交差点にいる天使(短編版) 〜 ウンディーヌ 前日譚

三枝 優

第1話 その天使は交差点にいるらしい

松下奈美は仕事が終わり、家路についていた。

職場の最寄り駅前の交差点で信号待ちをする。

この信号を渡れば駅だ。

この時間はほんとに人が多い。

ふと、視線を感じてそちらを見る。

交差点近くの歩道に設けられた手すり。その上に座っている少年がいた。

中学生くらいだろうか。

その瞳がこちらを一瞬見た気がした。

しかし、すぐに興味をなくしたように他の方を見る。


電車の中で、奈美はその少年のことをなんとなく考えていた。

”あそこで何やってたんだろう?”


ーーーー

日曜日、奈美はむしゃくしゃしていた。

昨日、急に電話がかかってきて休日出勤をお願いされたのだ。

最近、彼氏ともなかなか連絡つかないし・・


朝10時、駅を出て交差点を渡る。

この間の少年がまた同じ場所にいた。

何をするでもなく、交差点を行き交う人々を見ている。

”ほんと、何しているんだろう?”

でも、仕事が待っている。

職場に急ぎ足で向かった。


ーーーー

その日、仕事が終わったのは17時。へとへとになった。

仕事終わりに、カフェで甘いカフェラテをテイクアウトする。

それを飲みながら、駅に向かう。


交差点には・・・あの少年がまだいた。

”カフェラテはまだかなり残ってるわね”

電車に乗る前には全部飲んでしまわないと・・

なんとなく、その少年の近くに立って、カフェラテを飲む。

夕方の交差点は人が非常に多い。

行き交う人並み。休日だけあってカップルも多い。

”いいなぁ・・・”

彼氏と最近うまくいっていない奈美は情けなくなってきた。

「お姉さん、お仕事お疲れ様」

急に、手すりに座った少年に声をかけられた。

びっくりして、その顔を見る。

鳶色の瞳がこちらを見ていた。

「休日出勤だったんでしょ。お疲れ様。」

「ありがと、はじめましてかな?」

「そうだね、でもいつもここを通るところは見ていたよ。」

「ふうん。あなたはここで何をしているの?」

「僕?僕は人を探してるんだ。」

「そうなんだ、待ち合わせ?」

「待ち合わせじゃないよ。」

「でも、そろそろ夜になるから帰ったほうがいいんじゃない?」

すると、その少年はキシシと笑った。

「まぁそうだね、そろそろ帰らないとおまわりさんに怒られそうだしね。」

少年は手すりから降りて、手を振った。

「じゃあね、お姉さん。またね。」

なんとなく手を振り返す。

人混みの中去っていく少年。

なんとなくまた会う気がしていた。

ーーーー

昼休み。

今日は外で食べようと駅の方に来ると、また少年がいつもの場所にいた。

「やぁお姉さん。また会ったね。」

なんとなく、子供らしくない挨拶をしてくる。

「こんにちわ、学校はいいの?」

「今日は休みでね。お姉さんは休み時間?」

「そう、これからお昼ごはん。」

「何食べるの?」

「決めていないけど、空いているところかな。」

「じゃあ。今はイタリアンの***が空いてるみたいだよ。」

と言って、またキシシと笑う。

「ふうん、じゃあ行ってみるわ。」

その店は人気のお店。この時間は普段は長蛇の列。

期待しないでその店に向かってみる。まぁだめならその隣の店でもいいや・・


すると、奇跡的に***はすぐに入れた。おかげでおしゃれで美味しいご飯にありつけた。


ご飯を食べて職場に戻る途中。

まだ少年はそこにいた。

「少年!おかげで美味しいご飯を食べれたよ。」

「お姉さん、それはよかった。」

「どうして空いているってわかったの?」

「だって、ここでいつも観察しているからね。」

不思議なことを言う。

「ちなみに私は奈美っていうの。少年の名前は?」

するとまた、キシシと笑って。

「ヒロって呼んでよ。じゃあ、またね。」

ーーーー

金曜の夜。

今日は同僚の留美と居酒屋にいた。

日曜にまた休日出勤することになり、そのストレス発散のためである。

「ほんと、この会社ブラックよね〜」

「まったく、なんとかならないのかしら。」

「そういえば、奈美は彼氏とどうなの?」

「うーん、聞かないで。なかなか会えなくて・・・うまくいってないんだ。」

そちらもかなりストレスになっている。

「そういえば、最近”交差点の天使”っていう話を聞いたわ。その天使に相談してアドバイスをもらうとうまくいくって。」

「なにそれ、占い師?」

「占い師じゃないらしいんだけど。駅前の交差点にいるらしいのよ、その天使様が。」

「へえ。金髪碧眼の美女でもいるの?」

「いや、なんか少年らしいんだけど。その子のアドバイスで何人も幸福になったっていう噂よ。」

少年・・・って、あの子のこと?

