母親
「ただいまー、と…」
三空と師走との食事を終え、帰宅。
あのことは思い出すだけでも中々カオスなのだが、もう起きてしまったことは仕方ない。
師走からは「またここで食べましょうね!」なんて言われたけど、もう行くまい。
「いちく〜ん、お帰りなさ〜い!」
ここで出迎えてくれたのは我が家の主人にして母親の
母さんはどんなに忙しくてもこうして律儀に出迎えてくれる優しい母親だ。
俺にはもったいないくらい。
「いちくん、ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?♡」
「ご飯は今食べてきたばかりだし母親に手を出すのは大問題だし風呂に入る」
「ああんもう、つれないんだからぁ!」
…本当これさえなければいい母親なんだけどなあ。
なんというか、愛が重すぎる。
ほぼ毎回こういうことを言ってくるからもう慣れたのだが、これは普通ではない。
冗談には聞こえないのだ。
「昔はよくいちくんの方から『ママ!一緒にお風呂入ろ!』て言ってくれてたのにぃ」
「昔のことをほじくり返すなよ!?だいたい今高校生にもなってそんなこと言うとか恥ずかしいにも程があるだろ!」
「あら、恥ずかしがってるの?かぁわいいんだからぁ!」
「何このテンション…とりあえず風呂入ってくるから」
「はーい!」
母さんはいつもご機嫌なのだが、今日はいつもよりもかなりご機嫌だった。
何かいいことあったのだろうか。
ご機嫌なのはいいことなのだが、ちょっと心配にもなる。
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「本当に乱入してくるとは思わなかった…」
俺が風呂に入っている途中、母親がバスタオルを巻いた状態でいきなり入ってきた。
もとより入る算段をつけていたのだろう、ご機嫌だったのはこのためだった。
母さんは見た目がとても若く(制服を着れば女子高生に間違えられる)、いくら母親といえども年相応な男子高校生には目に毒で、正直、その、反応してしまいました…
なんとか襲われる前に風呂から逃げ出すことに成功し、今は自室で湯冷ましをしている。
「早いとこなんとかしないとホントにやばいぞこれ…」
相手は母親、今はそれだけを頼りになんとか自制はしているものの、俺だって男でそういうことに興味を持つ歳なのだ。
母さんにはもう少し気を遣って欲しいというか、意識して行動している面もある。
自分の体は凶器だということを自覚ほしい。
母さんは年齢的にいえばまだしも、見た目だけでいえば兄妹と間違われることも多いくらいには若々しい。
年齢詐欺とはよく言ったものだ。
「喉乾いたな…」
まあ、今は色々考えても仕方ない。
母さんは相変わらずだけど今まで通り俺がちゃんと抑えていれば問題はないのだ。
いつも通りでいこう、余程なイレギュラーがない限りは安全なのだから。
そう考え、リビングに飲み物を取りに行くと、母さんもどうやら風呂から上がっていたようである。
…そして薄着で酒を飲んでいる。
イレギュラーな事態、早速遭遇いたしました☆
「母さん?酒なんて普段は飲まないのに、珍しい…」
「あ〜、いちくんだ〜。きょうもかっこいいねぇ〜」
「相変わらず酔っぱらうの早いな…」
母さんは酒に弱く、すぐに酔っ払ってしまう。
そのため、仕事の付き合いでの飲みは一切しておらず、家でもたまに飲むくらいだ。
ただその家で飲む時というのは、大抵嫌なことがあった場合である。
「ほら母さん、お酒弱いんだから、あんまり飲むと体に毒だぞ」
「やーだー!おさけのむのー!」
「こら、暴れないで!次の一本で終わりだからな!」
「いちくんありがとー!やっぱりいちくんはやさしいなぁー」
「はいはい、わかったわかった…」
母さんは別に酒癖が悪いわけではない。
ただ、わがままになる。
それも子どもみたいに。
この状態でさらに機嫌を損ねるととんでもなくめんどくさいことになるので、ある程度は許容してあげないといけない。
