最終話 夏の夜は何度でも

「唐突に太った」

「はい?」

「お祭りで食べすぎて太った。間違いない」

「そういうのって日々の習慣じゃね?」

「でも毎日走って帰ってるんだよ」

「マジかよ。こんな暑いのに」

「家着いたらポカリとアイスでクールダウンするから大丈夫」

「原因それだろ」

 週明けの教室。

 クラス中が星灯祭の話題で持ちきりだが、須田は相変わらず机に突っ伏して寝ているし、私はしょうもない話をする。

 多分、私たちは同じ気持ちだ。

 あの夜の話を改めてするのは、ちょっと照れくさいな。

「てかさ、足の親指と人差し指の間のダメージがやばいんだけど」

「わかる。下駄のせいだ」

「ね。でも昔の人の足ってどうなってんだろ。毎日下駄でしょ。やっぱ玄米か? 玄米食べれば足も固くなるのか?」

「玄米をなんだと思ってんだ」

「白米派の現代人は下駄なんて履くもんじゃないね。やっぱスニーカー最強!」

「……でも、楽しかったな」

 須田は机に突っ伏したままの姿勢で言った。

 何のことか、すぐに分かった。


「来年もまた行こうぜ」


 私は伏せたままの須田を見つめる。

 重力に逆らう天然パーマに触れたい気持ちをぐっと抑える。

 その代わりに。

 机に投げ出された彼の右手の小指に、自分の左手の小指をそっと並べた。

 彼は少し動いたが、逃げなかった。

 微かに触れた体温に微笑む。

「……うん」

 今日だけ、じゃない。


 ――私たちの夏の夜は、これから何度でもやって来る。



(了)

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夏の夜は星の灯りで 池田春哉 @ikedaharukana

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