第4話 夏の夜はまだ来ない

「え、まだ10分前なのに!」

「そりゃこっちのセリフだ」

「てか浴衣じゃん! 須田、浴衣とか持ってたの?」

「いや、買った」

「え、この日の為に!?」

「ああ」

「なんで!?」

「お前も浴衣だと思ったから」

 思ったよりも早めの集合になってしまった。空もまだ明るく、広場にはまだちらほらしか夜店が営業を始めていない。

「とりあえず歩いてみよっか!」

「そうだな」

 私たちは並んで広場へ入る。

 地を踏む下駄がカラリと鳴った。

 横に並びながら、私は自分にいつも通りを言い聞かせていた。

 実は少し、緊張してる。

 浴衣姿の須田は3割増しでかっこよく見えるし、いつも寝てる姿しか見たことなかったけど、真っ直ぐに立った彼は思ったより背が高い。

 いやいや駄目だ、浮かれて先走るな。

 須田は元々お祭りなんて行っても行かなくてもどっちでもいい派なんだ。

 ここでテンションの差がありすぎて「汐崎との星灯祭、なんか疲れたな」なんて言われてみろ! 泣くぞ! 三日は泣くぞ!

 ここでの私の最終目標は、須田を最大限楽しませて「楽しかった。来年もまた来ようぜ」と言わせることだ。

 そのために、まずは話題探しだ。

 私はきょろきょろと辺りを見回す。

「須田、から揚げあるよ、から揚げ!」

「おお、買おう」

「あ、あっちにはりんご飴だ!」

「よし、買おう」

「見て見てイカ焼き!」

「ふむ、買おう」

「富豪か?」

 あまりの購入への躊躇の無さに珍しく私からツッコんでしまった。

 いや話を振ったのは私だけどさ。

「汐崎さ」

「ん?」

「あんま無理すんなよ」

 唐突に須田は言った。

 それだけで、私は心の内が暴かれたことを悟った。

「……え、バレてた?」

「バレバレ」

「どのへんでバレバレ?」

「いつもよりセリフに"!"が多い」

「マジか……」

「どんだけ汐崎の話聞いてきたと思ってんの」

 わかるよ、と彼は苦笑した。そんな表情も私は初めて見た。

 ……無理だ。これは無理だ。

 これで舞い上がるなっていうのは無理な話だよ。


 今までずっと私のしょうもない話、聞いてくれてたんだって。


「まあでも、から揚げは普通に食いたいから買おうぜ」

「……うん」

 彼は紺の浴衣を揺らして、から揚げの夜店に向かう。

 私はその後を追って香ばしい香りを漂わせる夜店に並ぶ。

 バレバレってどこまで、とは訊けなかった。

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