脅し

「なに?おばさまが?」

「うん…三空の母さん、うちの母さんと職場一緒だろ?何か知ってないかなって」


次の日、三空に昨晩のことを話す。

大人だし、社会ならではの出来事だってあるだろうが、子供からしたらそんなの知るかって感じだ。


うちの母さんと三空の母さんは同じ職場で家が近いこともあり、昔から協力し合っていたことが多かったという。

お互い子供がいたということもあり、仕事が忙しい時はどちらかが交代交代で帰宅して俺らの面倒を見ていた。

俺らが大きくなってからは少し後ろめたい気持ちもあったかもしれないが、家庭を支えていくために仕事に精を出すようになった。

もちろん、ぶっ倒れてからでは遅いのでほどほどに。


「そうさな…そういえば、うちの母も最近セクハラがすごいと言っていたな」

「え、三空のとこも?」

「うむ、昨日愚痴をこぼしていたのでな。母は表情が読み取りにくいのだが、あれは確実にイライラしていたからどうにも居心地が悪くてな…」

「そっか…うちのとこはむしろ行動に出やすいからそれはそれで大変だったよ」


お互い近況報告をし、どうしたものかと頭を悩ませる。

なんとかしてあげたいとは思うものの、いかんせん解決法が思い浮かばない。

子供がでしゃばることでもないのだが、母さんのあんな顔はもう見たくなかった。


「おや、睦月くんに弥生さん、何かお悩みですか?」

「睦月くん、弥生さん、おはようございます〜」

「ん、ああ、葉月と水無月か。おはよう」

「うむ、二人とも、おはよう」


葉月と水無月に声を掛けられる。

この二人にも話しておいたほうがいいかな。

俺も三空も頑張ってはいるものの、限界がある。


「ちょっと相談があるんだ。聞いてくれ」


二人に話してみることにした。

この二人なら真面目に聞いてくれるし、解決に導いてくれるかもしれない。

そう思い、俺と三空は昨晩のことを掻い摘んで話した。

もちろん、極度なスキンシップがあったことは内緒だ。


「ふむ、そんなことが…」

「うーん、聞いててムカムカするお話です…」


話し終えた後、何か考え込む葉月と少し怒っている水無月。

こうして親身になってくれているとは…

話してよかったと心底思う。


「私たちはどうにかしたいと思っているのだが、何かいい意見はあるか?」

「そうですねえ…同じような嫌がらせをしてみるのはどうですか?」

「うーん、それは現実的じゃないし、相手は一応上司だから立場的に危ういかもなあ…」

「そうですか…お役に立てず、すみません」

「いや、これだけでもすごい助かってるよ。水無月の言ったことができればとは思ってるんだけどね」


これは、本心だ。

できればなんらかの形で制裁を加えつつ解決したいとは思っていた。

だけど先ほども言った通り、相手は上司だ。

それができたら苦労はしない。


「…いえ、案外それはありかもしれませんよ」

「「「え?」」」


葉月の発言に目を丸くする。

確かにありかもしれないけど、色々と問題が起きるからどうしたものか悩んでいるのだ。

一体何を思いついたのか、葉月が少しニヤついている。


「失礼も承知の上で申し訳ないのですが睦月くん、この事を他の人に話してもいいですか?少々手伝ってもらいたいことがあるので…」

「それはまあ、構わないけど、一体何するんだ?」

「何をするって、決まっているでしょう?」


先ほどから葉月がニヤついている。

こんな悪どい顔してる葉月は見たことがなかった。


「さすがに同じ手法とはいきませんが、私が出来うる限りの嫌がらせですよ」



_________________________________________




「はぁ…憂鬱だわぁ…」

「瞳ちゃん、ため息多いけど、大丈夫?」


まずい、聞かれてた。

と声のした方を見てみれば見知った顔いた。


花音かのんちゃん…」

「一応聞いてみたけど、大丈夫じゃないわよねぇ。あのクソ親父に嫌がらせのように毎日セクハラパワハラ受けてるんですもの。私も気が狂いそうで…」


弥生花音。

旧友にして同僚。

今では家族ぐるみでの付き合いとなっている。

そして彼女も私と同じ、被害者である。


「私も、昨日ついいちくんに話しちゃって、余計な心配かけさせちゃったな…」

「私も、三空ちゃん最後まで聞いてくれたけど、気遣わせちゃったなって」


どうやらお互い同じ事をしていたようで、少しばかり気が楽になる。

花音ちゃんは普段おっとりしているが、イラついたら少し以上に口調が悪くなる。

三空ちゃんも大変だな、と思うが自分たちの責任なので申し訳ない気持ちもある。

自分たちは何も悪くないのに責任だなんて、皮肉な話だ。


「やあやあ、二人とも、こんなところでどうしたのかね?」

「っ、課長…おはようございます」


ああ、今一番会いたくない奴がきてしまった。

私が勤めている課の上司で、私たちが頭を悩ませている元凶、セクハラ魔人だ。