「あーあ、いちくんがだんなさんだったらよかったのになぁー…」
「またそれかよ…俺の何がいいんだか」
「えー?だってー、いちくんはかっこいいしー、やさしいしー、こうしてわがままもきいてくれるもん。いやなことあったらこうしてそばにいてくれるのはポイントたかいんだよー」
「そりゃ、だって心配にもなるさ。いつも元気な母さんが落ち込んでたりしてるのは俺も嫌だし、母さんには笑ってて欲しいからなぁ」
「ふふっ、ありがと」
そう言って微笑んでくれる。
我が母親ながらレベルは高いのはわかってるし、こういう笑顔にドキッとしてしまう。
まあからかわれるから絶対に言わないんだけど。
「んで、今回は何があったの?」
「そーなの!きいてよいちくん!きょうもあのクソ上司がね!」
どうやら今日も仕事場での愚痴みたいだ。
聞くところによると、毎度の如く課長がセクハラしてくるとのこと。
飲みにも誘われるのだが断り続けていると無理難題を押し付けてきたり圧力をかけてくること、
一応社長とかにも文句は言っているものの、あまり変わらないとのこと。
正直胸糞悪くなるような話でしかなかった。
「もーはらたつからいきたくないんだけど、いちくんのこともあるし、やめられなくて…」
「母さん…」
俺は母さんと二人で暮らしている。
父さんのことは、聞けないでいる。
何があったのかはとても知りたいのだが母さんは頑なに話そうとはしないし、悲しそうな顔をしている母さんには、とても聞けなかった。
昔から母さんは仕事が忙しく、一人でいることが多かった。
もっと遊んで欲しいという思いはあったのだが、忙しそうにしている母さんを見たらとてもじゃないけど言い出せず、我慢してしまう。
三空のところも昔からそんな感じなので、似たもの同士一緒にいることが多かった。
今では家族ぐるみの付き合いなので、お互いの家に遊びに行くことが当たり前だった。
「ごめんね?せっかくいちくんといっしょにいれるのにこんなはなししかできなくて…」
「気にしないでいいよ。これで少しでも気が楽になるなら、喜んで付き合うよ」
「ほんと!?それならちゅーとかしてくれたらもっといやされるんだけどなぁ〜」チラッ
「チラッじゃないよ!しないからな!」
「ぶぅ〜、ケチー!」
「ケチで結構!」
全く、油断も隙もないんだから…
とはいえ、話して気が楽になったのか、母さんはうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
眠くなってきたのだろう。
「ほら、母さん、そろそろ布団いくよ」
「いちくん、だっこ〜」
「ああもう、わかったわかった…」
リビングで寝られても困るし、まあそれくらいはね?
そう思いながら母さんに背中を向ける。
「やー!おひめさまだっこがいいー!」
「ここにきてすげえわがままだな!?ったく…」
「えへへ…」
駄々を捏ねられたので仕方なくお姫様抱っこをしてあげる。
機嫌がいいのか、首に手を回しながらニヤニヤしている。
部屋に連れて行って布団に入れてあげると、「ありがとっ」って言われてチュッと頬にキスされた。
まずいと思ってすぐに離れるも、すやすやと寝息を立てて眠っていた。
ほんっとに油断も隙もない…
「…本当になんとかしないと」
今の母さんの距離感もそうだけど、母さんの仕事について。
最近は特に仕事の愚痴が増えていて、毎日疲れているようにも見える。
こんな子供が何か力になれるわけでもないのだが、放って置けなかった。
「あいつらには申し訳ないけど、力貸してもらうか…」
今日はもう遅いからとりあえず明日、相談してみよう。
マザコンと思われたって構わない、女手一つで俺を育ててくれた母さんには笑っていて欲しい。
間接的にではあるが、母さんの言うクソ上司には、痛い目を見てもらわないとな。
布団に入り、そんなことを思いながら目を閉じた。
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