第2話
そんなに高いものは買えないので、私はショッピングセンターの紳士服売り場のワゴンにある商品を先ほどから一つ一つ取り出して見ていた。
私の中で、絶対これが春翔君には似合うに違いない! と思った一本のマフラーを手に取った。ところが、そのマフラーを気に入ったのは私だけじゃなかったようだ。私が掴んでいるマフラーの端を申し訳なさそうに掴んでいたのは松坂春翔君、その人だった。
「きゃ! え、えっと松坂君……」
私が困っていると、春翔君も困った笑顔を浮かべていた。
「奇遇だね。
岸田さんが紳士用のマフラーが欲しいってことは……誰かあげたい人がいるんだよね?」
「まあ、はい。そうです」
私と春翔君はマフラーの両端を持つようにして会話を続けていた。
「お父さんとか兄弟に?」
「え?」
春翔君は私の声に、
「違うの?」
と驚いたように言った。
「えっと、うん。ちょっと他にあげたい人がいるんだ」
私の言葉に春翔君は少し意外そうな顔をした。
「そうなんだね」
「松坂君は? このマフラー、誰かにあげるつもりなの?」
「いや、僕は最近マフラーなくしちゃって。寒いから欲しいと思って」
マフラーをなくしたという言葉に、私の胸がすこし痛む。でも。
「じゃあ、自分に買うんだよね?」
私は春翔君に確認する。自分に買おうとしたものだと言うなら、春翔君の好みの柄に違いない。
「うん、そう」
私たちがワゴンの前で会話していると、
「ちょっといつまでそこにいるの?」
と迷惑そうに後ろにいたおばさんに声をかけられた。
私たちは顔を見合わせる。マフラーを先に離したのは春翔君だった。
「あげたい人がいるんでしょ? 僕はまた探すから」
そう言って私に一度笑顔を見せると、春翔君はやっぱり寒そうに首をすくめて紳士服コーナーを出て行こうとする。私は思わず、
「待って!」
と声をかけた。
「少しだけ待ってて!」
私は急いでサービスカウンターまでマフラーを持っていくと、ラッピングをしてもらって春翔君のもとへ走った。
「これ……」
春翔君にラッピングされたマフラーを渡す私の手は震えていた。
「え? 僕に、なの?」
「そ、そのね。特別な意味はなくて、寒そうに首すくめてたから気になっちゃって。それでマフラーあげたいと思ってたんだ。松坂君がいたおかげで好みのマフラーが分かって良かった」
私は言い訳するように早口で言った。
春翔君は驚いた顔をしていたけれど、
「本当に僕がもらっていいの? 助かるな。ありがとう。岸田さん」
と言って目を三日月のようにして微笑んだ。
「早速あけて使っていい?」
「もちろん!」
春翔君は包み紙を丁寧に開くと、先程のマフラーを取り出して、自分の首に巻き付けた。
「あったかい」
幸せそうに笑う春翔君を見て、私は罪悪感半分、嬉しさ半分。
「本当にありがとう、岸田さん」
私は、
「喜んでくれて良かった! 12月だし、早めのクリスマスプレゼントが降ってきたとでも思って」
と訳のわからないことを言ってしまった。
「岸田さんて不思議な人だね。じゃあ、また学校で」
マフラーをつけて首を竦めずに歩いて行った春翔君を見て、これで良かったんだよね、と自分に言い聞かせる。好きだとは伝えられなかったけれど、マフラーを渡せたし、春翔君のマフラーは手元に残ったのだから十分だ。
翌日私があげたマフラーを首に巻いて登校してきた春翔君に、一人の男子が、
「お、新しいマフラー? あったかそうだな! 俺にも貸せよ」
と絡んでいるのが見えた。私は不安になって遠くから見つめる。
「これはダメ。貰いもので大切なものだから」
春翔君はそう言ってマフラーを貸す事はなかった。その様子に私は安堵と小さなときめきを覚えた。
ーー大切なものだから。
春翔君の言葉が頭の中で何度もリピートした。
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