸田さんが僕のマフラー持って帰るの、見ちゃったんだ。
あのマフラーは岸田さんが使っていいからね」
本当の意味で気持ちが通じた瞬間だった。
了
マフラーの赤い糸 天音 花香 @hanaka-amane
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