キシシと笑う顔を思い出した。


ーーーー

日曜日、また休日出勤。

昨日彼氏に連絡とったら、忙しいから電話してくるなと怒られた。

”愚痴を聞いてもらいたかったのに・・・”

駅を出て交差点を渡ると、また少年は同じ場所にいた。

「奈美さん、休日出勤お疲れ様。」

笑顔で挨拶してくれる。

「ヒロくん、今日もいるんだね。」

すると、いつものようにキシシと笑って

「まだ探してる人が見つからないからね」

と言う。

「じゃあね。」

その笑顔を見て。少し気が晴れて職場に向かった。

ーーーー

夕方。ようやく仕事が終わって駅に向かう。

途中のコンビニでペットボトルのお茶を2本買った。

思ったとおり・・ヒロくんはいつもの場所にいる。

「お疲れ様。お仕事終わったんだね。」

「ありがとう、これ奢るわね。この間のお礼。」

ペットボトルのお茶を渡す。

「え〜ありがとう。」

2人でその場でお茶を飲み始める。

目の前を行き交う人々。

今日も人が多い。

「そういえば、聞いたんだけど。この交差点に天使がいるって・・・あなたのこと?」

すると、いつものように笑って言う。

「天使なんかじゃないよ。羽もないでしょ。」

「ふうん、なんか相談すると幸せになるって聞いたわよ。」

「さぁ、知らないなぁ。奈美さんは相談したいことが何かあるの?」

「くだらないことだけど。彼氏とうまくいって無くてね。」

中学生に相談する内容ではないと思いながらも愚痴ってしまう。

「それは大変そうだね。彼氏はどんな人なの?」

「デザイナーなんだけど、最近あえなくてね」

「ふうん、イケメン?」

「まあ、イケメンかな?こんな感じ。」

イケメンかどうか聞かれたので、気を良くしてスマホで写真を見せる。

すると。。。

「奈美さん。この人はやめたほうがいいよ。」

「え・・・?」

思わず、ヒロくんの方を見ると

鳶色の瞳がこちらを見つめていた。

まるで、吸い込まれそうな色・・・


「な・・・なんでそう言えるの?」


ヒロくんはため息を付いて言った。

「その人、この交差点で何度か見かけたけど・・違う女の人といたよ。」

「え・・・でも、違う人かも・・・」

「9月12日18時23分。女子大生風の女の人の肩を抱いて居酒屋に入っていった。

 9月18日19時11分。水商売風の女の人と手をつないでそこのタクシー乗り場でタクシーに乗って渋谷方面に行った。

 9月24日17時45分。OL風の女性と居酒屋から出ていってタクシーに乗って新宿方面に行った。

 2週間で3回見たよ。」

ポカンと見るしかなかった。

日時まで正確に記憶している?でもそんなこと・・

「少なくとも、18日の夜に何してたか問いつめるとなにかわかると思う。」

「う・・・うん・・・」

姿は少年ではあるのだが、とても大人びた口調で言うその言葉に頷くしかできなかった。


ーーーー


次の土曜日。

仕事は休みだったが、奈美はその交差点に行った。

「こんにちわ、奈美さん。今日は休みみたいだね。」

「こんにちわ。ヒロくん。」

今日はスーツではなく私服である。

「ヒロくんに、今日はお礼を言いに来たの」


彼氏を問い詰めると、やはり浮気していた。

しかも、3股をしていたらしい。

そんな浮気男はこちらから願い下げである。

昨日、あっさりと振ってやった。

「まったく、男は浮気するものなのかしら。」

「そんなこと無いですよ、一途な男性もいますから。」

「そうなのかしら?」

「でも、良かったですね。その彼氏、デザイナーってのも嘘ですから。」

「え?嘘なの?」

「そうですね、ただのヒモですよ」

「そ・・・そうなの?」

ヒロくんの瞳を見ると、嘘は言っていないように思える。

いままでの結果からすると・・・多分ほんと。

「まぁ・・良かったのかしら。」

すると、いつものようにキシシと笑って

「良かったと思いますよ。」


空を見上げる。いい天気だ。

「はぁ・・どっかに一途でいい男いないかなあ・・・」

「今度、同窓会に行ってみたらいかがですか?」

「同窓会?」

「はい、出会いってそういうところにあるかもしれないですよ。」



家に帰ると高校の同窓会の案内ハガキが来ていた。

いままで、同窓会に参加したことはなかったけど・・・


参加に○を記載して投函した。


同窓会で再開した当時の生徒会長に、”ずっと好きでした”と告白されるのはまだまだ未来の話である。


ーーーー

ーーーー

ーーー

ーー




その日も、少年は交差点にいた。

交差点を行き交う人々。

もう何十万人という人々を見てきた。

だけれども、まだ探している人は見つかっていない。


その人は東京にいるということしかわかっていない。

まるで、砂漠の中から一粒の砂を見つけるようなもの。

だけれども、少年は諦めることもなく今日も行き交う人々を見つめるのだ。



その時、少年の目はある女の子たちに釘付けになった。

中学か高校生と思われる女の子達数人の集団。

遊びに来たらしい。


少年はクンクンと空気中の匂いを嗅いだ。

かすかに、海の匂いがする。

その少年は小さくつぶやいた。

Trovato見つけた

女の子の一人が、ちらっと少年を見た。

でも、すぐに友人に連れられて通りの向こうに行く。

少年は慌てることもなく、交差点の手すりから降りた。



その日以降

その交差点に少年が現れることはなくなった。


(完)

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