第11話 歴史の裏側

「わたしは──霊神れいしん界の追放者なんだ」



 追放者、とひなたはいった。


「なるほどな、追放者か。ふむふむ……え? 追放者?」


 空太そらたは目を丸くする。


「そう。三十年くらい前からわたしは霊神界の追放者なんだ」


 また三十年前か、と思った。ひなたの謎の転移現象が起こるようになったのは三十年前。同時に、人間界で初めて虚空こくう観測かんそくされたのも三十年前だ。


「なにかあったのか? そのいい方だと、それより前は普通に暮らしてたみたいに聞こえるけど」


「うん、その通りだよ」


 空太の予想が見事に的中。ひなたが続ける。


「わたしはね──『霊神王』に追放されたんだ」


「霊神王? そんなのがいるのか」


 でも、変な話ではなかった。


 追放なんてするくらいなのだから、それを実行した相手は当然、ひなたより上の立場の霊神と予想がつく。


 霊神の『王』ならば、立場や権力といった点においては、申し分ない。


 そもそも、ひなたが嘘をついたとは思っていないが、確実に霊神王という存在はいるというわけだ。


「けど、なんで追放なんて? ひなたがなにかやらかしたのか?」


 なにかがなければ追放なんて、あまりするものでもない。


「なにかしたかなぁ? 心当たりはないなぁ」


 なら、どうしてだろうか。まさか、霊神王の気まぐれで、追放なんてされたでもしたのだろうか。だとしたら、たまったものではない……。


「霊神王のやることすべてに反対したりはしたけど……」


原因げんいんそれじゃねぇか!」


 一瞬で答えが出てきた。


「や、やっぱり? そう思う?」


「当たり前だ!」


 まったく。「心当たりはない」とかいっておきながら、これはひどい。


「……で、じゃあ、なんでそんなことしたんだ?」


「だ、だって、その霊神王……デュオニソスっていうんだけど、どうにも好きになれなくて。というか、わたし自身、デュオニソスを王だと認めたくないし」


 どういうことだろうか。空太が頭を悩ませていると、ひなたが答えをくれた。


「きみにもわかる言葉でいうと……そう、独裁的な政治をするんだよね」


 社会の話はやめちくれぇ、とはいわなかった。というか、普通にそんなことはいわない。


 それにしても、独裁者ときたか。面倒というか、厄介やっかいというか。


 とにかく、大変なのだな、と思う。


「自分勝手に色々しちゃうタイプか」


「そう。……わたしはそれでみんなが幸せになれるとは、とても思えなくて」


 たしかに、その通りだ。今の日本は民主主義という形を取っていて、それも完璧とはいえないが……少なくとも独裁者のいる社会よりはいい。


 このことからもわかる通り、上が好き勝手やるのはどうなのだろうか。


「で、なんやかんやあって……追放か」


「うん、そういうことになるかな」


 ひなたはこのことをずっと誰にも打ち明けず、胸の内にしまい込んできたのだろうか。


 さぞ辛かったことだろう。


「……ひなた」


「ん?」


「君はなにも悪くない」


 話を聞く限り、ひなたに非はない。なので、率直にそう告げた。


「──!」


 ひなたがバッと顔を上げる。


「……ほんと? ほんとにそう思う?」


 嘘なんていうわけがない。


「もちろんだ」


 追放されたひなたは他の霊神と関わりを持つことはほとんどなかったはずだ。それに、人間界に行けば、その時は魔王まおうとしてAODに殺意を向けられるばかり。


 ひなたはなにも悪いことをしていないというのに。


 だから、この一言は必要だ。



「──三十年もひとりでよく頑張ったな」



 三十年というのは、空太には想像もできない時間だ。


 その間、ひなたは孤独だったのだ。


 本当にひなたは頑張った。


「! ……そ、そんな風に、声を……か、かけられたのは……い、いつぶり、だろう?」


 ひなたの声がふるえていた。


「そうだよね? ッ、わたし……頑張った、よね? わたし……ッ」


 ひなたの様子がいつもと少し違った。


「ひなた、それ……」


 よく見ると、ひなたのほおしずくが伝っていた。


「!」


 ひなたがその事実にかのように、慌てて雫をぬぐう。


 けれど──それはとまらない。


「あ、あれ……? ッ、お、おかし、おかしいな。な、なんでなみだが……ッ、なんで、わたし、泣いて……ッ? ご、ごめッ、空太。ど、どうして……ッ?」


 自分が涙を流している意味がわからない、というようにひなたがいう。


 もしかすると、途方もない時間をひとりですごして、泣くことについてわからなくなっていたのかもしれない。


「ひなた。無理して泣くのを我慢する必要はないんだぞ?」


 空太は優しく声をかける。


 使い古されたフレーズではあるが、「泣きたい時は泣けばいい」のだ。


「──ッ──! ……ず、ずるいよ……ッ、そ、空太は……ッ」


「かもな」


 実際、自分でもずるいと思う。ひなたを泣かせてことが正解だと考えているのだから。


「そ、空太……ッ、ちょっとあっち向いてて、ッ、も、もらえる……ッ?」


 ひなたの頼みを即座に実行にうつす。ひなたのすることが予想できたから。


 案の定──ひなたがきついてきた。


「わ、わたしね……ッ、ずっと、考えていた! ッ、お、おとなしく霊神王に……ッ、従っていれば、って! ッ、そ、そうすれば、こんな思いも……ッ、しなくて済んだのに、って! ッ、ひとりにならなかったのに、って! けど! ッ、そ、空太の言葉を……き、聞いて、わたし……ッ、わたし、間違ってなかったって思えて……ッ!」


