第5話 夏の夜は星の灯りで
「……星にさ」
「え、え、なに急に」
「珍しく俺から話しかけたからって動揺がすごい」
「だって初めてじゃん」
「そうだっけか」
「そうだよ。しかも私がイカ焼きを齧った直後を狙うなんてずるい」
「狙ってない。てかそれ俺のイカ焼きだろ」
「ぎくっ」
「だから動揺してたのか」
空は夜を広げて、人はさらに増えてきた。風もひんやりとしてきて、肌の熱を優しく奪っていく。
笑い声、砂を踏む音、ソースの焼ける音。様々な音が重なって祭は進む。
そしてもうすぐ8時になる。
一通り回り終えた私たちは、お祭りの雰囲気を味わいつつ並んで歩いていた。
「で、星に、なに?」
「……いや、やっぱ何でもない」
「なによロマンチスト須田」
「売れない芸人みたいに言うな」
「どうせまたこのイカ焼きより甘辛いこと言うんでしょ」
「まだ食ってんのかよ」
タレついてんぞ、と須田は呆れたように笑った。夜店の橙色のライトがそんな彼を照らす。
それを見た私はまた言葉を失くした。
そうか、と私は気付く。
教室の須田はいつも寝ていたから、私はあんなにぺらぺら喋れてたんだ。
「……星に光があって良かったな、と思っただけ」
「どういうこと?」
「もし星が光ってなかったら、夜はもっと寂しくなっただろうし」
「確かに」
「こんな祭もなかっただろうし、イカ焼きも食えなかったしさ」
「……それって」
それって、私と回るお祭りが楽しいってことでいい?
「あ」
「あ?」
唐突な彼の呆けた声。視線は正面を向いている。
その視線を追うと、昨日私を誘ってくれた女子三人がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
このままじゃ鉢合わせだ。
「こっち」
――左手を、引かれた。
私たちは夜店と夜店の隙間を抜けて、祭の裏手に出る。
一歩外に出るだけで、こんなに静かなんだ。
「危なかったな」
「そ、だね。ありがと」
ふう、と息をつく彼にお礼を言う。
本当に、須田はずっと優しい。
いつも他愛ない話を聞いてくれることも。
昨日、友達との関係が悪くならないよう「自分が誘った」と言ってくれたことも。
さっき手を引いてくれたことも。
まだ、手を繋いだままでいてくれることも。
……ああ、やばい。
想いが、溢れる。
「……須田。私ね」
「悪い」
一瞬、目が合った。
須田はすぐにその目を逸らす。
「あと5秒待って」
「え?」
「……実はさ」
遠くから、カウントダウンが聞こえてきた。
「顔見ながら話すの、苦手なんだ」
――0。
声と同時に訪れた完全な暗闇が、苦い笑みの彼を消した。
残されたのは、彼の声だけ。
「ずっと好きだった、汐崎」
夏の夜に、落ちてきた言葉が一つ。
遠くで湧き上がる歓声は別の世界の出来事のようで。
星の灯りが降ってきて、幻のように浮き上がる彼を見つける。
……ああ、なんて綺麗なんだろう。
言葉を失った私は、左手にぎゅっと力を入れた。
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