「おはよう、それで二人とも、何やら元気がないようではあるが…」

「なんでもないですよぉ。お気遣いありがとうございます」

「そうかそうか!それならいいんだよ!うちの会社の花に元気がなくては困るからね」


なんって白々しい。

こいつが何もしてこなければこうはならないのに。

今更ご機嫌とり仕様だなんてバカげてるにも程がある。

裏があることなんて見え見えだ。


「ああ、ところで睦月君、そろそろ今夜あたりどうだい?魚介の美味しいお店を知ってるんだ」


ほら来た。

人目もある中白昼堂々誘ってくるなんてこの人の倫理観はどうなっているのだろうか。

なんでこんな人が課長になれたのかわからない。


「いえ、お誘いは嬉しいのですが、何度も言っているようにうちには息子がいるので…」


こういった誘いには乗らないよう定形文は用意している。

いちくんを利用しているようで申し訳ないのだが、事実だしこうでも言わないとなかなか引き下がってくれない。


「息子とはいっても、もう高校生なんだろう?少しくらいいいじゃないか」

「仕事の付き合いが大事なのも重々承知ですが、今まで寂しい思いさせてきましたから。少しでも長く一緒にいてあげたいんです」


これも本音だ。

花音ちゃんと協力してきたとはいえ、本当に寂しい思いをさせたとは思っている。

むしろ花音ちゃんがいなければもっと酷かっただろう。

感謝してもしきれないくらいだ。

とはいえ、今日はやけに食い下がる。

いつもならいちくんのことを出しただけで引き下がってくれるのに。


「君ねぇ、いくら子持ちとはいえ、上司の誘いを簡単に断るだなんて非常識にも程がないかい?そんな日を跨ぐほど遅くなるわけでもないのに、何をそんなに心配することがある?」

「いえ、私自身お酒が飲めないので誘ってもご期待に添えるかどうか。それに社長はいつも『家のこと優先でいいから』と言ってくれていますので」


社長はとてもいい人だ。

残業がないのはもちろん、私たちみたいな家庭を持っている人には別途で手当も出してくれる。

繁忙期になると社長の方から手伝って欲しい旨を伝えてくれるのだから、人気もあるし信頼できる。

なんでも社長には娘と孫がいるのだとか。

よほどのことがない限りは社長も早めに帰る人間なので、帰る事を言い出しづらい新人も気負うことなく仕事を終えることができる。


「社長のことなどどうだっていいのだよ。今は私が話しているのだ、私の話を聞くべきではないのかね?」

「それはそうかもしれませんが、これは会社の方針に基づいたことでもあります。これに背いてしまっては社長にも怒られてしまいます」

「はぁ、君はそろそろ立場をわかってほしいものだね。今の私は人事管理にも関わっているのだよ。無論私が申請すれば君の待遇だって良くすることもできる。もちろん、逆も然りだがね?」

「…それは脅しですか?」

「さあね。私は穏便に済ませたいのだ。もっとも、君の答え一つでこれからの人生が良い方にも悪い方にも行くってことだよ。後は、言わなくてもわかるね?」


後で答えを聞かせてくれたまえ、とだけ言い残し、去っていく。

相手が強く出れないのをいいことに脅しにかかってくるなんて…!


「瞳ちゃん…」

「花音ちゃん。私は大丈夫だから…」


花音ちゃんが心配してくれている。

こんな脅しをされてはさすがにどう声をかけてはいいのかわからず、言葉が出ない。

それでも助けようとしてくれる。

そんな優しい花音ちゃんを巻き込むことはできない。


花音ちゃんは、優しい人だ。

どうすることもできない状況でも、助けようとしてくれている。

昔からよく助けられたものだ。

娘である三空ちゃんもその優しい部分を引き継いでいる、私たちにはもったいないくらいいい子だ。



だけどその優しさは私にはないもので、私がいちくんにあげられなかったものだ。

どんなに羨んでも手に入るものではなく、どんなに後悔しても私の大切ないちくんにあげられなかったものだ。

だけど私はわがままで、


「いちくん、怖いよ…助けて…」


いちくんに助けを求めてしまう。

届かない想いではあるが、求めずにはいられなかった。

今の私に残されたこの世で一番大切な宝物。

私は何もしてあげられなかったのに助けてほしいだなんて、自分勝手にも程がある。

でも、それでもいちくんなら助けてくれるんじゃないかって思ってる。


「だけどそんな都合のいい話なんてないよね…私、どうしたら…」


ため息が出る。

ああ、今日は、とても憂鬱だ。

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睦月くんの憂鬱な日常〜個性的すぎる奴らに振り回されて疲れてます〜 シタムキ @shitamuki

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