 ひなたの本音がポロポロとこぼれる。空太はひなたの頭に手を置いた。


「ひなたは間違っていないよ。他を思いやれる優しい女の子だ」


 空太をつかむひなたの手にさらに力が入る。


「ッ、ありが、ありがと……ッ」


 ズズ、とひなたが鼻水をすすった。空太は優しくひなたの頭をでる。


「最初に……ッ、会えた人が……ッ、き、きみで……よかった……ッ」


「……ああ、そうだな」


 それから、ひなたは一頻ひとしきり泣いた。


 空太は黙って、時がすぎるのを待っていた。






「空太、ありがとう。もういいよ」


 まともに会話をこなせるくらいに回復したひなたは、空太をトントンと優しく叩いた。


「ああ」


 空太はひなたから手をどける。


「もう大丈夫なのか?」


「う、うん。問題は、ないかな」


 ひなたの目は少し赤くなっていた。


「そうか」


 さて、ではこれからどうしようか。


「とりあえず、ずっとここにいるのもなんだ。戻るか」


「そうだね」


 ひとまず、空太たちは昨日の野営地に向かう。


 その道すがら、


「元々はね、空太を怖がらせようとしていたんだ」


 ひなたがそう切り出した。


「……? いきなりどうした? 頭でも打ったのか?」


「打ってないよ! わりと真面目な話なんだよ!」


「そ、そうか。悪い悪い、悪い悪い」


 めちゃくちゃ悪いな。


「で、なんだ? 怖がらせようとした、っていうのは?」


「最初はさ、空太はなにも知らなかったよね? 霊神とかAODとか」


「そうなんだよな」


「だから、巻き込んだらダメだって思ったの。……空太にいったよね? 三十年前の大爆発を引き起こしたのはわたしだ、って」


「いわれたな、そういえば」


 人間界で、そんなことをいわれたのを覚えている。


「ほんとはあれで空太がわたしを恐れて、ふたりの関係は終わりになるはずだったんだよ、わたしの考えじゃ」


「たしかに、あのあとすぐに、ひなたには俺に『もう行くべきだ』とかっていってたっけ? どうだっけ?」


 でも、空太は「行きたくない」と子供じみたことをいったはずだ。


 思い出したら出したで、恥ずかしい。


「うん。……結局、きみは行かなかったけど」


「え、ええ、まあ。……で、なんで急にそんな話?」


「空太には、ちゃんとした真実を知っておいてもらいたいと思ったから、かな?」


「ほう? というと?」


 いったい、「ちゃんとした真実」とはなんなのだろうか。


「三十年前の大爆発の正体……だよ」


「正体? ……た、たしかに、あの大爆発についてはよくわかってないけど」


 なんにも知らなければ、例の虚空こくうが大爆発の原因げんいんと考えるかもしれないが、実際は違うということか。


 たしかに、よく考えたら、あんな空間のゆがみ、みたいなものが大爆発を引き起こすとは考えにくいし、なにより霊神界に来た時、大爆発なんて起こっていない。


「教えてくれ、真実を」


 ひなたが静かに首を縦に振る。


 ゴクリと空太はのどを鳴らした。


「あれはね──霊神獣を倒した時に生じるんだ」


 ん? と空太は引っかかりを覚えた。


「え……? い、いや、ちょっと待てよ。霊神獣は倒したら灰になるんじゃないのか?」


 少なくとも、その実例をひとつ、空太は見ている。それも、ついさっき。


 それとも、あれは空太の見間違いだったのだろうか。


 いや、違う。ちゃんと霊神獣は灰になったし、少なくとも大爆発は起きていない。


「たしかに、それも間違いじゃないよ。けどね──それはでの話」


「霊神界での、って? ……まさか」


 そういうことか、と合点がいく。ひなたのいわんとしていることがわかった。


「そう。──霊神獣をで倒すと、爆発が起こるんだよ」


 ふたつの世界で反応が異なるというわけか。


「……マジかよ」


 驚きが隠せない空太。このことを知っている人間は自分以外にいるのだろうか。ほとんどの人はこの事実を知らないはずだ。


「えーと……つまり、三十年前、人間界に転移したひなたは霊神獣を倒した?」


 ひなたが爆発を起こしたのなら、そういうことになる。


「そうなるね」


「それで……爆発が起きた?」


「うん」


 歴史的な大事件の背景にそんなことがあったなんて、にわかには信じられないが、事実なのだろう。


「ちなみに、ひとつ聞くけど、ひなたは何回、人間界で霊神獣を倒したんだ?」


 ふと気になって聞いてみた。


「最初の一回だけだよ」


 ん? と空太はまた違和感を感じた。


「えーと……え? それだと、おかしくないか? なら、今までずっと起きてきた爆発は……? いや、待てよ……!」


 Dアラートが鳴ると、空太たちは地下シェルターに避難する。


 時間が経って地上に戻ると、いつも、なにかしらの爆発の痕跡こんせきがどこかにはあった。


 三十年前の事件も手伝って、ずっと爆発は虚空が原因だと考えていた。


 けど、ひなたの話と昨日の空太の経験を照らし合わせると、答えが見えてきた。


「? ちょっと待ってよ。なんの話をしているの?」


「今までの人間界での爆発についての話だ」


 最低限の説明だけして、空太は「ひなた」と声をかけた。


「ん?」


「AODっていうのは、ひなたを討伐しようと躍起やっきになっていたんだよな?」


「そうだね。攻撃はなんでもアリだったよ。それにわたしの転移についてくる霊神獣もたまに何匹かいて、そっちにもすごい必死に攻撃をしていることもあったよ」


「なるほどな。わかった……」


 確信した。


 つまり──今までの天笠あまがさ市の崩壊ほうかいはすべて、AODの攻撃の副産物だったというわけだ。


 ひなたや霊神獣を殺そうと試みる過程で使用した科学兵器。それが町に被害を出していた原因だ。


 まったく嫌な集団だ。ひなたという霊神(AOD的には悪魔になるらしいが)は、別に怖くないというのに。というか、むしろ、ひなたは優しいのだ。


 AODは霊神獣を倒したら、大爆発が起こるという事実を知らないのだろうか。


「そういえば、ひなた?」


「なに?」


「どうして、ひなたは最初に霊神獣を倒したきりだったんだ?」


「というと?」


 ちょっとわかりづらかったみたいだ。


「ほら、その……三十年もそんなことを繰り返しているのに、霊神獣を倒したのは初めの一回だけだったんだろ? 向こうの世界で霊神獣に襲われたりしたらどうしていたんだ?」


「そりゃもう、おとなしく逃げるか、死なない程度に相手をするか、だったよ。最初の転移の時以外は、ほとんど人間はいなかったんだけど」


 人間があまりいなかったのは、Dアラートが開発されたからだ。


「じゃあ、別に爆発を起こせってわけじゃないけど、霊神獣を普通に倒してもよかったんじゃないのか?」


 近くに人の姿がなければ、爆発が起きたところで、建物の崩壊だけで済む。


 けれど、ひなたは首を傾げた。


「……? なんで? もし爆発が起きたとして、近くに人間がいたらどうするのさ? わたしは大丈夫だけど、人間が爆発に巻き込まれるのはまずいでしょ?」


 返って来たのは以外な答えだった。空太は唖然あぜんとした。


「そんなことまで気にしてたのか⁉︎」


 ひとりでよくわからない状況におちいって、それでも他人の心配をひなたはしていたということだ。


 ? と。


 いるかどうかもわからない他人のことを、ひなたは気づかっていたのだ。


「もちろん。なにかあってからじゃ遅いんだよ?」


 なるほどその通りだ。


「へぇ……。偉いなぁ、ひなたは。偉い偉い」


 こんなにも心優しい少女が、辛い思いをしているのは、やはり嬉しくないものだ。

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霊神テスタメント 三鷹真紅 @sincostan

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